下品な魔法使ってごめんなさい……。

「コレで……よし、っと」


 わたしは石に魔法をかけて、飛ばした。モロー卿がいる、山岳要塞の司令室へ向けて。


「シンプルに鳥とかに手紙を持たせればいものを。そのやり方、中々に迷惑じゃぞ?」

「自分の魔法よりも遅いモノ、つかう意味ある?」


 わたしの飛ばす石には意思が宿り、送り先にメッセージを伝える。石のカラダが壊れるまで。ゴーレムの一種だ。

 

「じゃ、さっそく始める? 今は涼しいけど、あんまりダラダラしてると寒くなるから」


 ここはこの国唯一の砂漠地帯だ。とはいっても砂よりも石とか岩とかが転がっている、ゴツゴツしたところ。木や草に囲まれたナーレをちょっと北に進んだだけのトコにこんな場所があるなんて。まぁ誰もいないから都合が良いんだけどね。


「そうじゃな。早く準備せい」


 既に槍を構えるリージュンの目は輝いていた。まったく、楽しそうにしちゃって。


「〝ディーフォルメティーオ〟」


 わたしの草箒の、筆のようにまとめられた穂先がさらにまとまり、柄と同じくらいの太さになる。ゴワゴワした質感も、カシネコでできた棒のそれと、同じになる。箒を杖に変えたのだ。長さも、わたしが使うぶんにはちょうど良い。


「〝クェロームヴァントゥース〟」


 わたしの髪と服がフワッとなびく。体が、軽い。


いぞいぞ! ノリノリじゃな?」

「じょーだん。動きやすくしただけ。杖と槍じゃあハンデが、キツすぎるから」

「どちらでもい。では、参る……!!」


 リージュンがわたしに向かってくる。速い。リージュンの一歩、いや半歩ずつ脚を進める独特の歩法が、その移動を加速させる。


 わたしは杖を持つ右手を前に出して、半身になって、迎え撃つ。左手は背中に回している。使わない手をふらふらさせると、それだけで相手に与える的が、増えるからだ。

 ひゅっ。

 眼前に石が飛んできた。リージュンが突撃しながら、つま先で飛ばして来たのだ。

 わたしは上体を左に傾けて、かわす。その方向に脚を動かして円を描くように移動する。

 そこに、槍の穂先が追ってきた。かわす方向を読まれてる!


 バシィィンッ。


 わたしは移動を続けながら、手首のスナップを使って杖で、槍を叩き落とす——が。


「ダァンプォッッッ!!」


 リージュンが右手を動かした。回すように。

 左手を支点にして槍の柄が、大きく。穂先が宙に、大きな円を描く。大気を、巻き込みながら。

 ブウォォォォンッッ!!

 大気で体が下に、押される……!

 

「ハイィィィィイッッ!!」 


 槍が飛び込んでくる——。


「——イェァッ!!」


 杖が下から槍を叩いた。わたしは上体を逸らしながら手首を咄嗟に逆回しして、槍を上に弾いたのだ。

 わたしの三角帽子が貫かれ、爆ぜた。

 わたしは後方に飛び退く。


「ちょっとあんた! まじで殺す気!?」

「いつものことじゃろう? おヌシが避けることを信じておった。それにしても良い槍じゃ。まさかあそこまで力が伝わると思わなんだ」


 そう言いながらリージュンはけらけらわらう。


 今リージュンがやったのは本来、槍同士で戦うときに相手の槍をはらうための技だろう。はらって突く。基本動作だ。でも、槍に込められた魔素で槍が通常以上にしなり、威力も上がって魔法のようなものになっている。人の姿でこんなことできるようになったなんて!


「ちょっと、イラッとした。——〝クェロームファロッギューマ〟!!」


 魔素がわたしの杖に集まり、長く太い風の鞭が形成される。

 

「ほほう? ならばわれも、本気でやっていということじゃな?」

「好きにすれば? てか、もともとそーゆーつもりだったでしょ」

「そうじゃった、そうじゃった。では——〝獣性解放ラデュートムンソトゥーマ〟!!」


 リージュンの顔が。体が縮み、耳が伸びる。肌は浅黒く変貌し、その姿は先ほどの広場にあった十二体の銅像の一つ、北をつかさどる魔獣となる。


 リージュンは、ゴブリンの、「魔人」だった。


「ふーむ。やはり、服のサイズはジャストに限る」

「何いってんの。あんた人の姿でも幼児体形じゃない?」

「む、今のはわれも、イラッとしたぞ?」

「あーら、それは失礼しました。ふふ、じゃあ再会しましょ?」

「シシシ、そうじゃな」


 黄色い牙を見せて笑うリージュン。わたしはの、その姿のほうが好きだ。


 わたしは大地を縦横無尽に移動しながら、杖を上から下から右から左から、手首を使ってくるくる回す。

 放たれた風の鞭をリージュンは槍の穂先を回して叩き、弾き、粉砕する。

 でもわたしが杖を振るうたびに、鞭が、飛ぶ。

 間合いの利はこちらに逆転していた。

 わたしの杖術とリージュンの槍術は似ている。技の種類こそ少ないけれど、そのコンビネーションは多岐にわたる。

 そして手数は、わたしが格段に、上。


「エ! エ! エ! イェァアアッッ!!」


 わたしの鞭は、もはや刃だ。地面に大きな傷跡をつけながら、リージュンに迫る。

 

「ハ! ハ! ハ! ハァァアッッッ!!」


 リージュンもそれに対応する。飛んだり跳ねたりなどはしてないけど、リージュンが大地を踏みしめるたびに、槍が、大きな力で鞭を消す。そして——。


「ハイィィィィッッッ!!!」


 リージュンがどしん、と足で地面を震わせた。地面から沢山の大きな岩の牙が突き出て、わだちをつくりながら物凄いスピードでわたしに向かってくる。

 魔法ではない。でも、それに近いリージュンオリジナルの戦闘法だ。


「やばっ!」


 わたしは跳んで空中で体を捻り、着地——するところに、リージュンがいる……!?


「シィィィィィィッッッ!!!」

 

 リージュンが突く。

 ——でもわたしは、貫かれない。突き出た岩を蹴って、飛んだから。上にではなく、横に。

 リージュンは追って来なかった。ただ——。

 

 とおから、その槍の届かない位置から、わたしを突いていた。


 大気が、突きに押されて、飛んでくる……!!


「キャアァァッ!」


 金属板が仕込んであるブーツの靴底が大きな衝撃を、わたしの足に、脚に、伝えてくる。もれ出た風に砂たちが巻き込まれて、刃となってわたしを、襲ってきた。

 服はズタズタ、髪はぐちゃぐちゃの砂まみれ。肌の至るところにもを感じる。


 ぷつん。


 わたしの中で、何かが切れた。


「どうじゃドロテ! 意趣返しじゃ! 遠くから風で好き放題——って、え? ちょ、ちょっと待——」


 わたしの頭上に、黒いほのおの球体ができている。それに触れる大気は焦げてはいない。熱が発生するのは、目標に、当たったときだけ。


「わ、悪かった! 少し調子に乗り過ぎてたようじゃ! だからそれは、やめてくれぇ!!」


「〝フィッケスデュラーゴネグェーラ〟ッッッ!!!」


 この日、この砂漠に、大きなクレーターができた。


 ……わたしのせいで。

 

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