工作員の地味なたのしみ
「みんないるか?」
クーが声をかけると、複数人の声が聞こえてきた。
画面の中には割れた正方形の窓があり、窓には番号が振ってあり、民生用のリモート会議と同じように見える。
だが、この画面にはもう少し複雑ないくつかの機能がわざと作ったかのように追加されている。その無線マニアが好むような黒字に白のインターフェースから、割った画面分の声が聞こえてくる。
①元気な老婆の声だ。
『こんばんはぁ』
②今度は聡明そうな女性の声。
『こんばんは。ビッグママ、アルドも』
「声を聴けて何よりだ。レン」
そしてガサガサと音がしたのは別の人間からだ。
その主に声をかける。
「自分の声を出せ」
③今度は二十歳にもなりたてに近い、少年のような高い声の男だ。
「ごめんゲームしてた」
「現実とバーチャルの区別がつかなくなるぞサイバー兵士(パルマ)君」
『説教とかいいんで』
③が明らかに気の無い割に耳に鋭く響く一言を発すると、②が言った。
『じゃ、時間もないので始めましょう』
市民に化けたエージェント達が自分たちの情報を持ち寄り分析を始める。
モルトがこの街を占拠してからずっと開いているミーティングだ。
モルトランツ各地にあらかじめ存在したこれらの人間たちの諜報活動はこのミーティングを通してまとめられ、確実にウィレの公都、シュトラウスへと定期的に、または緊急的に情報を送っている。
四人一ユニットである理由は、それ以上エリアネットワークにアクセスすると隠密行動に支障が出るからである。こんな半民間のグループが実はモルトランツ内に五十ユニットは存在する。
この仕事に当たり、まず初めに四人は①とか②とか③とか味気ない数字で呼ぶよりお互いに愛称を使うことにした。
クーは②:レンと③:パルマに会ったことはない。
『アルド。今日あんた見たけど、えらい表情がほころんでいたねえ』
「仕事に戻れ、ママ」
しかし①:ビッグママとは面識があり、クーと彼女の初対面が実はこの仰々しい愛称の理由にもなっている。
ちなみにクーが一応のリーダーポジションにあり、リーダーと報告者の順番を順守して、その会話の間は他の人間が口を挿めないようになっている。
「定例通りレポートを受領した。口頭で報告を」
『はいはい。公園は引き続き何かの規制が入ったりもしてないけど、やっぱり目に見えて月からの兵隊の数が増えてきてるよ。いつ武器を隠し持った連中が流れ込んできても不思議じゃないね』
ビッグママはそれから関係を作った数人のモルト兵達、タクシーの運転手、警察官と交友を重ねた上でいくつかの内部情報を引き出したことを話した。
彼女の得意技だ。
『兵隊どもは安心してるよ。モルトランツの住民が暴徒と化すかと思っていたようだがね。お前たちみたいに先に喧嘩を売るような暴力的な集まりじゃないんだよと言い返してやりたかったけど、いつもの笑顔さ。子供と戯れているのを見ると追い払いたくなっちまうけどね』
クーがサミーに伝えた情報は、ほとんどこのビッグママが伝える生々しい兵隊たちの生態観察に基づいている。
「あんたに足がつけば俺たちが死ぬ。やめろ」
『するワケないだろ。今はね。本軍がここを取り返すときにはわしも銃を構えてやる』
などと老獪に笑って見せるビッグママにため息をつき、
「そりゃあ勇猛果敢なことで。まあいいや次だ」
クーは場を仕切り、レンに発言を与えた。
「レンはどうだ?」
『市役所は監視がきつくなっているけど、困った人たちの窓口は相変わらず開いてるわ。統治が変わったことの混乱はまだ続いてる。福祉のサービスパッケージをモルト政府が無理やり自分たちのものに挿げ替えたためね』
「抵抗する職員もいなければいい加減半年も近いし、達成してるはずだがな」
『だって、モルトが市庁舎壊したじゃない』
「確かにそれがでかすぎるな」
『結局困るのはお金がない人たち、老人、要介護者、子供よ』
「君は民生委員だから特にな」
『早く終わってくれないかって皆言ってる』
レンのうんざりした声に同意する。しかしそう一筋縄にこの緩やかに欝々とした現状がなくなってくれるわけではない。
「終わらせよう」
『人の土地を勝手に奪うことが許されるはずはない』
「ありがとう。まあ、大学生は夏を満喫したかもしれないがな」
と、声の意識をパルマに向けると、すぐに反応が返ってくる。
『それは心外ですよ隊長殿』
「パルマの話を聞こうか」
『あー、授業再開したけど相変わらず前期が潰れた弊害を受けてるから義務教育に戻ったみたいな感じ』
「前回じゃそうなるかもってことだったが、そうなっちまったか」
『困ってるよ。でも結局モルトの職員にすげ変わるとかもないし、授業の内容が変わったとかもない。思想が極端に星側な教授は降ろされたけどね。何しても露骨になるんじゃない?ホラ、あの王様ケチがつくとまずいじゃん、政治体制的に』
「強圧的に出ないことでそれを担保するのは、前の戦争のやらかしからか?」
『俺はそう考えてるけどねえ。他の生徒は知らんけど』
「いい考察だな。レポートは受け取ったよ、赤点はなしだ」
『どうも』
そして四人は最近のモルトランツについてほとんど世間話にも近いフリートークで盛り上がっていた。工作員と言えども、こんなことばかりの地味な仕事だった。
こんなミーティングを窓の数分共有しあって、まるで町内会の集まりだ。
しかし同じ街の空気を共有し、市民の生きた感覚を探り合うには、こうした話をまな板に上げて話し合うに尽きるのだ。
これは一時的にこの街に平和が戻った証でもある。
だが次の話題は、皆鋭敏な本来の感覚を取り戻すにふさわしいものだから、クーは少しカームダウンした話し合いの雰囲気を戻すため現場指揮官としての風格を取り戻すように、クーは情報を話し始める、
「話を我々の作戦に戻そう」
同時に端末の画面が切り替わり、別の窓が立ち上がって一番表面に来ると、その写真には鮮明な画像で黒い巨人兵器……グラスレーヴェンと、その系列機体であるいくつかの新型が映されている。空を飛ぶ機体、重装歩兵のような機体など、様々だ。
「コードネーム:ヴァンサントについては、引き続き占領されたカレイト軍事基地で重力下テスト及び訓練が実施されている」
モルトランツを征服した新型兵器、グラスレーヴェンと系列機のことを、この通話ではウィレの神話に登場した土塊の巨人にちなんでヴァンサントと呼び、各機が基地に登場した順番に数字を付けて識別をしている。
「ヴァイト基地に潜入したエージェントによって、我々が把握すべき機体の数も増えた。二足のくせに制空戦も可能な奴までいる。初期型を完璧に解析したとしても次々と違う機体に対応していかなければならない状況だ」
ビッグママが尋ねた。
『それで奴らの心臓は手に入ったのかい?』
「まだだ。だがその時は近い」
『マジ?』
パルマが素朴に強い音をのどから出した。
「ああ。そこは信じろ。俺たちの出番もその時かもな」
どこかの誰かと同じセリフを吐きながら、クーは淡々と話を続ける。
「とりあえず今は、この平和ってことになってる街を見続ける仕事だけだ」
レンが言葉を重ねる。
『ずっとそうだといいけどね』
その祈るような声は切実だ。
「取り返されることを信じるなら、その時はやってくる。俺たちの本領発揮だ」
「一日一日、指折り数えて生きることに感謝を」
そしてクーはライリアから指示された行動計画にメンバーたちを当て嵌め行動の指示を行うと最後に
「今を楽しもう。じゃあな」
そんな言葉を重ねて通信を切った。
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