ブス 背骨 梅雨

 異常な気象はみんな大変ッス!

 アタシとオヤカタの住む村は、標高の高いところにある。雨は平地と比べると少しばかり多いけど気温は低く、湿度は王都と同じ程度には安定している。

 とれる作物は主に芋類や根菜など。大きな稼ぎになるパンなんかの原料になる作物とかは平地の多くの村々で採れたりするけど、それらはほとんど、、取られてしまった。——戦争のなくなった現代では、近代的な暮らしよりも人間的な暮らしをしたい、という人が多いそうだ。

 結果、元々住んでいた昔ながらの生活をしていた人たちや亜人たちの多くは、辺境の土地に追いやられた。アタシたちの住む村も、そんな村。移住者たちも、近代的な暮らしを好まないに、物流が不便なこの場所には住みたくないみたい。

 特別な仕事を持つアタシたちやオヤカタ、オーバンさん夫妻みたいな者以外の村の人たちは、「安い作物」と比較的標高の低いところで採れる「カシネコ」の材木を収入源にして、生計を立てている。


 そして今アタシは、オーバンさんの奥さんであるセリーヌさんと、村よりもさらに高い標高に位置するところを登っていた。土が少しぬかるんではいるけど、天候には恵まれた。


「イネスちゃん、すまないねえ。イネスちゃんたちも忙しいっていうのに」

「いえいえ、大丈夫ッス。たしかに仕事は多いけど、オヤカタも『俺一人で回るから、お前はそっちに行っていい』とか言ってくれましたッスから」


 アタシたちは、薬草を採りに来ている。セリーヌさんとオーバンさんは、その薬草を加工して売っている。効果は万能で、加工処理さえしたならば数年は保つ便利なものなのだけど、一年のうち、決まった時期にしか採れない。毎年その時期にアタシは、セリーヌさんたちのお手伝いをしているのだ。

 ただ、今年は。今年は例年よりも暖かく雪が解けてすでに薬草が、地面から顔を出してしまっている。

 

「今年はなんなんスかねえ? 低い土地でも雨がたくさん降ってるみたいッス」

「そっちが忙しいのもそれが原因かい?」

「はい。まあ、オヤカタがいうにはそういうことらしいッスけど……」


 オヤカタいわく「高い土地の表面は水の魔素が少ない為、土が雨を吸ってくれる。しかし、低い土地は吸ってくれないから水の魔素が空気の中にただよう」そうである。だから王都も含めた平地では金属の質が落ちやすく、そのせいでアタシたちに多くの仕事が回ってくるらしい。

 

「そういえば、こういう雨の多い時期をジパングでは『』っていうらしいッス」

「ツユ? また変な名前だねえ。あ、ジパングといえば、この前の『ナギナタ』って、どうなったんだい?」


 尖った耳や透けるような白い顔に泥がつくこともに作業を続けるセリーヌさんが、同じくぶくろしに親指の爪を使って薬草を根もとから、アタシに訊いた。


「ああ、薙刀ッスか? 一応、貴族サマがたにはウケたみたいッス。で、どうにか作業を簡略化できないかってワケで、最初から金属に大地と雷の魔素を練り込んだ『タタラもどき』の開発もしたんスけどね」

「へえ? あの後も頑張ったんだ?」

「はいッス。ただ結局、『おんなどもに刃のついた武器を持たせるのは危ない』とかなんとかで、カシネコの棒をそれっぽくしたぼっけんみたいなやつに落ち着いて終わったッス」

「それはなんと、まあ。モロー卿はいったい、ナニ考えてんだろうねえ?」

「さあッス」

「実はね? 薬草の在庫が尽きそうなのも、あの男爵サマが毎月、大量に注文してくるからなんだよ?」

「そうなんスか? あ、でもたしかに、村の人たちだけで使うには、薬草ってそんなに数、いらないッスもんね」

「そう、数日間ぶっ通しで仕事するなんて、ウチらの村じゃお宅らぐらいのもんさね」

「うーん」


 あのハゲ男爵の考えることは、わからない。

 そんなことを話しながらもアタシたちは手を休めることなく作業を続ける。革袋の中身がいっぱいになってきた。重さも大きさも、になっている。


「さて、今日の分はこれでいいかね? そろそろ下るかい?」

「そうッスね。また明日ッス」


 薬草の採れる時期は一瞬だけど、この土地は木の魔素に恵まれているため、一日経てば、また地面から薬草たちが顔を出す。戦時中は、わざわざ畑なんか作って栽培していたみたいだけど、現代ではあまり、需要はない。

 だからこそ、それを大量に使うヤン•サミュエル•モロー卿をかんってしまう。

 のんびり働くことが美徳とされる世の中で、この薬草を、いったいどんなことに使っているのだろう?

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