侵食

 12月15日。

 

 モルトランツ荷捌き場は今、空前の貨物ラッシュで息も詰まるほどだった。

 矢尻を描いて滑走路へ降下してくる物々しい輸送艦も、その巨大さから密集すれば住宅地を隠してしまうほどの影を生じさせる。

 中身は全て容赦なく敵と戦うための兵器だ。

 とんでもない数の重火器が送られるせいで、ストアレコッカレに入ってくる荷物は圧迫された。

 既に店自体も、実質的なモルト軍のコントロール下に置かれて、一世帯当たりに定量的にものを配るだけの配給拠点になっていた。

 店長の上に軍人が配置されていちいちバーチャル証書での証明をせねばならない事態になり、レジもモルト軍の指示するアプリケーションがインストールされて配給を受け取ったことを証明するための登録装置となった。

 したがって各店舗に運搬する荷物も半分に減ってしまい、その多くが缶詰や低コストで生産できる非常用の食料へと変わっていた。

「なんだかなあ」

 運搬車が人間を超えた力と速さでものをピックアップしていく。その様子を見た輸送長が貨物に受け入れ承認のサインを液晶画面に書くと、クーを見た。

「軍人もめっきり減って、俺たちもすっかりモルト軍だな」

「目の前の仕事をしてるだけだし、しょうがないでしょ」

「街にいるような性悪軍人に目を付けられないために、皆生活してるみたいなもんだ」

「見たんですか?」

「見たも何も、ニュースじゃすごい話題になってるぞ、すぐに消されるけどあいつら、人に非難されるからって態度を変える連中じゃない。生活に必要な品物を置く場所に、自分の基地から溢れた兵器を置いていくようなやつらだからな」

「できたらとっくに戦争止めてますしね」

「兵器の類はモルトランツ市内に送られるそうだ。ここもいよいよかも知らんぜ。お前もニュース見とかないと、いつの間にとんでもないことに巻き込まれちまう。まあ、ここはあの巨人が働いてる基地の隣だし、そうそう襲われることもないだろうが」


「なんか聞いてます?」

「何を?」

「そういう軍人さんがこっち来るとか」

「ああ、視察が予定されててな。月からやってきたお偉いさんが、また俺たちの働きぶりを観察するんだそうだ。何回もやってることだし、もうレコッカレのみんなは誰も気にしてない。ただ抜き打ちチェックみたいなものだから日にちとかはないんだ。まあ、勤勉に働いてたら何の問題もないことだよ」


 赤信号だ。

 この時点で以前まで用意していた中型トラックは使用不可能になってお蔵入りしていたが、幸い電気と化石燃料のハイブリッドで運用できた車の為、搬送先の店までの運搬めどは立っていた。何とか仕事は滞りなく進んでいた。

 店舗に運ぶとバイトの店員が運ぶ荷物が半分になったことを喜んでいたが、口にするにせよしないにせよ、彼にだって明らかにモルト軍が押されていることくらいは解ったろう。

「とはいえ仕事はせにゃならん。ここが止まれば皆、飯が食えなくなるからな」

 輸送長はそうしっかりと声に出し、スイッチを押し、運搬機材を動かす。


「ここが止まったら出勤します?」

「自宅待機までのガイドライン渡してるだろ。見てないのか?最低でもトラックターミナルに待機って書いてあるぞ?」

 うんざりした声でマニュアルにも書いてあるような定型文を答える輸送長に、クーは首を振ってこう言った。

「いや、輸送長の気持ちの事っすよ。怖くないのかなって」

「……火の中に飛び込むなんてのはできないが、ここで働かないと落ち着かんのだ」

 せわしなく手を動かす輸送長の言葉をクーは待った。


「なあに大丈夫さ。何かあれば逃げられる算段さえ整えてればいいんだから」


 クーは、こぶしを握った。

「輸送長」

「どうした?」

 そんな顔して、と言われるような顔をしているんだろう。自分のことを客観的にそう思うクーは、その顔ですべてを察してほしかった。

「何かあったらみんなを逃がせるようにしておいてください」


「クー?」

「頼みますね」

 何かのバトンを渡すように、輸送長に伝えた。

「あ、ああ。そうするつもりだよ……もちろん」

 そう答える輸送長はまだ、自分の想像できる範囲の想像しかできていない、そのことを解りながら、クーは何も言わず頷くことで、この会話を終わらせた。


 ※


 12月 18日

 第一次西大陸上陸作戦が開始される。

 エルンスト・アクスマン率いるウィレ陸軍地上部隊がモルトランツに向けて進撃するも、西岸で反撃にあい頓挫する。

 敗北したウィレ軍は、積極的な攻撃を控えながらあくまで洋上にとどまる。

 これによりモルト軍攻略の橋頭保を築く。


 12月 19日

 西岸での敗北を受け、ウィレ軍は十五の艦船により構成された空母打撃群と、それにエスコートされた潜行型メガフロートに、最新鋭機となるブラケラド・アーミー五百機を満載して西大陸攻略の最前線となるガクマ群島、バルラケラ港湾基地を出港する。


 モルト軍のこれまでの攻撃により、主要な艦船を失ったウィレ軍に残されたこの最後の打撃群に任命されたのは、アーレルスマイヤー、シェラーシカ・レーテの両将軍、そしてブラケラド・アーミーを率いるのはベルツ・オルソン将軍。


 先方との連絡のめどを立てたクーは、職場のトラックが搬入を終えて帰路に就くタイミングでその知らせを聞く。

 この人員配置こそ、ウィレ軍内部にも生じていた修復しがたい分裂を象徴するものであった。もう明らかだろう、この戦いは、月と惑星という構図ではなく、戦わせたいものと戦いを避けたいもの同士の闘いとなっていて、その全ては……一応この先に待つ未来をうらなうものとなる。


 それがこの街、モルトランツで結実する。

「まったく酷いな」

 クーはそう、呟いた。

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