第7話 魔法少女カードゲーマー主人公ちゃん
最近お財布の中身が寒くなってきたので、アルバイトを始めることにしました。
体が女になる前も接客業のバイトをやってた経験があるので、今回も無難にコンビニだ。家と学園、その両方からほどよく近い距離にあったため即決だった。バリバリ働こう。
採用されたのは昨日で今日はバイト初日だ。店長からはとりあえず仕事の種類の把握と、軽くレジのやり方を覚えてくれればそれでいいから、と言われた。ユルい。
時刻は16時過ぎ。あまり客が混む時間帯でもないし、レジの練習にはもってこいだ。
レジの練習は同じくアルバイトの人から教えてもらうことになっている。
そして、ただいま絶賛レジ打ち中です。
「2416円になりますー」
お客さんがバーコードを表示させたスマホを見せてきた。
えーと、えーと。
【あっ、助け船を出した方がいいかな】
「かなめちゃん。バーコードの読み取りはそこのボタンね」
「はっ、はいっ」
まだ機械に慣れてないせいであたふたしてしまったものの、先輩バイトの
【よかった。あの子、袋詰めも上手だ】
よそ見していたら、先輩の吹き出しがレジ袋の中に入ってしまった。
……まあいいか。俺にしか見えないし。
「ありがとうございましたー。……ふぅ」
「ごめんねかなめちゃん、レジ入るの遅れちゃって。あのおじさんはいつも大量に買っていく常連さんなんだ。いきなりあの量は大変だったよね」
「あー、いえ。レジは初めてじゃないですし、へっちゃらです」
ふんすっと胸を張ると、少年は『心強いなぁ』と言ってわずかに微笑んだ。これが俗にいうイケメンスマイルとやらか。
──だが、僅かに疲れも見て取れた。
【如月かなめちゃん……うん、物覚えが良いしレジも問題なさそうで安心したな】
【前に『一緒に働く』って言ってアリサと玲奈の二人が来たときは、危うく大惨事になるところだったけど、彼女なら大丈夫そうだ。本当に心底安堵してる】
【……いや、それが普通なのか? あれ、僕ってもしかして感覚麻痺してる……?】
主人公って大変ですね……。
この前屋上で一緒にいたあの二人、もしかしてお嬢様タイプなのだろうか。メロンパンとプリンをそのまま捨てようとしてたあたり、あり得る話だ。
少なくともこの俺は常識の範囲外にあるようなギャグはやらかさないので、先輩には安心してほしいところだ。
気負うことなく仕事はじゃんじゃん任せちゃってください。
「お客さんもほとんどいないし、次は商品整理でも一緒にやろうか。レジ代わる人呼んでくるね」
そういって卯月先輩は自動ドアを潜って、外で清掃をしているもう一人のバイトさんを呼びに向かった。
卯月。
またの名をハーレム主人公さん。ちょっと前のメロンパンとプリン騒動の際に屋上で見かけたあの人で、俺よりも半年ほど先にここのコンビニバイトを務めてる先輩でもある。
学年も二年生と俺より一つ上で、さっき彼から聞いた話だとあのツンデレっ娘とジト目っ娘も一応先輩だったらしい。
ふえぇ~ふぇ~言ってた気弱そうな女の子だけは俺と同じ一年生だそうだ。どうでもいい。
(卯月さん普通にいい人だったな)
バトルものっぽい雰囲気のハーレム主人公ということで、面接の日に見かけたときは、バイト先を変えようかと迷うレベルで警戒していたのだが、一緒にバイトする分には頼れる先輩だということが判明した。
ヒロインの女の子たちが、バイト先に突撃してくることもなさそうだし、職場が一緒なだけなら変なことに巻き込まれることはなさそうで安心だ。
「じゃあ水無月さん、レジお願いね」
卯月先輩に呼ばれて店内に戻ってきたのは、彼と同じくらいの身長の少女だ。
「……うん」
水無月さん、というらしい。下の名前は聞いてない。
今わかっていることは卯月先輩とタメ口なので二年生だろうってことだけだ。ここのバイト年上しかいねぇな。
「……如月さん、代わるから」
「ぁ、はい。お願いします」
水無月センパイ……なんというか、第一印象は『疲れてる』って感じの少女だ。
性格が暗いというより、なんか精神が摩耗しちゃってる印象を受ける。死んだ魚みたいに、目にハイライトがない。
コンビニバイトってそんなに過酷だったっけか。
【如月かなめ──見た限りは、無垢な普通の少女だ】
あっ、吹き出しでてる。水無月ちゃん先輩も主人公なのか。
でもなんの主人公なんだろう。この世界で女の子の主人公を見たのはこれが初めてだ。
【だが、微量ながら魔法少女エネルギーを感じる】
魔法少女になった覚えはないのですが!
この世界じゃ総合的に見てモブに等しいこの俺が、なんでそんなエネルギー持ってるんですかね。
【エネルギーを持っているという事は、彼女にも魔法少女の素質があるということだ】
あぁそういうこと──って、カゴの中に吹き出しがどんどん積まれてる。あの水無月ちゃんって主人公の独白が止まらねぇ。なんで?
ていうかレジ打ちしながら完全に別の事を思考してんのスゲェな。
【そして素質があるということは……つまり他のプレイヤーたちに狙われる危険性もあるということ】
【ゲームのアイテムである魔法のカードを駆使して、全ての元凶である魔女はアタシが倒した】
【仲間も、家族も、友達も──すべて失ってようやく勝つことができた。そのおかげで魔女の支配下にあったプレイヤーのほとんどは脱落した】
【 だが、自立した数少ない残党たちは、いまもこの街のどこかに潜んでいるのだ。そして奴らは魔法エネルギーを狙って、弱い魔法少女に
【おそらくこの如月かなめという少女は、最終決戦の際に生じたゲームの余波を受けて、つい最近素質に目覚めたのだろう。でなければこうして生きている理由が説明できない。この街に元からいた素質ある少女たちは……みんな魔女復活の生贄にされてしまったのだから──】
──あ゛あ゛あ゛ぁぁ゛ぁ゛っ!! 独白が長い多いしつこいッ!!
アンタは見えてないだろうけど、俺いまアンタが大量に生成した吹き出しの山に埋もれてるんだからな!!? 身動きとれねぇよ! 加減しろバカッ! いつまで独白してんだよもういいよ!
本編終了後の主人公なのね? わかったわかったよもう。
この前まで命を懸けたデスゲームしてたのね、本当にお疲れ様。バイト終わりにジュース奢ってあげます。
だが流石にもう独白はやめてほしい。
水無月ちゃんの吹き出しめっちゃサイズがデカいし重いのだ。もう少しで圧死しかねない。
「か、かなめちゃん? 床に這いつくばって……どうしたの?」
「攻撃を受けてます」
「えぇっ!?」
【まっ、まさか組織の能力者がこの近くに……ッ!? かなめちゃんの様子を見るに、これは重量操作か!? まずいッ!】
いやそういうわけじゃないんだけどね。逆に俺が吹き出しを認識できる能力者ってだけかもしれないんだけども。
「かなめちゃんっ、一旦裏に戻ろう……!」
「はぁい……」
心の中じゃ焦りまくりの卯月先輩だが、店内に店長もいるってことで大っぴらに警戒することはできず、とりあえずバレないように俺を抱えて(結果的には吹き出しの山から引っ張り出して)、バックヤードに戻っていった。
【卯月空斗が如月かなめを……外部からの接触だろうか。嫌な予感がする】
似た者同士だねキミたち。原因はきみの独白なんだけどね。
【卯月空斗はアタシたち魔法少女とは関係ないが、おそらくは何か別の敵と戦っている特異な存在だ。彼が察知したということは……敵がいるということか!】
「いだっ!?」
「かなめちゃん!?」
休憩室に戻ったかと思ったらレジの方から吹き出しが飛んできたぁ! 俺の後頭部に直撃してきたぁ! もうやだ。
このバイト先クソすぎる。辞めようかな。
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