イネスってなんで「ッス」とか言うんだろ。ぶりっ子?


 時は昨日にさかのぼる————。


「モロー殿、お久しぶりッス!」


 わたしはイネスのモノマネをしながら、魔状ステッキ代わりに使ってるくさぼうきからいしだたみに降り立った。


「ドロテ嬢、レディが箒にまたがるのは良くないとおもうがね?」


 ヤン•サミュエル•モロー男爵の頭はいつも眩しい。ひげを手入れするよりかぶる発想とかはないのだろうか。


「そんなのいまさらよ。混血バイレイシャルのわたしが、宮廷魔導師なんてやってるんだから」

「ふむ、失礼したがね? 言語がめちゃくちゃなのに人が混ざることに関して厳しいのは、私もナンセンスだと思うがね?」


 この国は「全ての言語は古代ルトゥーシャ語の派生」という考えを持っており、色々な言語が混ざりあっている。


 例えば……うん、そうそう、アレだ。

 地中深くにいる大地の精霊たちは、大地に浸透する色々な魔素を食べて大地の魔素と土を産み出し、さらに土と魔素たちを食べて金属などの色々な物質モノを産み出す。物質モノたちも魔素を吸い、さまざまな振る舞いを見せ、その中でも特に金属は魔素を吸いやすい性質がある。大地の中にある雷と火の魔素を吸った金属たちが、大地の魔素で圧縮されてできたのが青銅ウェーラスという天然の合金だ。

 最近は人工的に造ることもできるみたいだけどそれは置いといて、それをちょうした置き物を「クォーペルミュースタチュー」という。

 ウェーラスとクォーペルミューはルトゥーシャ語で、スタチューはフェロンソーワ語である。ちなみにバイレイシャルはベルターニャ語だ。


 魔族や亜人を「人間以外」とする風習はどの国にでもあるけど、この国では面白いことに人間同士でも家柄とか肌の色で区別したりする。文化には寛容だけど、人種には厳しいのだ。

 国王サマは「我が国は全てに寛大だ」とか言ってるけれど。ま、って大事だよね。


「それはわたしに、ではなくて直接、国王サマに言ってよ」

「一介の騎士上がりが、そんなこと言えるわけがないがね?」

「わたしだってムリ。宮廷魔導師とはいえ、じょれつは一番下なんだから」


 この国では平民が成り上がる方法がいくつかある。一つは騎士団に入団すること。うまく出世すれば、モロー卿のように爵位とか役職を貰ったり、議会に参加できるようになったり。魔物たちの呪いもなく戦争もない現代では、他にも沢山の道がある。男には。


 女には、まだまだ少ない。わたしの所属する魔装兵団にある宮廷魔導師は、ゆいいつの平民女性が成り上がれる道とされているけれど、実際、トップに立つのはお金持ちに生まれたエリートのうちの、更に秀でた人たち。平民でしかも光道ヴィウルークよりも北の大陸出身のパパと、エルフのママを持つ、わたしが所属できること自体が奇跡なのだ。

 幸運なことに、わたしは才能に恵まれた。でも、これ以上の出世は、多分ムリ。戦争でも起こったりしない限り。

 

「ところで、使いを送ったのは三日前だったのだがね? ずいぶんとのんびりだったのだがね?」

「名目は休暇バケーションなんで、実家の手伝いをしてましたぁ」

「それは感心だがね? コレからは質の良い薬草が沢山必要になるからよい事だがね?」

「今回のことも、それに関係すること?」

「……ああ。ここのところ、あらゆる場所で、報告があるがね」 


 しゅうざかいの山にある、地図上に波線が引かれるように建てられたこの要塞を、モロー卿は管理している。魔王軍との和解が成立したあとに、サンテキャベールとともに領主サマから任されたそうである。

 でも、本当の平和とは訪れないものだ。人間たちにも魔族たちにも、自分の利益のために動くやつらがいる。


 そのやり方はだけど、権力パワーのあるヒトがさかしい誰か、あるいはまずしい誰か、もしくは……まぁイロイロなヒトを雇って手段におよぶ——そういう構図はあまり変わらない。表立って取り締まるのはトラブルのタネになるので、モロー卿や人物が、その役割を遂行する。

 面倒ではあるけど、それでわたしは、今の地位にいるのだ。文句は言えない。


「んで? またそーゆーヒトたちを、ぶっ倒せば良いわけ?」

「いや、今回の依頼は、そういうものではないのだがね? 十二魔獣像広場で彼女に、渡して欲しいのだがね?」


 モロー卿は光の魔素を使って隠していた「ソレ」をあらわし、差し出した。わたしは受け取り、光の魔素を使ってまた隠す。


「キレイな槍ね。でもさ、わたしがやる必要ある? 直接あんた……モロー殿が渡しに行けばいいじゃない」


 大した装飾も施されていないシンプルな普通のスピアー。でも、細かなところに、違いがある。つかいしづきという基本的な造りは変わらないけど、その柄は、持ち手側になる石突側が太く、穂に向かって少しずつ細くなっている。重さを利用しぐのではなくて、カラダで作った力を穂先に伝える、つまり、突くための武器だ。用途としてはむしろ突撃槍ランスに近いのかもしれない。


コマ同士の交流も大切だがね?」

「本人の目の前で駒とかいうの、良くないと思うんですけど」

「事実だがね? よいかね? 人々は上に立つ者達も含めてみな——」


 げ。話長くなりそう。


「わかった。でも、払うもんはちゃんと払ってよ?」

「もちろんだがね? わがはいが金持ちだからだがね?」

「リョーカイ。じゃあザツしゅーりょーを報告するまでしばしの間、さよーならー」

「そこは任務終了でよいのだがね?」


 わたしは再び箒にまたがり、山岳要塞を後にした。

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