夕立ち 涙 塔

 レイチェンイーは中々趣きがあって良いものじゃ。

 がぶつかり合う、ゴロゴロとした音が鳴る。流石にこれだけ北上すると、が多い。

 ことリージュンは今、樹上の枝で一休みしている。

 濃く茂った葉のおかげで雨を凌げているが、ジメジメとした大気と下から昇る土の匂いが、われを、包み込んでいた。

 まぁ嫌いではないがの。シシシ。

 海賊が出るという海はナーレのはるか北東に位置するわけだが、ナーレのすぐ北は砂漠地帯。いかに屈強な、われ、といえど、そのまま北上するのは自殺行為である。西から迂回するほかあるまい。気温の具合から見るに、今は光道ヴィウルークの少し南、ナーレから見て北北西といったところであろう。つまり、熱帯雨林というやつじゃ。


 たしか近くに人間の住む村があったハズだが、ヒトの姿で移動できる地域は制限されているし、今の魔獣ゴブリンの姿は国中で指名手配されている。ドロテのように飛べるわけでもなく、光で荷物を出したり消したりできるわけでもない。こうして地道に野宿などしながら、徒歩で、移動するしかないのだ。

 

 ——さて、そろそろ降りる頃合いか。

 雨が止むまでまだ少し時間がある。が、それまでに少し、身体を濡らしておいたほうが良い。なにせ、この姿のわれは汗をかくことができん。移動する速度はヒトの時の比ではないが、持続力耐力に難がある。

 われは槍を覆う布を縛るひもの部位に、荷物を包んだ布の端を結び、枝の上から下を覗いた。この一帯は高木が密生し、空を遮るため下草がわずかで、土が露出している。

 うーむ、じゃ。

 先ほど歩いた時はそれほども感じず歩きやすかったものだが、今ではわれの足跡すら残っておらぬ。靴を脱ぐかいな? 北上するのは久方ぶりで少々準備不足であった——と、その辺の小娘ならば、そう考えるであろうな? 甘いわ簡単的

 われは魔人、魔素をれいぞくせしめるは人や獣の数倍、優れておる。


ハッ


 われが立つ枝の表皮がパキパキと音を立て剥がれ、われの靴から足首にかけて覆い被った。当然枝は折れ、われは落下する。


フンッ


 槍のいしづきが泥に刺さり、われは着地した。ぱしゃりと音が鳴るが靴の中に水の侵入はない。

 槍の扱いが少々荒い気もするが、この槍はもう、われのものじゃ。誰にも文句は言わせんぞ。カッカッカッ。

 もちろんここには、われしか居ない。独り言とは声に出ずともむなしいものよ。

 じゃが、思うたよりも雨がわれに掛からんな? 木に登る前は確かに大粒だったはずじゃが、今は程度にしか感じぬ。仕方ない、走るとするか。


 宙空の細かな粒が、駆けるわれに当たる。それはした服の布地を越え、われの体毛にまで届いた。われの毛は人の毛よりも乾きにくく、ナーレ付近ではむしろ濡れる事が嫌いであるが、なにせ、ここは暑い。臭いを気にするよりも体力を温存する事こそが肝要である。

 ——体力で思い出した。われは今日、まだメシを食べておらぬ。やはり人の村へ行くかの? 金さえ置いておけば、家畜の一頭や二頭、盗まれても問題なかろうて。


 われは人の村へ行くことにし、走る方向を変える。

 しかし、少し気になる事があった。雨が降る前に嗅いだ人糞と血の臭い。文明遅れにも程がある。


 ヒトの味覚を持つ、われの、食えるものが、あるのだろうか。

 


 




 


 


 


 

 


 


 

 

 

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