イメージは裏切るのか。そんなのその人のイマジン次第。

「ドロテ分隊長」

「あ、シモーヌちゃん? さっきぶりー」

「其方の方々は侯爵閣下並びに——」

「あ、いーのいーの。気にしないでー」


 シモーヌちゃんはカリーナちゃんと交代して絵画コーナーの入り口を担当している。


「ふふ、いつ見てもこの絵は美しいね」


 侯爵サマが見たのはこの通路の並びの一番初めの大きな額に入った大きな絵。——『光と闇の溶け合い』だ。魔の国から昔に贈呈されたものである。


「ハッ! この絵は! 光と闇の勢力が統合され! 魔の国が生まれた時の——」


 あーあ、律儀に説明しちゃって。まぁこれなら他の来賓者が来ても大丈夫だろう。


 わたし達は通路をさらに進む。


「この絵は! 強引な方法で世界を統一して十年で滅びた太古の大国! ネーチャンムッチャカワエエヤン王国で描かれたものであります! 着目すべきは絵画中に描かれた人物その奇抜な服装——」


 このように侯爵サマが足を停めるたびに魔術師達が説明をする。

 うん、素晴らしいけど、この二人を相手にする時はもっと早口でササッとした説明で良いから。


 また侯爵、いや今度はモロー卿が足を停めた。


「ドロテ嬢。この絵はどんな絵なのだがね?」

「これは僕も気になるね。ふふ」


 そこに飾られているのは一本のパイプ煙草の絵である。


「てゆーかさっきから言いたかったんだけど、あんたら……じゃなくて貴方サマがた、ここにある美術品ゼンブ、知ってますよね? いちいちせつめーして貰わなくても」


 何せ、わたしがまだ小さかった頃、わたし達一家をここに連れてきたのはモロー卿その人なのだ。「王都で働いてみる気はないがね?」とか言って。


「僕はキミの説明を聞きたいんだ」

「吾輩もだがね?」


 はあ、まったく。このオッさん達と来たら。


「わかりました! 早口だからしゅーちゅーして聞いてね! この絵はこの国ができて間もない頃に『魔人が描いた絵』であると言われています。パイプの絵の下に書かれている文字が読めますでしょうか? 読めますか? 読めませんよね? 昔の字なので! ここには『これはパイプではない』と書かれています」


 どう? こんな早口でつらつらまくし立てられたらもう聞く気、なくなったでしょ?


「パイプじゃないなら何なのだがね?」

「ふむ、実に興味深い」


 いや、だからあんたら知ってんでしょーが!


「チッ! 作者が伝えたかったのは『絵はどこまで行っても絵。現実を複写したモノではなくあくまでも作者の幻想イマジンを表現したモノである』と解釈されています。もしこの絵を指して『パイプです』と言ったならばそれは嘘になる。紙に絵の具を乗せたモノであるが正解です。しかし何故人々はそのような紙と顔料に魅了されるのでしょう? イメージは現実たりえるのでは? 紙ではなく世界に魔素で描いた表現物こそが魔法なのである。的な事言う人もいますね! 如何ですか? まだ疑問があるならいくらでも——!」

「ドロテ嬢」


 モロー卿がわたしを止めた。


「宮廷は、楽しいかね?」

「へ?」

「君の部下達は吾輩たちが足を停めただけで、その職務を全うしようとしてくれる。まぁ、吾輩達は一言も説明してくれなどとは言ってないがね?」

「ふふ」


 侯爵サマはその偽装されたしわくちゃ顔を澄まし顔している。


「君もだがね? たまたま吾輩が足を停めたところにある絵画だけでもこれだけの知識量。きっと全ての絵、いやもしかしたら王都にある全てのモノの説明も容易だろうだがね?」

「まぁ? わたしいちおー魔導師なんで」


 わたしの素っ気ない返事に今度は侯爵サマが口を開いた。


「僕たちはね? キミには申し訳なく思っていたんだ。キミの才能を活かすために魔術師への道を薦めた。しかしキミが優秀であるが故に、キミはこの国の、いや、人間の見たくない部分まで見てしまった。その歳でそれはこくだっただろう」

「何を言ってるの? わたしはなるべくして今の地位にいるし、周りとも上手くやってるし、それに……」


 そう。別にツラいと思ったコトはない。


「そのようだね。だから、安心した。キミの部下達はキミを慕っている。さっきのドニくんのような、ね。限られた時間でそれができるキミも、きっと、楽しくやっているんだろう」


「そんなの、当たり前でしょ? いやいやオシゴトして、良いこともあるの?」


 楽しいと思えばなんでも楽しい。わたしはどーりょーや部下に、それを伝えたくてこの仕事をしているだけだ。


「いや、ないがね」

「ふふ。いやいや申し訳ない。ジジイという生き物は若者に、色々お節介をしたくなるモノなのさ。ごめんね?」


 実際はワカモノみたいな姿してる癖に、自分をジジイって……。

 でも、お節介、か。ホントそれ。

 この二人がわたしに世話を妬くのはお節介だからだ。嫌がらせってワケじゃない。リージュンが言っていた「感謝した方がいい」はそういうコトを言ってるのかも。オシゴトと同じ。心配してくれる人がいるのは良いことだ。迷惑ってワケじゃ、ないのかも。


 わたしは、持ち場についている分隊員達への指導がてらに、美術室の案内を、続けるのだった。



 美術室 桃 偽装 終わり。

 

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