儀仗とは最上級の接待だ。


 美術室前の通りの奥から、馬車がやって来る。


「〝アゲンラスフォーストゥー〟!!」


 ドニくんが魔法を唱えた。儀仗用の花火みたいな魔法。それは魔導師ではなくて、魔術師の役割。


 パンッパンッパンッパンッパンッ!


 侯爵へのえいれいは五回。色鮮やかな五色の花火が乾いた音と共にはじける。ドニくんは現在の魔術師達の中でも特に魔法に秀でており、もし魔導師に欠員が出たならば、間違いなく彼が次の序列百二十四番になるだろう。

 それくらいに彼の魔法は美しい。


 それにしても今のこの状況、かなりカオスだ。

 金ピカの甲冑をしっかり着込んだ美術室騎士隊長サマ、同じくしっかりと着込んだ騎士と兵士。それだけならダイジョーブ、なのだけど、問題はわたし達魔導師。

 ドニくんは全然問題ない。魔術師だからしっかりとした正装着こなしをしている。ただ、上半身裸のアルテュール隊長と、肩と脚を露出したわたしと、同じような服装をした他の分隊長。一応儀仗用の杖を持ってはいるけど、それがこの状況のおかしさに拍車をかけている。

 でも、わたしの肌の色は恥ずかしくないし、女が肌を見せて悪いハズもない。……たぶん。

 フレディが今のわたしを見たら、どんなセリフを吐くのだろう。

 

 馬車が停まり、ぎょしゃのヒトが中に乗る貴族サマをうながす。

 二人のおじさんが降りてきた。


「「侯爵閣下! 並びに男爵閣下に対し! 捧げー! つつッッ!!」」


 騎士隊長とアルテュール隊長の声に合わせて、騎士達は剣を鞘ごと縦に振り上げ、キスをするような動作をする。わたし達魔導師、魔術師も同じように杖を掲げた。


「〝アゲンラスフォーストゥー〟!!」


 ドニくんがもう一度花火を鳴らす。

 侯爵サマと男爵サマがわたし達の前を通過して、騎士隊長サマの前で止まる。


 ——わたしが予見した通り、やっぱり、

 

 毎度おなじみヤン•サミュエル•モロー卿と、その後見人でもある「サミュエル•サン=テ•キャベール•フォン•ロレーヌ=ナヴァール」侯爵である。名前長すぎ。


「いやいや、素晴らしいね。王都の美術室に恥じない練度だよ。キミたちの存在こそが芸術や学術を発展させる。これからも頑張ってくれたまえよ」

「ハッ! 侯爵閣下のありがたき御言葉! 肝に銘じ! これからも我々一同! 励んで行きまするッ!!」


 おじさん、というかお爺さんのような見た目に反してヤサオトコのような口調で所感を述べる侯爵サマに対し、騎士隊長サマが浅い言葉で返した。

 アドリブで困るくらいなら事前にセリフ、考えとけば良いのに。兜で顔は見えないけどたぶんこの人、昇級したてなんだろうな。脳筋ってこういうトコ可愛いよね。

 アルテュール隊長は直立不動だ。侯爵サマにスルーされて、肌に汗が浮いている。


 侯爵サマに続いてモロー卿が中へ入っていき、わたし達はそれぞれの持ち場に戻った。

 んだけど——。


 受付で侯爵サマがとまっている。モロー卿も手招きしていた。


「侯爵閣下? ナニ止まってるんですか? とっとと中へお進み下さい」

「ちょ!」


 わたしの「軽口」にドニくんと、受付を代わってくれていた可愛い兵士くんが絶句した。


「相変わらずだねドロテちゃん? 元気してた?」


 相変わらずキモい。

 侯爵の、この老いぼれた姿はそーだ。本来の姿はその口調通りの優男。

 わたしどころかモロー卿よりも歳を取ってるはずなので、外に出る時はいつも、このような姿なのだ。

 一応「光で本来の姿を隠している」とモロー卿からは聞かされているけど、そんな事できるのだろうか。どちらかというとリージュンのタイに近いような気がする。


「で、では! 自分はこれで!」


 兵士くんが逃げるように去っていき、ドニくんがわたしに訊いた。


「ドロテたいちょー? ど、どーゆー事っすか?」

「ああ、気にしないで。このこーしゃくサマと男爵サマとは顔見知りなのよ。で、侯爵サマ、展示品は奥にあります。ココにはありません。でわでわさよーならー」


「つれないね? 今日はキミに案内をしてもらおうと思ってたのに」

「ムリッス! あたしは受付がありますッス!」


 侯爵のお誘いにわたしがイネスのモノマネをして対応していると、モロー卿が口を開いた。


「受付なら彼に任せれば良いのではないかね? あの美しい花火を出来るほどの逸材だがね? 問題ないのではないかね?」

「彼はこれからきゅーけーなの」


 彼の代わりにくるコリーナちゃんも優秀なんだけど、ちょっと一人で任せるには頼りない。シモーヌちゃんはアレだ。まだおーよーが効かない。


「ど、ドロテ隊長。俺なら大丈夫です。一日くらい昼メシなくても……」

「彼もそう言ってるがね? やはりドロテ嬢が指揮する隊は違うがね?」

「さあ、ドロテちゃん。早く行こう」


 う、ドニくん。そこで気遣いは発揮してくれなくても良いんだけど。てか、ホントゴメン。このヒト達がこんなヒト達で。


 わたしはこの二人をさっさと帰すため、さっさと要望を満たす方向に方針を、変更するのだった。


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