幼な子に罪はなく、ただ生きる獣にも罪はない。ならば、われら魔人とは?

 声のある場所に着いたわれは、まだ姿を晒さない。人は四人。柳叶剑リューイェーチェンのような剣——ファルシオンといったかの? ——を持つ男が二人と、弓矢を持つ男が一人、そして、歳が三つ四つほどの幼な子が一人だ。

 それに対峙するは一頭のオーク。

 背を反るように二本の脚で立ち、その脚の倍ほどもある腕を顔を前で構えている。

 

 むむ。オークとは格闘術武术まで使えるのか? 流石に類い稀な知性を持つ個であるはずじゃが。それよりも——。


 一頭か。


 われのいた世界のアイゴンを磨き抜いた武術家武术家でさえも、村や街中の人々に襲い掛かられた時は無力であったそうである。一頭で村を壊滅させる事などできるのだろうか。

 倒れていた屍体の中には今われの視界にいる者達と同様に武具を持っている者もいた。


 ——弓の男が矢を放つ。

 オークは頭を体ごと振るようにしてけた。


 バカ傻子め。狙うならどうであろうが。心臓を外れたとしても、身体のどこかには当たるじゃろう。それすらもわからぬ腕で、よく頭など、狙えたものじゃ。


 二人の男達が同時に斬りかかる。

 が、オークは左手に回り込むように移動し、一人に左のピンチェンを当てた。男は吹っ飛び、もう一人に激突する。

 

「がっ! くっ……! ヒ、ヒィッ!?」


 殴られた男は血の泡を吹き、絶命していた。


 弓の男が「おい!? 早く!」と弓を引く頃にはオークが残された剣の男の前に移動していた。


 恐るべき移動速度脚步很急……!


 間違いない。あれは「ボクシング西洋拳」だ。一度その興行を見た事がある。われのいたあの場所では、数々の武術が否定され生き残るため、西洋人とリング上で多くのサン大会が行われていた。迫害の為にコンフーを積めなかったとはいえ、限りある領域で殴り合う事に特化したあの動きに、数々の武術家が倒れていった。勝利した者も武术ウーシゥーをする事なく、あちらのルールで戦ったと聞く。

 ならばあやつ、われと同じく魔人であるか! しかも動きが、われが見たものよりも数段、進歩しておる! われが流行り風邪で死したあの時代より、先を生きていたという事か——!?

 

「うわぁぁぁぁあああん!!」 


 いかん! 奴の動きに気を取られておったわ! われの狙いは隙を見てあの幼な子を逃す事! 絶好の好機であったろうに!!


「うるせえ!!」


 弓の男が幼な子を張った。


 什么シェンムァ!?


「ブォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 オークの、その長い右腕が伸びる。

 われの目を持って、辛うじて見える拳速で。

 剣の男を平拳が飛ばす。

 木に激突した男は、潰れていた。


「な、何故だ!? あの村は、てめえの仲間を狩っていた連中だろうが! 俺たちがあの村を潰して何が悪いってんだよ!?」


 喉を破るような声で、弓の男が叫ぶ。


「シ、シ、シ、知ルカ。ソ、ソノ子ノ親父サンハ、罠ニカカッタ俺ヲ、ミ、ミ、見逃シテクレタ」


 覚醒して間もないのだろう。いや、オークは五十年ほど生きるらしい。オークとしての記憶の長さが人間のそれを上回った場合、オークがヒトを呑むのかも知れない。われとは逆に。

 

「ア、ア、ア、アノ村ハ、確カニ、群レノ、ド、同胞ヲ奪ッタ。俺ノ、母親ヲモ……!」

「な、ならよぉ? むしろ俺らはてめえの親の、敵討ちしたんだぜ? ほ、ほら? わかるだろ?」

「イ、意味モナク村ノ男ヲ殺シ、女ヲ犯ス、オ、オ、オ前達ヲ見テ思ッタ。カ、彼ラが俺達ヲ狩ッテイタノハ生キル為ダ……! オ、俺達ガ虫ヤ蛇ヲ食ウノト同ジ。意味モナク殺ス、オ、オ前達トハ違ウッッ!!」

「俺らだって! い、生きるためだよぉ!!」

「違ウッッ!! 彼ラハ、オ、俺達ヲ、皆殺シニハ、シナイッ!! 俺ハ! オ前達ヲ! 許ス事ガデキナイッッッ!!!」


 読めたぞ明白了? そういう事じゃったか! ならば、やるべき事は一つ!!


「く、来るなあぁぁぁぁ!! あと一歩でも近づけば! このガキを! ——って、あれ?」 


 男の視線の先に、幼な子はいない。何故なら幼な子は、


「おヌシ! そやつを目一杯! 殴ってやれッッ!!」


 ズン。


 オークが男に歩み寄る。足捌きは使わず、ただ歩いて。


「や、やめ、てぇぇぇええええええええ!?」

「ブフォォォォォォオオオオオオオッッッ!!!」


 オークの右拳が、男の顔面を、叩き潰した。

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