また会えるよね?


「よーし、洗った」

「あらった!」

「風呂に行っていいぞ、ああ」

「よーし」

 と、言うサミーの肩をすっと掴んで言った。

「走るな走るな、ケガするから」

「えー」

「えーじゃない」


 殆どズボンのスタイルをした、海パンをつけた二人は、プールでにでも行くように歩いた。サミーは意外と用心深く湯船に入り、クーは口から煙の出るような声を上げて身を湯船に沈めた。その海坊主のような声を聞いたサミーは笑っていた。


 モルトランツ健康ランドの中にある風呂は、広い。

 沿岸地域でとれた人の三倍はある大きな岩を拾って、集めて作った露天風呂がこの場所のランドマークであると共に、この街の平穏の象徴でもあった。開放感を担保しつつ、プライベートに仕切られたこの窓からは街の様子が見える。

 街は今、

 あの鉄の巨人の手の中にあって、開いた土地や重要な場所を月政府が買い上げ、迎撃システムを導入しているところだ。オフィスは会社の重要人物しか出社せず、リモートに置き換わり、レストランの営業ももっぱら兵士たちに対してのものとなり、商店の経営者は配給業者になった。


 ついにこの風呂屋も今月末で営業終了となった。何でも、抗菌の為の化学物質の不足で、風呂の安全設備の運用に問題が生じたのだそうだ。


 ぼぶぼぶぼぶ、と泡を供給する風呂の中に呆けて座り、思った。

 海坊主2のサミーは、湯船に肩までつかりながらクーの表情を見るので向い合せになっている。


「ああ、そう言えば、母さんとは?」

「母さんとはって?」

「ほら、一時期さ、上手くいってなかったっていうか、ケンカしてたっていうか」

「今は何もないよ」

「何もないんだ。なんで?」

「うーん」


 サミーはこのところ、口の前に人差し指を立てて長考することが多い。

 でも、それは彼が自分で自分の人生を考え始めている証拠だ。自分が何か言い出さないように、口を閉めて彼を待った。


「ケンカしてもしょうがないって思った」

「しょうがない?」

「かあさんだって大変だから、僕が何か言うのを止めたら、母さんは楽になるって」

「ホントに?」

「うん。友達にもそう言って。僕の仲間はみんな、お母さんとか家の手伝いをしてるんだ。何もやってないと、何かやってないとって気持ちになる、て話したんだ」


 クーは温暖なお湯の、泡が生成され続けるこの風呂の中でぎゅっと抱いた。彼の顔を外側に、後ろからそう抱き止めながら、まるでアイスクリームのように彼の頭の上に自分の頭を置いて、彼の身体の輪郭を覚えるようにしながら、言った。


「君らの為なら何でもやりたい。おもちゃとか、アイスとか、お子様ランチとかさ」


 でも違うんだろうな。

 この状況じゃ。大人たちが作ったこの世界に必要なことは。

 クーがそのまま倒れ込んで、サミーのベッドのようになり、サミーは身を預けた。


「自由でいいよ」

「おっちゃんから離れないよ」

「大丈夫、おっちゃんが見てるから。何でもし放題」


 そうして、二人は最後の時間を過ごした。


 大きなソーセージのような円筒形のバッグと、サミーの手提げバッグを背負って、駐車場のベンチで少し待つと、いつものようにサミー家の軽自動車に乗ったリズが現れた。家の荷物をあらかた田舎へと運び出した後なのか、若干数の段ボールが車内に残っていた。


 サミーが後部座席に乗ると、リズは微笑んでくれた。しかしそれはもう無知の顔じゃない、何もかもを判っていて、それでもなお最後にサミーと自分の時間を作ってくれた心ある母親の顔だった。


「ありがとうな」

「楽しかった?」

「そりゃサミーに聞いてくれ」

「楽しかった!」

「よかったなあ」


「おっちゃん、また会えるよね?」

 サミーは、その透明な瞳に一抹の不安をよぎらせているように思えた。

 それは自分がサミーに嘘をついて今日、出会ったからなのだろうか。

 ふと風のようにそう聞かれて、クーは少し、間を開けた。

 間抜けな呆けたような顔をして空を見て、そして答えた


「俺は会いたいよ」

 そう思わず言うと、サミーは元気よく答えた

「だったら会えるよ」

「会えるかな?」


「きっとね」

 リズがそう答えると、クーは二人に微笑み返した。


 黄色い軽自動車はクーの元から去っていった。















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