美術室 桃 偽装

 魔導師のオシゴト、激務ではないけど堅苦しいよね?


「魔導師の心得!!」

「「「魔導師の心得!!!」」」


「魔導師とは魔の法をって人民を導く者なり!!」

「「「魔導師とは魔の法を以って人民を導く者也!!!」」」


「魔導師は! 自らならびに魔術師全体の技能の向上の為にれんし! また! 魔術師達のはんとなる言動に努め! あいしんを以って魔術師達のぜんどうに励むものとする!!」

「「「魔導師は! 自ら並びに魔術師全体の技能の向上の為に錬磨し! 又! 魔術師達の模範となる言動に努め! 慈愛心を以って魔術師達の善導に励むものとする!!!」」」


 ほっ。に言えた。休暇を終えて王都に戻ったわたし、ドロテ•ド•オーバンは、まだうす暗い早朝にゴーケンランな建物の前で「じょうばん」の真っ最中だ。


 十一の県で構成されるフェロンソーワ州の中央に位置する王都ラビュートゥスは、外周を城壁で囲まれたじょうかくである。そこに住まうは王族や貴族だけにとどまらず、数多くの平民も生活している。でも、その平民たちも多くの税金を納められる者に限られ、この社会全体を指して「きゅうてい」と呼ばれている。


 ここの人たちがどれほどの税金を納めているのかというと、「この国の一番端から王都へ通り抜けるのに必要な通行税全てに相当するほど」の大金だ。

 通行税を取らない領主サマもいるけど、その領地内でも基本的には議会や州が定める法令が優先されるため、貧しい人たちは自分の住む街からでさえ移動しにくいというのがその現状。倫理的な理由とか税金を逃れるためとかで、地方へ移住する富裕層の人たちに、元々地方に住んでいる人たちの仕事が奪われる事を、問題視する人もいる。

 ちなみに、わたしたちのような宮廷に勤める「上級の使用人」は自らの住居を持たない代わりに居住税を免除されるので、こうしてニンゴトみたいに考えることができるのだ。

 

 宮廷内の国営の施設の管理には「有事の際に戦える者達」だけが選別され、主に騎士団や、わたしたち「魔装兵団」の中の魔術師が

 たとえば、わたしが今日から三十日間住み込みで就く「美術室」のちょうは、宮廷魔導師序列二十一番。名前は……ながったらしいので省略。アルテュール隊長だ。


「第一分隊長を、序列八十九番! サビーナ•フォン•アルベルトから、序列六十七番! カサンドル•サン=マリー•リシャールに任命する! リシャール分隊長! 美術室の宮廷にける役割を述べよ!!」


 わたしたち魔導師は魔術師の中でもゆうぐうされており、このような儀式的な場でもわたしは肩と脚を出した服装を許されてるし、このカサンドルも胸元を大きく開けたローブを着ている。

「背徳的な女性」である魔女の功績により今の魔導師の地位が生まれた、という経緯があるからなんだけど、現代では男性の魔導師とか魔女ではない令嬢上がりの人たちも好き勝手にをしていた。

 んで、アルテュール隊長はちょっとやり過ぎ。大きな三角帽子に穴を三つ空けてマスクみたいに被って顔を隠しているのに、上半身には何も着ていない。大声を出すたびに大胸筋が揺れて乳首がしている。ローブは腰巻きみたいにして、何の役にも立っていない。

 アルテュール隊長は、文化省の大臣室で今のコレと似たようなことを先に済ませているのだ。

 どんな顔で大臣たちはこの隊長を見ていたんだろうか。同時に図書室だとかに上番する他の宮廷魔導師高い序列の人たちや、騎士団の人たちも。


「美術室は! 偉人達の表現物を通じて人民の精神! 知性! 感性を育む場を与え! 以って人民にとって芸能が生きる糧となるようこれを寄与する事を目的とします!!」


 お? ちゃんと言えた。

 貴族サマのとこで生まれたわりにはちゃんとしてる。まぁ末っ子ってことだから、わたしにはわからない苦労も色々とあるのだろう。いや、魔導師なんだからあんしょうできてトーゼンのことなんだけど、魔術師時代のあの子の天然っぷりを知ってるわたしとしては感慨深い。


よろしい! 次に第二分隊長を……」


 このようにして上番の儀は進む。

 

 宮廷の各施設はそれぞれ、魔術師の小隊と騎士の小隊が管理する。わたしたち宮廷魔導師は宮廷内で魔術師達をけんいんするのがその任務だ。

 三十日間の任務を下番した後は、十五日間の休暇、十五日間の予備訓練、そしてまた三十日間別の施設に上番し、その後三十日の訓練期、十六日の休暇、十五日の予備訓練、というローテーションを繰り返す。

 トクベツキツい仕事でもないけれど「出会い」が少ない。だから、若い兵士を漁る魔術師や、魔術師を引っ掛けようとする兵士も多い。リツってなんだっけ?

 ま、わたしも一度遊ばれて痛い目に遭っているから、人のことは言えない、かな……。


「次! 第三分隊長を、序列百七番! エマニュエル•マルタンから、序列百二十五番! ドロテ•ド•オーバンに任命する! オーバン分隊長! 美術室に於ける魔導師の……」


 あ、わたしの番だ。

 宮廷魔導師の序列は一番から百二十五番まで。一番から十二番までが王族付きとなり、十三番から三十六番までが各施設の魔導隊長、三十七番から百二十五番までが、魔導分隊長や他の雑務に就く。

 なぜか病気とか結婚とかで欠員が出てもわたしの序列が繰り上がることはなく、後輩の魔導師や魔術師が宮廷魔導師に昇進したとしても、わたしより上の百二十四番になる。

 わたしは、モロー卿のすいせんで八歳のときに魔装兵団に入団し、九歳のときに魔術師に志願、その後十二歳のときに宮廷魔導師へ昇進と、かなり若い段階でキャリアを積んでいるのにも関わらず、十年経った今でも序列は百二十五番のまま。

 わかんないんだけど、その分、ラクをさせてもらってる。ヘンな争いに巻き込まれなくて済む。最下位を蹴落とす意味などないからだ。

 てゆーか、だからこそ、縁談もゼンゼンやって来ない。わたしが結婚して辞めても、誰も得をしないから。


「以上! これを以って美術室魔導分隊長の上番の儀を終える! 各分隊長は申し送りを受けたのち、それぞれの分隊をしょうあくしその指揮にかかれ!!」

 

 これを以って、わたしの退屈な三十日間が始まった。

 

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