第4話 時間停止系主人公くん 前編



 放課後。

 俺は上機嫌で街を闊歩していた。


「ふっふっふ」


 嬉しくて思わずスキップしてしまいそうな俺の手には、出来立てホカホカのたこ焼きを包んだ紙箱が乗せられている。

 俺が買ったのはとある人気店の数量限定メニューのたこ焼きだ。

 通常メニューのものと違って午後の3時半から販売される代物で、数量限定ということもあってか出遅れるとすぐに売り切れてしまう人気メニューなので、放課後はコレの奪い合いなのだ。まぁ俺以外はみんな男子だったが。


 肝心のメニュー内容は、ソース天かすのせと明太チーズのハーフなのだが、味が二つで合計八個なのにお値段なんと百五十円。安すぎて意味が分からない。

 ヤバい時だとさらにたこ焼きを二個サービスしてくれたりもする。

 店主のオッサンは人が良いというか、学生に対して優しすぎだ。


 と、そんなこんなで俺はお目当てのものを手に入れたわけだ。

 冷めると勿体ない。

 早々にどこか座れる場所を探さなければ。


「……おっ」


 ベンチを見つけた。

 あそこに座って食おう。

 ──と、そう思って足を動かしたその瞬間、俺が狙っていた席は学生服の男の子に奪われてしまった。


「あぁっ。……くぅ」


 一瞬握り拳を作ったが、すぐに解いて肩を落とした。

 悔しいが、先を越された俺が悪い。

 逆恨みなぞみっともないし、せっかく買ったたこ焼きがマズくなるだけだ。

 しょうがないので別の座れる場所を探そ──


 

【あの女……いいな】


 

「いてっ」


 後ろから何かが飛んできて後頭部にぶつかった。いたい。

 一体なんだと振り返ってみれば、そこには妙なセリフが書かれている吹き出しが地面に落ちていた。

 顔を上げてみれば、視線の先にいるさっきのベンチ奪いの男子が俺を凝視している。

 何だ何だ。



【体つきのいい女は食い飽きてたところだ。ちいせぇ女は締まりが良かったし、また試したくなってきたな】



 ひっ、ひぇぇぇ……。

 鬼畜抜きゲータイプの主人公だぁ……。

 そう、そうなのだ。

 というのは、必ずしも善性の人間ばかりとは限らない。

 特に女の子を蹂躙することを主目的とした、成人向けゲームなどでは、主人公の立場は大抵『悪』だ。これはマズい。

 逃げなければ。



【オレに気がついている……? いや、まさかな。肉体を透明化している俺を視認できる奴なんていない】


 

 おい待て。

 俺って透視能力もあったのか。

 それはつまり、あの変態野郎が見えてるのは、この場においては俺だけということなのか。

 ともかく、一刻も早く離脱しないと処女膜をギガドリルブレイクされる。

 慰み者にされてしまう。弄ばれてしまう。

 そんなのは何があっても願い下げだ。

 そもそも結婚する気すらないのに、十六歳で妊娠してたまるか。



【まぁいい。露骨に逃げる素振りを見せたら時間ときを止めるだけだ】



 うごくのやめた。

 いや、えっ? 詰みでは。

 どうすればいいのだ、こんな四面楚歌。

 アレか、知らんぷりして素通りすればいいのか。

 無関心を貫けばあっちも興味が失せるかもしれない。


「~っ♪」


 鼻歌ふきながら行けばだいじょう──ぎゃあああもうすぐ目の前にいるぅ!

 どどっどどどどうしよう。

 このままじゃヤられる。

 こうなってはもう、やるしかない。

  ヤられるまえに殺ヤれ、だ。

 ここは腹を括って、イチかバチかの反撃をするしかない。

 見た感じあの男の子は長い前髪であまり目が見えなさそうなのに加えて、運動神経に優れた体型にも見えない。

 不意打ちはきっと通じるハズだ。

 こっちの手が届く範囲まで接近してきたと同時に、俺の全力パンチを叩き込んでやる。


 

【いままで犯してきた女は、全員このオレを虐げ迫害し続けてきたクズ共だった】


 

 歩きながら独白してるぞアイツ。

 その姿はシュールの一言に尽きる。



【イジメ、なんて生温いものじゃない。オレは間違いなくあのクズ共の玩具だった】


【便器に顔を突っ込まされた。犬の糞を食えと命じられて、拒否すればリンチされた。ライターでの火あぶり、座席の投棄、毎日毎日理不尽な命令を強要され──オレに人権なんて無かった】


【だから神社の神に祈って奇跡的にこの力を手に入れた時、オレは歓喜した。

 復讐できるから、じゃない。抗う術を手にして、無限に続く煉獄から抜け出せるのだと知ったからだ】



 ……おも。

 いや、重いな。君の設定ずいぶん重くないかしら。

 最近出会った主人公の中じゃトップクラスに激重な過去だ。

 鬼畜ゲーというより、復讐モノだったようだ。

 アイツ視点で見れば、今は復讐が終わったあとのボーナスタイムってわけか。

 だが、そうは言っても素直にやられるワケにはいかない。

 襲ってくるなら、キンタマを蹴り飛ばしてでも、絶対にこの場から逃げる。

 そう考えて身構えると──あることに気がついた。


 抜きゲー主人公くんの後ろから、男子たちが乗った自転車が二台近づいてきている。

 二人とも会話をしながら並列走行をしていて、目前にいる抜きゲー主人公くんに気づいていない。


 

【だが、オレは復讐という大義名分を掲げて、クズ共相手とはいえ鬼畜な行為の数々を犯してしまった】


【オレはもう“悪”なのだ。光の側へ戻ることはできない。それを許してくれるヒトなどいるはずもない】


【ならいっそ、目の前にいるこの無垢で罪のない少女に手を出して、名実ともに悪の犯罪者になってしまおう。戻ることができないのだと、そう自分を納得させられるほどの罪を背負ってしまおう】


【そうしなければ罪の重圧に耐えられず、オレの心は壊れてしま──】


 


「危ないッ!」




【──えっ?】


 


「あだっ! ……ぃ、いたた……」

「き、きみ、どうして……」


 やっべ、助けちゃった。

 あぁ、たこ焼きもダメになっている。最悪だ。

 この主人公くん、後ろから迫ってきてる自転車に気づいていなかった。

 それに走行してる側も、直前までお喋りトークに夢中だったため、俺が主人公くんを抱き倒して庇わなければ、今頃きっと大惨事になってたことだろう。よそ見運転、ダメ絶対。


 ……いや、何してんだ俺。

 こんな事をしている場合ではない。

 他ならぬ自分自身の貞操が狙われてるというのに、なんでわざわざコイツを助けてしまったんだ。


「あわわっ。じゃあ、わたしはこれでっ!!」

「へ? ……ぁ、まっ、待て!」


 制止を振り切って横断歩道へ走り出す俺。

 呼び止められたが知った事じゃない。

 お前の近くにいること以上に、この世で危険なことが他にあるものか。


「待てって! もう赤信号だぞッ!」


 えっ──あっ、やば。



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