血湧き肉躍るも、相手次第じゃ。

 男どもを全て葬ったオークは地面に、へたり込んだ。雨で濡れた体とは別に、目からしずくがこぼれ落ちる。

 涙だった。


「おヌシ、なぜ泣く」


 オークは顔を上げ、われと、地面に下ろした幼な子を見る。


「オ、俺ハ、同胞トハ、チ、違ウ生キ物ニナッテシマッタ。俺ヲ知ル人間モ、モウイナイ」


 われが覚醒したのはこの世界に産まれて間もない頃。当然ゴブリンとしての自覚もなく、人間の意識のまま、この三年と十ヶ月、生きてきた。だが、こやつは、人間とオークが半々か。だとするならば、いきなり二つの世界での孤独を味わう事になる。——こくであろうな。


「われは、この出来事を国に、報告せねばならぬ。村を壊滅させた盗賊がいたがそれらも死んだ、とな」


 われはあくまでも冷淡に話す事に努める。


「村には後で兵士の検分が入るであろうな。であるからして、おヌシを報告しないわけにもいかぬ。言っておる意味が、わかるか?」

「俺ヲ、殺スノダロウ?」

「理解が早くて何よりじゃ。せめておヌシは他の者ではなく、われの手で葬ってやる」

「アア、頼ム」


 ——やはり、駄目じゃな。


「違うであろうが! このたわけ! この幼な子はどうする! たった今よこやりを入れただけのわれに預けるのか!?」

「ナ——!?」

「生きる為におヌシらを狩っていた村人は悪くないのであろう!? ならばおヌシが生きるのは悪くない! ならば戦え! 生きる為にわれと! われと戦うのじゃ!!」


 受け売りだ。以前ドロテに言われたセリフと同じ言葉だ。イネスにも怒られた事がある。どのような境遇にあって、どんなに辛い目にあったとしても、自ら生を放り投げれば、自身を肯定する者はいなくなる。


「……オ前、女ダロ? 母性ト、言ウヤツカ?」


 オークの言葉が、少しだけ流暢に聞こえた。人語を使う事に慣れてきている。


「ぼっ! ……し、知らぬな。それより、ど、どうするのじゃ?」


「フフ。惚レタ。名前ヲ聞カセロ。オ前ニ勝ッテ俺ハ、オ前ト共ニ生キル」

「わ、わからぬヤツじゃな。おヌシを殺すと言っておろうに!」


 いかん。われのほうが辿たどたどしい物言いになっておる。


「モチロン、手加減ヲスルツモリハナイ。全力ダ。デ、名前ハ?」

ハオハオ、そんなに聞きたければ教えてやる。我が名はリージュン! リー リージュンじゃ!」

「俺ノ記憶ニアル名前ハイノマタヨシノブダ。ヨシノブト呼ブガイイ」 

「では、われの事もリージュンと呼ぶが良い」

「イイノカ?」

郷に入れば郷に従え入其俗従其令と言うじゃろう? この国では身分の低い者に苗字はない。それに、死にゆくおヌシに、せめてもの手向けじゃ」

「ソノ言葉ハ初メテ聞イタガ、意味ハワカッタ。ソシテ、俺ハ死ナナイ」

「カカカ、そうか。期待してるぞ?」


 先ほどまでの沈んだ気持ちが嘘のようじゃ。われがである事も大きいが、こやつの性格のせいでもあるな。われのほうが励まされておる。じゃがわれも、負ける気はない。


 ヨシノブは先ほどのように二本足で立ち上がった。

 だが、構えが違う。身体は左半身を前に出し、右手は顎、左手はだらんと下げている。見た事のない構えであるが狙いは迎撃だろう。われのような小さき者は飛び込んで懐に入るが定石。ならばそれに対応しやすい構えも、また定石。


 ——シシシ。で、あるなら、われもそれにならうとしようぞ。


 われもまた左を半歩前に出す。左掌を上に大きく構え右掌を股間の位置に置く。さあどう出る?


 われは微動だにしない。だがヨシノブは体を小刻みに揺らす。

 

 やはり、われの知るものとは違う。爪先で跳ね回るのではなく、前後の膝の屈伸のみにとどめている。

 これでは、どちらの足で地面を蹴るのか分からんな。起点を読ませぬに長けておる。


 ヨシノブの身体が薄く前へ沈んだ時、ヨシノブのがわずかに浮いた。瞬く間にヨシノブが迫る。

 ヨシノブの左が伸びるが、われは動じない。拳の届く距離ではない。


 ふ。測ったか。

 当たらぬ拳にわれが反応せしめれば、それは弱者の反応。それ相応の対応をする。今のような強者の反応であれば、また、それに向けた戦略を立てれば善い。

 何よりも、先ほども見せたその歩法。蹴るのではなく前に倒れる重さで移動し、踏み耐える反発で拳を出す。少しだけ、チェンチーポゥに似ている。


 さて? リーもあちらが上。われらが人同士であれば、奴の左に回り込み腕を制してハウチェンを人中に入れる、ホウグーチェンを肋骨の隙間に差し込むなどもできるのじゃが、今はオークとゴブリン。体格差がちと大きい。やはり、あやつの攻撃を捌き、懐に入り、睾丸を叩くしかないかの?

 

 われは、前に出た——!


 

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