肌を合わせれば、互いの相性は丸わかりじゃ。

ヤッ!」


 われは左脚を前に出し、ヨシノブに迫る。

 ヨシノブの左腕も鞭のように、われに迫る。


ハッ!」


 われを下からすくい上げようとする拳を、さらにわれが右掌で打ち上げる。

 これで懐が空く。ハズもなく、直ぐにヨシノブの右拳が、われの腹に向けて浮いて来た——!

 われは前に出した左脚を軸に、背面を向けるように回転し、左掌で奴の右を払いながら右脚を前に出す。そして、右の直拳をヨシノブの脇腹目掛けて放った。

 じゃが——。

 奴も払われ崩れた体勢を利用し、さらに前へ出る。円を描くように背面に回られた。

 われはそれに対し、左脚と共に左肘。

 ヨシノブはそれに、左腕をかぎじょうにしてわれの顔を狙う。


 ——しめた!!

 

 われの右掌がヨシノブの股間に伸びる。

 が、ヨシノブの右手がそれを払った。


 われらは互いに飛び退いた。


「フ……。ローブロー、ヘノ対策ハ、デキテイル」

「おヌシ、図体のわりに竿が小さいが、玉はかなりデカい。狙い易い弱点だと思ったんじゃがのお?」


 図体のわりに、素早く素速い。あの腕の長さであの腕の戻り、手数でわれに、負けておらん。


「記憶ノ中ノ、俺ノ一物ハ塔ノ様ニ、デカイゼ?」

「そんな話はしておらん。それに、われはおヌシと一儀に及ぶ気はないぞ?」

「連レナイナ」

「シシ、幼な子の前じゃからな」


 助けた幼な子は、われらのやり取りの意味も分からず、ただ目をパチパチさせている。


 これ以上、こやつと話してはいかんな。情が移る。


 われは前脚で身体を引くような歩法を使い、小刻みに脚を動かし前に出た。

 ヨシノブはわれの左に回るように、横に動く。奴の場合は前脚に後ろ足を引きつけるような歩法だ。やはり似ている。


 奴が次に拳を繰り出すは恐らく、その移動の向きが逆に変わる時。われの虚を突くつもりじゃろうて。われは、そのさらに虚を突くつもりじゃ。


 ——ヨシノブが、移動とは反対に、身体を沈めた。


 来る。


 われは前に出る。小刻み、ではなく前脚を大きく出し、後ろ足で地面を蹴りながら。


 ヨシノブの左拳————。 

 は、われの右拳が打ち上げた。


 ヨシノブの右拳————。

 は、われの左肘が打ち上げる。


 そして、われの左背面が、ヨシノブの正中に、向かう。


 われの身体は槍と同じ。先に突き出した部位で、体当たりをする。体当たりの勢いを利用するヨシノブの「速い」拳よりも、初動が「早い」。

 

 ……さらばじゃ。


ハイィィィィィィィッッッ!!!」


 ズダァァァァァンッッッ!!


 われの脚が大地を震わせた時、ヨシノブの身体が宙に浮いた。


「プシィィィィィッッ!」


 音と共に血が、ヨシノブの口から漏れて噴き出し、われに掛かる。

 暖かい。

 汚い、とは思わない。思えない。

 

 われがヨシノブの命に包まれた時——。


 強い衝撃が、腹をえぐった。


「カァッッ!!」


 こ、こやつ。

 われの技の圧を、着地と共に受け止め、その反発で拳に換えよった!!


 われを掬うように打った、ヨシノブの振り上げた左腕が遠のいて行き、やがて背中に、腹と同じくらいの衝撃を感じた。砕けたのはわれの背骨か木肌のほうか。われは地面に無様に落ちる。


「ゴ、ハ。グ、フフ。小セエノニ、ナンテ、威力ダ」


 ドシャァッ。


 ヨシノブが泥に顔を突っ伏した。


 死ん、だのか? それより、われは、まだ生きてるか?


 背中が熱く。腹が冷たい。


「ゴハァ! ハァハァ……」


 血が口から飛び出した。


 メシを食わんで、良かった。

 

「よ、ヨシノブ?」


 われは声を掛ける。返事はない。当然だ。殺すつもりでやったのだから。

 今すぐ走ってその屍体を抱きしめてやりたいが、われも死にそうだ。足を前に出すだけでも精一杯。

 ふと、幼な子の様子が気になった。目だけでそちらを見る。

 幼な子がトコトコ、オークに、ヨシノブに、近づいて行くところだった。

 やがて辿り着く。

 つんつんと、突つく。反応はない。


「う、うう……。ふ、ふぐっ。うぁ、ああああああんッッ!!」


 この幼な子はきっと、言葉を話すこのわれゴブリンを恨むじゃろう。恨まれる事には慣れておる。問題ない。じゃがわれは、悲しむ事には、慣れておらん。

 

「オオオオオオオオオオッッ」


 何故か声が出た。腹が痛いハズなのに、われの体は声を、優先している。


 われも近づいた。少しずつ、ヨシノブが、近くなる。


「ガ、ゴフッ! オ前ラ、ウルセエヨ」


 ————!!


 ヨシノブが起き上がる。


「何故? 生きておる?」

「リージュン、オ前、手ェ抜イテタダロウ?」

ファ?」

「ナンカコノ世界、不思議ナチカラガアルンダロ?」

「ま、魔素の事か? 確かに魔素は使っておらぬ。覚醒したてであろうおヌシに合わせて」

「俺ハ、バリバリ使ッテタゼ? ワカンネーナリニナ」


 覚醒したてで魔素を使う? そうか、こやつはこの世界での記憶のほうが濃い。知らずに使っていたとしても、不思議はない。


「マァツマリ、俺ノ負ケダナ。サァ殺セ。生キル為ニ、精一杯ヤッタゼ?」


 そんな、今更、殺せるわけが無いじゃろう。


「ドウシタ?」


 …………。


「駄目じゃな。おヌシはまだ、全然頑張っとらん!」

「ハ?」

「せめてその幼な子が大きくなるまで、おヌシが守ってやるがい」

「サッキ報告ガドウトカ……」

「細かい男じゃのぉ? そんなの別に、どうでも良いのじゃ」


 どうせこの姿のわれは国から追われる身。その理由が一つ増えたぐらい、問題なかろうて。

 

「テキトーダナ。戦ッタ意味アンノカヨ」

大丈夫じゃ、気にするでない一定没问题。シシシシシッ! カカカカカッ! ゴフッ……!」

「オイ。ッタク、無理ニ笑ッテ誤魔化スカラ」


 海賊を成敗するには傷を癒やす必要があるようじゃ。ドロテがまだ休暇中であればのう。

 まぁ善い。

 傷が治るまでの間、このヨシノブに、暇潰し相手になって貰おう。



 夕立ち 涙 塔 終わり。

 

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