わたしのほうが可哀想でしょ?

「ねえ。ちょっと訊きたいんだけどさ。いったいどんな闘いをしたら、そんな風になるんだ?」

 

 ここはナーレの大衆食堂だ。フレデリックとデートする予定だった今日、わたしはリージュンに罪滅ぼしをしている。

 フレデリックが指差すのは、無心でニワヘビのくんせいをかじるリージュンの頭だ。髪の毛が跡形もなく、消えている。


「おお! よくぞ訊いてくれた! 実はドロテがわれに、おおよそ人の所業とは思えぬ鬼畜な魔法を使ったのじゃ!」

「鬼畜な魔法?」


 大げさに応えるリージュンにフレデリックが、さらに訊いた。


「その名も〝黒龍のクソ〟じゃ! いか? ウンチとかそういうのじゃなく、クソ、じゃぞ?」

「ちょっと! 食事中に汚いこと言わないで!」

「それを使ったおヌシが言うのか! おかげでわれの髪の毛が一本残らず焼け焦げてしもうた! ああ! 可哀想なわれ!!」


 リージュンに放った〝フィッケスデュラーゴネグェーラ〟は大地と火と水と天空の魔素を複合した魔法で、直撃した全てのものを、跡形もなく燃やして吹き飛ばす。

 リージュンと槍が無事だったのは、彼女が岩の牙を壁にして、離れた位置に避難したから。でも、その爆風だけでも大きな被害を受けたようだ。わたし? 術者が自分の魔法を喰らうわけないじゃない。魔法を放った後の回避行動は体に、染み付いている。


「だから悪かったってば! でも調子に乗ってわたしを怒らせた、あんたもわる——」

「だからおヌシがアレを撃つ前に謝ったであろうが! なのにおヌシときたら!」

「傷を治してあげたでしょ? 髪の毛もまた生えるから良いじゃない! あんたのあのワザで、わたしだって服が台無しになってショックなんだから!」


 てゆーか、爆風から槍を庇ったリージュンにも非があると思う。そもそも、勝負を挑むのはいつも決まって、リージュンのほうからだ。


「やれやれ、その場に立ち会わなくて正解だったよ。ドロテに感謝」


 言ってフレデリックはパンをスープにひたし、口に入れる。リージュンは芋を丸ごと口に、放り込んだ。


「でも、お二人さん。昨日の格好も良かったけど、今の服も、中々イケるよ?」


 わたしとリージュンは今、この街の女性が着るような服を着ている。ゆったりとしたシャツと長いスカートがになった、フツーの服。


「そうかフレディ! この頭も可愛いか!?」

 

 リージュンが口まわりに芋のかけらをつけながらテーブルに、身を乗り出した。


「あー、それもチャーミングだけど、やっぱり髪の毛はあったほうが……」

「くぅ! ドロテ! どうしてくれる!?」

「大丈夫だって。そうやってもりもり食べてれば、すぐに生えてくるから」


 フレデリックは別として、リージュンの分の代金は、わたし持ちだ。彼は奢ってくれるって言ったけど、リージュンの食欲を知った今では、そのことでもわたしに感謝しているだろう。

 ああ、たぶんモロー卿からもらえる報酬は、これで相殺されるのではなかろうか。てゆーかそもそも、モロー卿がリージュンの相手してればこんなことにはならなかったのに!


「ところで、二人はこの後どうするんだ?」

「わたしは王都に戻る前に、また実家に寄ってのんびりするわ。リージュン、あんたは?」

「われもおヌシに着いて行くぞ? 久しぶりにイネスに会いたい。——と、言いたいところじゃが、残念ながら、任務があるのでな。どうも最近、海賊が出るという噂があるのじゃ」


 なるほど。そのための槍か。リージュンは素手でも強いけど、もしその海賊が魔族だったなら万が一、という事もある。


「なるほどねー。じゃ、頑張りなさいな」

「ああ、われがこうしてタダメシにありつけるのも、モロー殿のおかげじゃ。やる事はやる」

「違う! タダメシはわたしのおかげ!」

「そのおヌシを引き合わせてくれたのはモロー殿のおかげであろう? おヌシだってかたがいなければ、フレディに会えなかったのじゃぞ? もっと感謝したらどうじゃ?」

「う」


 まぁたしかに、それはモロー卿とリージュンがいなければなかったことだけど……。


「俺ごときの事で感謝なんてしないだろ、はは。じゃあ俺は、そろそろ行くよ」

「え?」

「これから仕事だ。やるべき事がいっぱいある。おいウェイター、チェックだ」


 フレデリックは席を立ち、代金とチップを払った。


「ねえフレディ?」

「ん?」

「また、会える?」

「俺は今、この街から外に出られない」


 そう、だよね。やっぱり無理かぁ。


「でも、しこたま稼いで余裕ができたら、きっと王都へ君に、会いに行く。だからそれまで、さよーならー。ってね」


 そう言ってフレデリックは白い歯を見せ、出ていった。


 男ってみんな、そーなんだよねー。そうやって、できもしないこと言ってわたしに、期待させる。でも、待つことにしよう。

 フレディなら、たぶん、嘘はつかない。



 パズル 銅像 田舎 終わり。

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る