それは善き王による、この上なき独裁

 輸送長は、しかし笑って見せた。

「まあ、こちとらこの街が巻き込まれなきゃ、何でもいいんだ。暮らし向きが良ければ別にどうなったっていいんだけどさ」


 モルトの兵士たちが周りにいることを考え、クーに対してのあるべき姿も考え、こんなセリフになったんだろうなと思う。同時に、そう思っても仕方がない状況であるとも思う。


 何故なら、モルト軍の先制攻撃の鮮やかさは、人類史が経験した初の宇宙戦争にしては、あまりにも手際が良すぎたからだ。

 そしてウィレ側は、その作戦が行われている刻一刻も、利権の陣取り合戦に汗するばかりで、何らの手も打てずに気が付けばすべての衛星を、観測用、攻撃用も含めたすべてを掌握され、情報を丸裸にされた。


 サイバーアタックのプログラムも、その手法も、こちらの想定外の価値観から組み立てられたものであり、星側が頭をひねってこさえた防衛技術の包囲網は、作成者が考えもしないような欠陥を読まれ突かれて穴を拡げられ、海底のファイバー通信以外は全て無効化された。

 それも空中を飛び交う通信電波を無効化する電子レンジのような構造のコンフューズ兵器を海にばらまくことで達成してしまった。  


 これは月で研究された宇宙線研究の賜物であった。

 恐ろしいほどの探求心からくる、胆力と行動力である。

 それがあのグローフス・ブロンヴィッツという、一人のカリスマ的天才指導者の一糸乱れぬ統率の下に行われた電撃作戦であった。


 ウィレの人間たちは突き付けられることになった。

 あの地球のために作られた衛星……人口の鉄の石に取り付いては飛び、そしてその石ころのような衛星を次々と同時的に制圧していく巨人の姿を、ただ唖然として見つめた水の惑星の人間達は、自分たちを見返し睨んだ黒い巨人たちが、その後そのまま体を丸めて即時に大気圏へ突入し、絶望の隕石と化して空から落ちて地上に着陸し、そのまま戦車よりも大きな銃を携えて立ち上がり、地面を掘り返して歩きだし、手始めとばかりにモルトランツを半日で落としてしまう様を見る間、ただ指をくわえて震えていただけだった。


 旧来の戦争における切り札であり主力武器であるはずの中、短距離ミサイルは、巨人の持つ巨大な銃に、つまり地理的条件を問わない移動式の対空早期警戒機銃に叩き落され、長距離超音速ミサイルは宇宙と空の境目を飛ぶ航空空母から放たれる、無数の複装照射式フレキシブルレーザーの餌食になり、その全てが無力化された。


 航空空母は悠々と空を覆うほどの大編隊を組んで、時折脅すように低空を飛び、その暗い影を地上に下ろした。

 そして今やウィレの公都までもが超兵器レーザー砲の射程距離内にあるというのに。


 そうでありながら……。

 降り立った侵略者たちは、『我々のことを解ってほしい』『平等な社会を実現したい』などと弁解しながら頭を下げるばかりで、食料はしっかりと用意するし、教科書も変えないし、手中にした領内では武装もしないし、警察も掌握しないのだ。


 この、外部からの目を意識したとしてもおよそ完璧な侵略が、この土地で展開される。そして侵略を受けたはずの人々が、結果的に、その侵略を受け入れる下地を整えてしまった。


 抵抗不能なほど、圧倒的な軍事力を背景にしてこれ以上謙虚な軍隊が、そして国が振りかざすにふさわしい、しかし吐き気を催すような正義のあり方が、存在するのか?

 存在してよいのか?

 そして、その正しさから、惑星側のあらゆる大使の行った不正義を逆に糾弾し、国際世論に対して、積み重ねてきた外交的不手際を追証させることに成功した。星間航空機209便の犠牲者に対しての政治的失敗に連なるような不誠実さを明らかにした。


 民主主義の脆弱さがその美しい表皮をはぎ取られた瞬間である。

 ニュースが読み上げられるたび、モルトは自分たちの武器を振りかざすに相応しい論理を、強化してしまうのである。


 これがブロンヴィッツという完璧な独裁者のやり口だった。

 そして銃社会ではないモルトランツは、その最初の実験地にして成功地になった。クーの手触りからも多くのエージェントの調査からも、明らかなように、少なくともモルトランツの世論は、モルト軍を受け入れていることは間違いないからだ。


 それは輸送長のような失望からか、リズのような猶予感覚からかはわからないにせよ、だ。


 モルトの完璧な論理は、そもそも国家間の暴力という、犯してはならない過ちである戦争が、宇宙国際法に列記された純然たる国家犯罪であるという意識自体を、今にも飽和してしまうだろうと恐れを抱くほどだ。


 立場を変えてみれば、その宇宙国際法違反であるということを糾弾することしか、ウィレ政府にはできないのだ。それでどうして星側が結束できるというのだ。


 そこまで思いを巡らせながら、クーは、今までは、バカに擬態していた。

 そして話が分からないふりをしていた。

 高度な心理的構えを持ったクーなら、輸送長のような素直で善良な人間にそんなことは思いもしない人であると思わせることなど、造作もないはずだった。


 だから輸送長は、クーに相談するのもなあ、そんな風に少し首を振って話題をはぐらかした。

 だがクーは、今そうしなかった。

 兵隊がいないのをいいことにして、


「あいつらはみんながよく考えるもんです」


 適当に白目を剥いてふざけるようにこう言った。


「あーこんなひどい政治なら強いリーダーが出てきてだらしないやつ一掃してくれたらいいのに。あー本当に優しくて強い王ならその人に統治してもらったが良くね?て思ってたら一夜にしてだらしない政治家を処刑して強力なリーダーシップを発揮しだしてマジでいい政治をし始めてしまった国なんすよ」


「まあ、そうだな」

「あ、でもだらしないやつを処分する代わりに民主主義が破壊されて軍事独裁政権になってしまったよ。でもいいよねみんな強いリーダーが出てきて引っ張ってくれればいいんだからさっていう」


 輸送長は、クーの言葉に目を丸くして聞き入り、そして周囲を思わず眺めた。


「大丈夫ですよ聞かれてなんかいませんから」

「お前ってそういうの疎いもんだと思ってたよ。ビックリした」

「いやいや、バカなりに考えたことを言ったんです」

「たまにびっくりすることを言うからお前は底知れん」

「そりゃありがとうございます」


 クーはうやうやしく頭を下げて笑った。

「輸送長も大変なんだろうなって、思ったんで」

「……いや、なんでもないよ。ただ、最近の変更変更で疲れてるんだ」


「じゃー、そっとしておきます」

 クーはあっけらかんとそう言って見せた。


「ありがとな。お前もたまにはスカッとしろよ」

 そしていそいそと立ち上がると、大柄な体で大型トラックに向けて歩き出した。


「じゃー乗りますわ」

 耳の穴をほじるクーの、気の無い言葉に輸送長が答える。


「出発までにいろいろ準備しとけよ」

 へい、と答えながらクーは言った。


「輸送長。わかんねーけど」

 クーは珍しく振り返って上司を見た。上司は思わずといった具合にクーを見つめた。


「少なくとも俺は、輸送長を助けますよ」

「なんだよいきなり気持ち悪いなァ」

 輸送長は噴き出すように笑い、そして頬を穏やかに緩ませていた。

「いけったら」

 クーも笑みながら車に向かって歩いて行った。

 仕事は全て終わっている。


 つなぎの下には体に張り付くようなスニーキングスーツを着ていた。

 今朝方コンソールを操って上位権限で搬入されるすべての物資のデータを抜き取った。クーたち工作員には、この惑星に普及したコンピューターのOSに対応する極秘の特権的IDが割り振られ、すべてのデータベースにアクセスできる。


 モルト軍基地内で活動する人間達と連携することによって、このモルトランツという一大拠点に集積され、運搬される武器を含めたすべての荷物は一級の情報としてウィレ側に内通されるものとなる。


 これももちん、クーの仕事だ。

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