「ッス」はまだまだ必要ッス!

「ただいま帰りましたッス!」


 アタシは表にオヤカタがいないので、地下にある作業場のドアを開ける。


「おう、お疲れ」


 やっぱり、オヤカタはここにいた。


「って! な、なんスか? これは!」


 作業場には、オヤカタが打った武具が、並べられてる。そのほとんどは儀礼や試合などで使う、造りとしては極めて簡素なモノだ。細かな装飾品の基になる凹凸はあったりするけど。

 問題は、その量。


「コレ、オヤカタが一人でやったんスか!?」

 

 火造りは既に終えているらしい。だからなおさら、半日でこの量をこなせたのが信じられない。


「一人、ってワケでもないな。『ドロテ』が手伝ってくれた。それに、タタラもどきも使ったしな」


 こ、こんな安い仕事に、タタラもどきを使うなんて! いや、それよりも——。


「……オヤカタ。アタシにだまって他の女つれ込むとは、どういう了見ッスか?」


 ドロテとはさっき会った。

 彼女はセリーヌさんとオーバンさんの一人娘だ。とはいえ、アタシよりはかなり歳上である。


「いや、セリーヌさんはお前と一緒に山行ってただろう? 暇だからってなわけで、向こうから手伝いたいとか言ってきたんだ」

「へ、へえ? それで? ?」


 王都には鍛治職人を手伝えるような腕のいい魔術師も、たしかにいる。でも、この仕事だけに魔力を使い続けていたアタシの魔素管理に並ぶ魔術師は、そうそういない。

 というか、ドロテしかいない。


「うん。なかなかに助かった。これでモロー卿に交渉ができる」


 なるほど。さっき会ったときニヤニヤしてたのはコレだったのか。ん? 交渉?


「モロー卿がどうしたッスか?」


 心にモヤモヤは残るが、モロー卿のほうが気になる。


「今、王都の武器職人は、みんなアウトだそうだ。あっちの排水設備では、しばらく作業もできない。と、するならば、

「まぁそうッスけど」

「というか現状、俺たちの武器しか貴族サマガタは買えない。だから値段を大幅に吊り上げてやろうと思ってな。イネス、そこの槍、持ってみろ」

「うん?」


 アタシは、近くに置かれている造りかけの槍を持ち上げた。オヤカタとドロテが一緒に造った槍を。


「アレ? 軽いッス」

「タタラもどきとドロテの魔術のおかげさ。値段を吊り上げた上で王都のやつにはできない技術力を見せつける。すると、気候がもとに戻っても、恒久的にウチの商品は高級品だ。貴族サマはこれからも、ウチの武器を買い続けるだろう。そう、今年のこの気候は俺たちにとってのチャンスなんだ」


 俺たち。

 これはアタシとオヤカタのことだけじゃない。アタシたちと違って、農業や林業で生計を立ててる人は、あまりお金をもらえない。収穫したものは一度、領主サマが預かり収益は領民みんなの食糧となって配られる。

 その後に、余ったお金がみんなに配られるのだ。

一生懸命に働いて得られるものが、生きるための糧だけなんて、ちょっと淋しい。


 アタシたちが領主サマに納めるお金が増えれば、この村の待遇が良くなる。

 みんなの心にも余裕ができる。


「さすがッスね、オヤカタ! それはそうと、ドロテ、これからは手伝えないッスよ? 明日からのセリーヌさんの薬草狩りは、ドロテが手伝うッスから」

「もちろんだ。俺が決めたことだからな。俺がやるさ」


 ああ! そうじゃなくって!


「アタシがいるでしょ!? アタシが!!」


 全くもう。クソ真面目なんだから!


「あ、ああ。それよりお前、なんか変じゃないか?」


 あ、しまった! 「ッス」をつけ忘れてた!


「なんでもないッスよ〜。なんでも。それよりオヤカタ! ゴハンッスよゴハン! 今日はアタシの当番だから、楽しみにしてて下さいッス!!」


 みんなの暮らしが良くなるのも良いのだけど、アタシたちの「これから」も早く進んで欲しいと思う、今日この頃だ。




 ブス 背骨 梅雨 終わり。

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