序幕 大陸歴2718年12月末日
フルスケール・インベージョン
十二月末日。
夜七時半を回る。
体に沁みるような冬の寒さのせいで、この巨大な施設の南口ゲート警護を務める、兵たちの息は白く、長く、尾を引いていた。
だが、寒いのは気温だけでもなかった。
今日に至るまで、
その知らせは長いことこのモルトランツという土地に留まったままの警備兵たちをナーバスにさせて久しかった。
この場所には兵士が2人いる。あまりに巨大なこの物流センターは、全方位に大きなゲートが開いていて、現状、月から降りた兵だけでは、この大型車両が入れる扉にさえ、この数が限度だった。
白い照明の暖房の効く関所の部屋には許可下りず、門の前に二人は立つ。
「上官」
白い息を吐き、落ち着かない様子の若い兵が尋ねた。
「なんだ」
壮年の上官はそう尋ねたまま立ち、風に吹かれていた。
「この街は火の海でしょうか」
「分からんな。必要に応じ、この街自体も星側との戦いに投入されるだろう。わが軍があくまでこの星に留まって戦うならばな」
「我々は月に帰れるんでしょうか」
「……余計なことを考えず任務に当たれ」
「はぁ」
落ち着きのない塀はとりあえずそう返事をしながら、誰も来そうにもない道をぼんやりと見つめていた。
「今日は親衛隊の一部が視察ということですが」
「ああ、視察じゃなくて、武装の調達と調査と聞いているが」
落ち着きのない兵は、上官の方に顔を向ける。
「え?」
「何か問題か?」
上官は道を向いたまま返事をし、未熟な部下を正すと、部下は道に向き直る。
「いえっ。以前聞かされました目的と聞き間違えておりましたので」
すると視線の向こうの道路から、白い光が一つずつ、横並びに二つ明かりを灯して、二人に近づいてきた。
「なんだ、軍車両か?」
「ああ、運送トラックですよ」
「遅刻だな。親衛隊訪問の日にこれとは、運転手は首だ。クビ」
モルト兵は液晶画面を埋め込まれたパッドを片手にそう言った。
車両の特定番号も、運送会社の社員も特定できていた。
『クー・セルド』という名前と社員番号とトラックの車種名が表示される。
「通せ」
上司に言われ、落ち着きがない兵士がスイッチを押すと、クリープで低速走行していたトラックが乗り入れてゲートをくぐった。
「なんだ。死んだ目だったな」
運転手を見た上司がそう言うと、ええ、と落ち着きない兵士が答える。
その瞬間トラックは急にありえないスピードで走行を始めた。
彼らの視界に映るトラックは、加速しどんどん小さくなっていく。
「おい、おい!通報」
上司に押されるように、部下の兵士は慌てた様子で通信機を耳に当てた。
「は!南三番ゲートより連絡ターミナル、速度超過車両を確認」
しかし、返ってきた返事は不可解なものだった。
『中央連絡塔、現在対処ができない。速度違反ぐらい貴様らで処理しろ』
「はあ?」
「どうした?」
「我々で対処しろと……どうします?」
「どうしたもこうしたも、我々はここから動けん、増援を呼ばんか!」
その時、遠くに映る爆走トラックは、目もくらむような光に包まれた。
すさまじい閃光が起こり、その轟音はゲートまで届く。
通信機を使って中枢へと報告する兵の声は、震えている。
「爆発です」
「ウィレ軍か?」
「いえ、所属不明!」
燃え滾る地面の上で音が響く。
寸刻に放たれた凄まじい銃撃の連射が、金属を耳に叩き入れるような音を轟かせ、断続的な閃光とを発して人の悲鳴が上がる。
もうもうと上がる煙の中で、雷雲のようにあたりを支配し、衝撃的な光景が警備兵の二人の目に届く。
「これは……」
警備兵は上司とともに唾をのみこみ、銃を構えた。
「ディア・ファーツラっ……」
気合一声とともに引き金を引く寸前で、一射一殺の弾丸が頭を貫き、上司が死ぬ。
落ち着きのない兵はただ見るだけで、彼は腰を床に落とす。
そのまま倒れこむとホフクで進んだ。
しばらく、あたりから集まった兵士たちを葬り去る射撃音が響き続ける間、生き残った警備兵は、のそのそと地を這って進む。
煙が去り、視界が晴れれば撃たれる状況だ。
だからか、今のうちに腰を上げて物陰に走りだした。で、のこのこ現れた奴を見て、銃を構えて待った。
すぐさま怯えた兵士が弾かれたように走り出した瞬間。腕を伸ばし、襟首を掴み、釣り上げた魚のように、掘り起こした大根のように、体を宙に浮かせた。
体格差のまま片手で振り下ろすと、がぁっ!と乾いた音を喉から出して、地に伏した兵士は、荒い息で頭上の男を見た。
「月に帰りたいか?」
う、うんうん、うんと何度も頷く青年兵に、トラック運転手、クー・アルド・セルドはため息をつく。
「武器を捨ててそこでじっとしてろ」
ぶるぶると小鹿のように、青年兵は震えた。
「モルトの戦争犯罪の証明だ。持っとけ」
無理やり小指ほどの記憶媒体を青年の掌に持たせると、あーあ、とクーは首を回して、自分の周りに倒れたモルトの兵を一瞥した。
遠巻きにサイレンが鳴る。
施設の中にいる救出対象は、沢山の民間人だ。
その男は胸元にはだけたつなぎの下に、漆黒のスニーキングスーツを見せたまま、そこに根のある木のように立っていた。
クーは、片目を紅く光らせていた。
煙を可視化する細く赤い光線が瞳から伸び、あらゆる敵のあらゆる障害物のあらゆる遮蔽物を透過して敵の動きを読み、自在に撃ち抜いたのである。
クーは、このエリアの最後の敵を撃破した後、おもむろに手の甲から下腕の部分をタッチするように操作した。
即座にクーの背後で、鋼の扉がガァン!と鈍い音を立てた。
ひぃっと言って、警備の青年がすくみ上る。
「大丈夫だ。何もしない。俺はトラックドライバーだし。
お前がなんもしなけりゃなんもないよ」
すると先ほど起こった爆発で、運転席およびコンテナの前半分がきれいに吹き飛んだトラックの、コンテナの外装がちょうど、窓ガラスを外すように脱落した。
「出番だよーん」
言った瞬間、蜂の巣をつついたように、黒いハンガーが変形し、飛び出す。
鋼のトンボのようなドローンが、蜘蛛の子を散らすように空へと飛翔していく。
まるでスズメバチのように滞空し、そしてクーの指示を待っていた。
「俺、ずっと言いたかったんだよな」
クーの姿を視界に入れたまま、警備の青年は仰向けに倒れっ放しで彼の声を聞く。
「俺の職場から出てけってさ」
青年は空を見て言葉を失った。
その数は星のごとく、九十機を超えている。
「じゃあな」
クーはそう言い残すと、焼け跡から駆け寄ってくるあらゆる敵兵の動きを察した。
そして起き上がった青年の視界から、溶けるように消えた。
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