セリーヌさんのお喋りはたぶん、アタシのお喋りとは違う種類ッス!

「今のお話ね。実は大昔の生物学者のホラ話なのさ」

「え? そうなんスか?」


 アタシたちは、平坦ではなく、でもなだらかな道を歩きながら、会話する。


「エルフは、自分たちがエルフというカタチになってからは、人や他の亜人とは混じわらずに、エルフとして生きてきたんだ。でも、ホビットのもとになった種とドワーフの基になった種はそれぞれ互いに交わったり、人間とも交わったりした。だから、軽蔑してたのか嫉妬してたのかは定かではないんだけどねえ、とにかく他の種族を差別してたのさ」

「まあ、そんなカンジッスよね……」

「でもね。あのホラ話は実際に魔素と生物の関わりを研究してたやつの、一つの仮説だろ? 全てを無下にはできなかった。だから『信じたい部分だけ切り取って』後世に伝えた。そんなハナシさ」

「切り取って?」

「実際には『三人の神サマが魔素を使って精霊も物質も生き物も作って遠い場所から見守ってくれる』って物語に差し代わってるよ」


 はぁ。なんともエルフらしいお話。ん? でも、ちょっと待って?


「なんでセリーヌさんは、このお話を知ってるッスか?」


 切り取って伝えたならば、セリーヌさんも今伝わってるほうのお話を信じているはずだ。

 

「おや? イネスちゃんもスルドいねえ? 実はこのホラ話をつくった学者、ウチのご先祖サマなのさ」

「え? ということはもしかして、セリーヌさんのご両親が、わざわざ人間の国で生活してたのって……」

「ごめいさつ。みんなが信じたくない話を知ってる人がいるとさ、あいつらからしてみたら気味が悪いだろ? だからみんなあたしの父さんを嘘つき呼ばわりした。で、父さんは、母さんを連れてエルフの森から出ていった。ああ追い出されたわけじゃないよ? そのホラ話を証明するために、父さんが自分から、森を出て行ったのさ。あとはイネスちゃんも知ってのとおりさね」

「うう……。切ないッス」

「なんでイネスちゃんがそんな顔するんだい? それに、悪いことだけじゃない。だって父さんが森を出たからこそあたしは、ウチのダンナに出会えたんだからね」


 そうだ。たしかセリーヌさんは、薬師を志したばかりのオーバンさんに救われたんだっけ? 


「あたしはエルフのやつらも、迫害してきた人間も、恨んじゃいるけど憎んじゃいない。今じゃ思い出の中の、風景みたいなもんさ。だってそうだろ? どこに行ったって、完全な優しさになんか出会えっこない。だから他人にそんなもん求めるだけ損さ。あたしゃダンナからもらった幸せがあれば、それだけで十分だわさ」

「羨ましいッス。アタシはまだ、そんなふうには思えないッス」

「そんなことないよ。だってイネスちゃんにはオヤカタさんがいるだろ?」


 オヤカタ。

 アタシもオヤカタと一緒にいれば、そんなたっかんした考えに、なれるのだろうか。


「あ、イネスちゃん。『光』については訊かないのかい?」


 光? そうだ。魔素の存在を知ってからの疑問。なぜ光には魔素がないのか。


「聞きたいッス!」

「光はね、蛇が、運ぶんだよ。天空の精霊が集まって産まれた『光の蛇シュルペン•ルーク』がね」

光の蛇シュルペン•ルーク? もしかして太陽球シュフェールソールークみたいなやつッスかね?」

「そうそう。ていうか、そのまんまソレ。実は光っていうのはクェロームが火と雷と水の魔素を創る前の、基になったものなのさ。それを精霊たちが食べて、魔素ができる」

「ふむふむ、なるほどッス。いつも『精霊はお腹空かないの?』とか思ってたッスから。——もしかして、光道ヴィウルークから風や熱が運ばれるのも、一緒ッスか?」

「一緒一緒。で、その光道ヴィウルーク、何かに似てないかい?」

「え?」

「パラグロンデ•スライムの『ぼね』だよ」

「けげ! またスライムの話ッスか!?」


 パラグロンデ•スライムは、複数のスライムの集合体。だから、ゴハンや魔素を「全てのスライムに分配」しないと、中で喧嘩が起こるそうだ。

 そうならないために、スライムの丸い体には帯、というかベルトのような器官がある。そこを使って四方から魔素やゴハンをとりとみ、全身に流す。

 それが更に、気持ち悪さに拍車をかける。表皮が上下に波打ちウニョウニョと動いて、やがててっぺんと真下の部分にもぐり込む。

 その器官をスライムのはらわただとか背骨だとか呼んだりするのだ。

 

太陽球シュフェールソールークがどうして西から来て東へ行くのに次の日、また西から昇るのか気になるだろ? あたしも気になった。でも、パラグロンデ•スライムなら説明がつくんだよ!」


 セリーヌさんって、こんな人だったっけ? まあ、オヤカタがアタシにも本名を教えてくれなかったり、アタシが「ッス」という口調を使うのと、似たようなものか。


 みんなそれぞれ、色んな理由がある。 


 その後もセリーヌさんは、村に着くまで、パラグロンデ•スライムについて、熱く語るのだった。

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