ノーエスヴィーエ! ッス……。

「オヤカタ、大丈夫ッスか?」

「ああ、問題ない」


 今は「外側」の鍛錬の十三回目だ。オヤカタは外側を叩いては冷まし、その間に「内側」に同じ作業をする。「決められた魔素の量を放出するだけ」とオヤカタは言ったが、エルフよりもドワーフの血を色濃く受け継ぐオヤカタにとってそれは、とても大変な作業だ。オヤカタの全身に浮かぶ汗は、火の魔素がこの地下室のせいだけではない。


 アタシはアタシで結構キツイ。でも、オヤカタがぎまでやってくれるという安心感が、精神の疲労を和らげてくれる。


「オヤカタ! コレと内側が済んだら、十三回目の休憩ッス! 頑張るッス!!」

「ああ、ありがとう」


 休憩も、必要最低限。本来なら、外側と内側、それぞれの二工程ごとを一日で行うものだけど、期日が決められてる以上、金属を冷ますのに必要な時間しか、休憩にあてられない。薬草で回復できるのは魔力などの肉体の疲労。精神のストレスは補えない。

 な会話をする余裕もない。一度集中を切れば、再度それを入れ直すにはそれなりに時間が要る。毎日コレをしているのなら別だけど、普段やらない作業というのは本当に、負担が大きい。


「オヤカタ、時間ッス!」

「ああ」


 食事や用便などもこの時間で済ませたアタシたちは、再度、地下室へ入る。お風呂は三日も入っていない。アタシはこの後の「組み合わせ」と「素延ばし•火造り」が終わればその時間をもらえるけど、オヤカタの場合は別。汗を拭いて着替えるだけで、次の作業の準備をしなければならない。


「ふう、よし。だいぶ形になったな、ふふ。イネス、風呂に入ってこい。俺は片付けと準備をしておく」

「オヤカタ、やっぱりアタシも——」

「大丈夫だよ。軽い作業を二人でやるのは逆に効率が悪い。より繊細な作業をするお前にこそリラックスの時間が必要だ」

「……ありがとうございますッス」


 たしかにこの後の「焼き入れ」と「銘切り」そして「研磨」の魔素管理は「鍛錬」と同じくらいの集中力が必要だ。疲労のある今は作業開始時と比べて、それ以上にキツイ工程である。

 でも、オヤカタの疲労だってアタシと同じだ。「終わりよければ全て良し」なんていう言葉を皆んなよく使うけど「最後がダメなら全てダメ」とも言える。それを引き受けてくれたオヤカタのプレッシャーは、計り知れない。


「——風呂の中で寝ちまったか? まあいい。俺も一服できたしな」


 アタシを待っていたオヤカタは、パイプの中の灰を皿に落とし、立ち上がった。

 うう、ごめんなさい。


 十分に冷えた刀のに、オヤカタがまた大地の魔素を注ぎ、竈門かまどの中の火の魔素に入れる。

 取り出した赤ちゃんにアタシが雷を当てて、オヤカタが形を微調整する。

 また火に入れて、また叩く。

 そしてオヤカタが「めい」を刻んだ。

 

 ——ノーエスヴィーエ。


 正直、銘という言葉の意味を、アタシたちは知らない。他国の文化だ。だから刀を造ったとき、アタシたちはそれなりに困惑した。でも、オヤカタが提案したその文字に、アタシはさらに困惑する。

 なぜならその意味は「俺たちの愛しい子」という意味だったからだ。

 それが今回も使われる。

 アタシの今の熱は、お風呂上がりに竈門の熱にあてられ、


 オヤカタは「アタシたちの赤ちゃん」を水に入れて冷やした。

 アタシの熱はまだ続く。


 アタシたちの赤ちゃんはまだ、育ってはいない。カシネコのというゆりかごにおさまった赤ちゃんを、これから研ぎ澄ます。全身全霊を込めて。

 アタシが天空と水の柔らかさをおくる。

 オヤカタが、その太い腕で、生きる力を与える。


 もうすぐ最後の夜だ。

 あと一日。元気な子に、仕上がって欲しい。


 

 

 


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