「さよーならー」は別に、決めゼリフじゃない。
この広場の入り口は十二個あって、それぞれの小さな門の上には、それぞれの方角をつかさどる魔獣の銅像が立っている。真北をつかさどる魔獣の影が、わたしがいる中央の噴水に伸びたとき、彼女は現れた。
「ドロテ! 遅くなってすまないのう」
「いーえ、リージュン。時間ピッタリ。遅れてくれても良かったのに」
彼女の名前は「リージュン」。
本名かどうかは置いといて、彼女はそう名乗っている。わたしが識るどこの言葉にもない名前。魔術師も知らない言葉なんてあるわけがないので、きっと響きを気に入って自分でつけたのだろう。独特な言葉づかいで話す彼女の感覚を想像するだけ、時間のムダだ。
「ああ、彼女が君の待ち人か」
わたしの暇つぶしの相手になってくれた彼が、リージュンを見てそう言った。
リージュンは一見、少年とも取られかねない見た目をしていた。男の人が着るような袖のないシャツを着て、下も
それを「彼女」なんて、彼はなかなかスルドい眼力を持ってるに違いない。あ、わたしがさっき、女の子って言ったんだっけ?
「おお、中々のイケメンじゃな? 名はなんともうす?」
「彼は……って、ごめんなさい。おにーさん、名前、なんていうの?」
我ながら不覚。おしゃべりに夢中で、名前を訊きそびれてた。
「はは、やっと興味を持ってくれた。俺はフレデリック。フレディって呼んでくれよ」
へえ? 完全なベルターニャってわけでもないのか。まぁ今の時代、名前の由来なんて関係ないかもだけどね。
「ははーん? ドロテ、さてはおヌシ。『遅れても良かった』とはそういう事か?」
「まあね」
見透かしたような目をするリージュンに対し、わたしは涼しげな目で返す。
「寂しいのう。久しぶりに会う友よりも、おヌシは男を取るのか。ええドルテ?」
「取ってないじゃない。時間ギリギリまで待っててあげたでしょ?」
「そうかそうか。でも残念。われが来たからには、われに、時間を
リージュンは用件を知ってか知らずか、そんな事を口にする。まぁどんな用件だったとしても脳筋の彼女とはそうなるだろうと予測はしてた。モロー卿が彼女と会うのを避けた
「どうやら俺はお邪魔みたいだ。ドロテ、短い時間だったけど楽しかったよ。君がまたこの街に来る事を期待して、俺は退散する。それまで俺の名前、忘れるなよ? それじゃあ——」
「待て」
立ち去ろうとするフレデリックを、リージュンが止めた。
「なんだい? リージュン、ちゃん?」
「われとドロテはこれから立ち合う事になっておる。それにフレディ。おヌシ、立ち会ってはくれまいか?」
は?
「ちょっと! 何言ってるの? あんたの存在は
「おヌシこそ何を言っておる。われとおヌシが出会えばそれは、そういう意味であろう?」
「どういう意味だっ!? じゃなくて、百歩ゆずってそれは良いの! あんたが闘う姿を見られるのがまずいってコト!」
リージュンが新しい武器を
「大丈夫じゃ。われも心得ておる。あくまでも本気は出さん。われの為に武器を持って来てくれたのじゃろう? 純粋にそれを試すだけじゃ。ホレ、早く渡せ」
「あんたの大丈夫は信用ならないのよ。まぁ渡すけどさ。彼を巻き込むのは
わたしは光で隠していた槍を出して、リージュンに渡した。ついでに草箒も
「なんとドロテ、君は魔女か……! あ、失礼。魔術師か」
「良いのそんなこと。それよりわかったでしょ? 危ないからフレディ、あなたは帰って」
頭の中の
だけど、魔素を操るだけではなく魔法を使える魔術師の、その中でも多くの魔素を魔力として肉体に溜めておくことのできる魔女の、戦場の駒としての市場価値は上がった。その価値が
だからこそ、危険なのだ。
「良いではないか。われも本気を出さない。おヌシも本気を出さない。それなら危なくはないであろう?」
「……なんであんたは彼に立ち会ってもらいたいの?」
「われの赤裸々な姿を、このイケメンに見てもらいたい」
「やっぱ
「はっ! お堅い奴め」
槍を構えてはいないけど、リージュンのその目は二つの意味でギラギラしている。
「ちょっと興味はあるけど出会ったのはドロテが先だから、俺はドロテを尊重するよ。リージュンちゃん、ごめんな」
フレディが良い
「ちっ。つまらないのう」
「ちゃんと勝負してあげるから、それでいいでしょ? ——〝クェロームオドゥーラ〟!」
わたしは草箒とリージュンを、天空の魔素で覆った。箒とリージュンが浮かび上がる。
「うわ。魔法ってやっぱすげぇ……」
「フレディ、わたしもあなたとのお喋り、楽しかった。明日また同じ時間にここにいるから、その時に、そうね。お茶でもしましょ?」
「それはズルいのじゃ」リージュンが口を挟む。
「うるさいよ! じゃ、そーゆーことなんで、今日はこれで、さよーならー」
わたしは草箒にまたがり、リージュンは空中を泳ぐように、広場から飛び立つのであった。
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