第6話 ハーレム主人公くんと他二人

 



 お昼休み。今日も今日とて俺は購買へ向かって駆けている。

 ウチの学園の購買の特徴はとにかく値段が安いところだ。学園というだけあって普通の高校よりも生徒数が多く、それなりの数も用意してはいるのだが、出遅れれば売り切れは必至。

 それだけ安く、また程よい美味しさということなのだ。


「メロンパンとプリン、メロンパンとプリン、メロンパンとプリン……っ!」


 人波おしよせる廊下を小走りしながら同じ言葉を繰り返す。

 たとえ先に購買に到着したとしても、ここでは注文の早さが優先されるから、他の奴に奪われるまえに声に出さねばならんのだ。特にプリンは人気商品だし油断はできない。


「わっ!?」


 おそらく誰かの足に引っかかってしまったのだろう。

 集中していて足元への意識をおろそかにしていた俺は、見事に転倒してしまった。


「ひ、ひぇ~!」


 ドドドって後ろからいっぱい人が来とる。

 ふ、踏まれる! 人ごみの中で踏まれちゃうぅ! しぬぅっ!


「ぎゃあー!」

「──如月さんっ!」


 もうダメだおしまいだ──そう思った瞬間、俺は踏まれることなく誰かに抱きかかえられた。お姫さま抱っこってヤツだろうか。


「わわっ。……ぁっ、む、睦月くん?」

「無事でよかった。ごめん、このまま購買向かってもいいかな?」

「う、うん」


 途中停止はできないと考えた彼は俺を抱きかかえたまま、凄い速度で集団を追い抜いて購買へと向かっていった。

 睦月くん。睦月誠也くん。またの名をラブコメくん。

 たしか変な部活に入ってて、自由奔放な部長に振り回されてる主人公だったか。

 にしてもすごい筋力だ。俺の体が小さいとはいえ、人ひとりを抱えたままこれだけ走れるとは。やっぱり主人公は違うなぁ。


「あの、ありがとう睦月くん。わざわざ助けてもらっちゃって」

「だいじょぶだよ、オレも購買行くところだったから」



【それに成り行きとはいえ、如月さんと交流できるのは願ってもないことだ】



 そ、そんなに? 俺と話ができるだけで口元がにやついちゃうなんて、ラブコメくんはそんなに疲れてるのか……。部長さんもう少し手加減してあげてください。

 一応、部長さんも前に見かけたことはある。

 睦月くんの手を引っ張って学園内を走っていたけど、なんかもう嫉妬すら抱けない程のナイスバディだった。バストもヒップもウエストも、出るとこ出てて締まるところは引き締まってた。モデルかよって話だ。これだからメインヒロインは。

 まぁ目の保養にはなるし、美少女がいること自体はありがたい。俺だって中身は男だしな。綺麗な子を見ればおのずと笑顔になるってもんだ。

 そんなかわいい美少女とイチャコラしてるくせに、俺なんかに関心を向けてていいのかね少年よ。もっとメインヒロインの好感度稼ぎに奔走しなされや。

 おっ、購買が見えてきた。


「睦月くん、もうおろして大丈夫」

「わかった」



【……やましい気持ちは一切無いが、もう少しさわ──】



「ふん゛っ!!」

「睦月くんっ!?」


 俺をおろしたあと、ラブコメくんが突然自らの顔をぶん殴った。こわい。


「ど、どうしたの?」

「変態野郎を殺しただけだから気にしないで」

「う、うん……?」


 

【あやうくセクハラ思考に陥るところだった危ねぇ】


【…………でも柔らかかったなぁ──】



 あ、また自分のこと殴ってる。何回も殴っとる。

 アレか。女子の前で邪な事を考えるのが許せないタイプか。これは貞操観念が高そうな主人公ですね。

 たぶんラッキースケベに遭遇しても鋼のメンタルで耐えるような子だわ。

 まぁ少し自分に厳しすぎるような気もするけど。別にちょっと触るくらいならいつでも──


「ハッ! メロンパンとプリン!!」


 忘れてたそれどころじゃねぇ。なにやら自責で忙しい睦月くんは放置して、俺は購買に駆け込んだ。

 既に人ごみで混雑しているが、この場所でこそ俺のミニマムボディは真価を発揮するのだ。


「んしょっ、よぃ……しゅっ、むぐっ」


 人々の足元を縫うように進んでいき、購買の台の目の前に来た瞬間にぴょんっと上昇。

 必要な分のお金はおつりが出ないよう既にポケットにセットされてある。

 それを取り出し、一言──


「おばちゃん! メロンパンとプ」

「メロンパンとプリンください」


 ──ッ!?


「はいよ! メロンパンとプリンこれで最後ね!」

「どうも」


 ちょ、ちょちょちょっ! 待て待て!!

 なんだあの女!? いきなり空から飛んできて空中で商品の受け渡しをしたと思ったら速攻で飛び去って行きやがった!

 く、くそぅっ……。そりゃ主人公がいるなら特殊能力を使うヒロインだっているだろうが、まさかこんなところで横やりを喰らうとは思わなかったぜ。


「ゆ、ゆるせん……飛ぶなんてズルい……っ!」


 とりあえず余ったカレーパンとヨーグルトを買って離脱。

 そして俺は飛んでいく謎の女を追っていくのだった。奪い返すとかじゃなくて、今後の購買戦争の際に必要な情報を確保しておくために。


 



 


 屋上に到着したのだが──なにこれ。


「はい、空斗。メロンパン、とプリン」

「へっ? ぁ、いや、僕は別に頼んでないけど……」

「前に食べたいって言ってた。だから買ってきた」

「おい貴様! 空斗は今わたしと昼食兼作戦会議中なのだ! 邪魔をするな!」

「むぅ。あたしだって空斗とお昼食べたい。あなたこそ邪魔」

「なにをっ!」

「ふっ、ふ、二人ともケンカはやめましょうよ~! 空斗さんも困ってますからぁ~!」

「み、みんな落ち着いて……」


 あぁぁぁぁ~~~なにこれ。


 なんだこれ。一昔前のハーレムものか? 女子三人で優男っぽい男の子を取り合ってる。まさかこんなものが現実に存在するとは思わなかった。

 ジト目の無表情っぽい子とつり目のツンデレっぽい女の子がいがみ合ってて、間を取り持とうとするけどふぇ~ふぇ~って言うだけであまり役に立ってない気弱そうな女の子と、ハーレムなくせにされるがままの主人公。なにこれ……。


 なんだよ、あんな奴らに先を越されたのか俺は。


「空斗、これいらないの?」

「えーと……今お弁当食べ終わったばかりで。僕は大丈夫だから、玲奈が食べなよ」

「こまった。あたし、甘いの苦手」

「フンッ。やはり貴様はまだまだ甘い女だな。昼食のタイミングすら見極められないとは。やはり空斗を理解できるのはパートナーであるこのわたしだけのようだ」

「むむむ……藤堂はこれいる?」

「ぃ、いらないですぅ」

「誰も食べないかぁ」

「おい貴様! なぜわたしには聞かない!?」


 羨ましくはないな……いや本当にお疲れ様ですって感じだ。困ったヒロインばかりがハーレムになってあの子も大変だぁ。というか、いらないならそのメロンパンとプリンくれ~。

 いや言わないけども。でも別段アレを必要としてない人に先を越されたってのは少し悔しいな。


「みんないらないなら捨てるしかない」


 ええぇぇぇ!? んな極端なっ!?

 せめて後で食べるとかないの! 勿体ないってばよ!!


「ちょうどゴミ箱がある。ぽーい」


 ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!!


「ちょっ、玲奈! そんな粗末なことしちゃ!」


 あっ、ハーレム主人公くんが空中のメロンパンとプリンをゴミ箱に入る前にキャッチしようとしてるけどアレじゃ間に合わな──


 


 


【時間を止める】


 

 



 



 ──あれっ?



【間に合ったようだ】


 

 気がつけば、ハーレム主人公くんではない『他の男子』がその場に現れていて、投げ飛ばされたはずのメロンパンとプリンを手に持っていた。


 あれは……確か、先週に出会った復讐ゲーの主人公……?


 彼の登場にその場の誰もが驚き、中でもハーレムくんは目を見開いて悄然と立ち竦んでいる。

 しかしそんな彼には目もくれず、食べ物をその手に握った男の子はポケットからちょうど料金分の硬貨を取り出し、それをジト目の女の子に手渡した。


「これ、いらないならオレが買ってもいいか?」

「えっ。……ぁ、うん」


 鼻白むジト目っ娘。その場にいる全員が驚嘆と緊張に包まれている中、その男の子だけは鷹揚とした雰囲気を保っている。

 そのまま歩いて場を離れようとする彼──に、ハーレムくんが声を掛けた。


「まってくれッ!」


 立ち止まる復讐くん(名前知らない)。

 俺はこの世界に来てから初めて、主人公と主人公の邂逅を目にした。


「……超スピード。いやっ、刻ときを止めたのか? きみは、いったい……」

「……食いモンを粗末にすんのはダメだと思っただけだ。それじゃあな」

「ま、待って! 話を」

「時節が良くない」


 機会があればまた会うだろう──そう言い残して、復讐くんは彼らのハーレム空間から脱した。

 残された四人は今の状況を慮ることすらできず、ただ剣呑な雰囲気を心に抱いたまま、立ち尽くすことしかできなかった。


 



 


 わっ、わっ。復讐くんがこっちきた。

 屋上の様子を出入り口の陰から覗き込んでいたんだけど、復讐くんはまるで俺が覗いていたのを知っているかのような雰囲気だ。


「……はい、これ」

「えっ。……ぁっ、メロンパンとプリン……」


 彼から手渡されたのは、ジト目ちゃんから買い取ったであろうメロンパンとプリン。ご丁寧にスプーンまで付いてる。

 ……まさか、俺の為に?

 


【これで少しは恩返しできただろうか】



 ただの恩返しだった。ちょっと自惚れたので恥ずかしい。

 もちろん嬉しいけど、恩返しより派手な場面見ちゃって落ち着かないな。



【だが、調子に乗ってはいけない。彼女と必要以上に話してしまう前に、この場を去ろう】



 復讐くんは足早に階段を降りていく。

 自分の仕事はこれで終わりだ、と言わんばかりにクールに去ろうとしてやがる。

 待ってまって。まだお礼すら言ってねぇよ待てコラ。


「ちょ、ちょっと」

「っ?」


 前回の時と同じく、もう一度彼の手を後ろから握って引き留めた。

 気持ちは嬉しいけどタダ飯は頂けない。

 かといってこれを突き返すのもなんだか悪いし、せめてお金は払わせてもらおう。

 主人公くんたちはいい加減、自分の中で勝手に解決してすぐにいなくなろうとすんのやめなさい。


「これ、メロンパンとプリン分のお金」

「い、いや、別にいい……」

「ダメです。はい、ちゃんと受け取って。これは私のためでもあるから」


 半ば無理やり彼の手に硬貨を握らせた。動揺して遠慮しようとしている復讐くんだが、これは彼がジト目っ娘から買い取ったものだし、それを貰った俺がお金を払うのは当然のことだ。


「ありがと」

「べ、別に……」


 照れやがって少年め。かわいいやつだ。

 そうだ、いい機会だから名前も聞いておこう。この学園にいてなおかつ制服ってことは、彼も最近この学園に転校してきたってことなのだろうし、これからは学友だ。名前くらい知っておかないと。


「私、如月かなめ。きみの名前も教えて」

「……弥生、マモル」

「弥生くん、ね。これ、本当にありがとう」


 お辞儀。お礼はしっかりと。

 しかし、そうは言っても彼は復讐抜きゲーの主人公だ。下手に刺激したら何をされるか分からないし、ほどほどの距離感を保っていこう。

 というわけで俺も離脱だ。


「それじゃ。私は一年のE組だから、なにかあったらそこに来てね」

「……あぁ、わかった」

「んっ。またね、弥生くん」

「また。……如月」


 


 別れのあいさつを交わし、一足先に階段を降りていく。


 何かヤバいことがあったときに頼られるのは流石にキツいが、すこーし困ったことを手助けするくらいなら大丈夫だ。

 というわけで結果的にはメロンパンとプリンを手に入れることができた俺は、気分上々で教室へと戻っていくのだった。

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