地下室へ続く廊下の精霊たちは気難しいッス!

 アタシたちは、事前にオヤカタによって火を灯された、少しだけ長い薄明かりの廊下を歩く。

 理想的な作業場の条件として、適度な温度と湿度、すなわち魔素量が安定していなければならない——というものがある。だから作業場を地下に造る必要があるのだ。そうすることで、竈門かまどから放出される火の魔素が不要に逃げることもなくなり、空気穴から入る天空の魔素や水の魔素の調節も容易になる。さらに地中には、大地の魔素も大量にある。

 

 普通の武器や農具を造るときは、ただその中で鉱石を加工するだけで良いのだけれど、刀などのジパングの武器を造るときは、そうはいかない。

 火にことで火の魔素が既に含まれた金属に、さらに火の魔素を注ぎながら叩く。ときおり大地の魔素を挟みながら、それらの結合をうながすために、雷の魔素も注ぐ。そして環境を維持するために、空気穴の管理も怠ってはならない——正直、二人だけで行う作業じゃない。

 王都の鍛治職人たちは魔術士に魔素管理を委託なんかするそうだけど、戦争のなくなった今、腕の良い魔術士も少ないそうである。学問だけで得られる実力などは実戦には遠く及ばないみたいだ。そもそも、そういった「高度な武具を造る需要」は元々コチラの国にはない。

 精霊の質と数に恵まれたジパングならではの需要なのだ。

 

 アタシのそんな心の中の陰口に反応したのか、空気が少しだけ震える。そんなことされても仕方がない。だってコッチの精霊、人間とか亜人に全く協力してくれないんだから。

 質、良くないでしょ?


「イネス、あんまり精霊を悪く思うな」


 げ、バレた。


「魔王軍とは違い、人間側は精霊を長く軽んじて来たらしい。それが、彼らの本能に刻まれているのだろう。魔素を使わせてもらえるだけでも感謝しよう」


 たしかに。


「そうッスね。アタシが悪かったッス」


 空気がまた、わずかに震えた。きっと「ザマァ、怒られてやんの」とか思っているのだろう。はあ……。


 作業場へ入ったアタシたちは、作業の手順を確認する。使う素材の加工は既に、オヤカタが済ませてくれている。


「物理的な作業からいこう。俺が内側と外側のたんれんを両方やり、組み合わせてカタチを作り焼き入れる」


 刀を造るには外側を硬く、内側を柔らかくする必要がある。それを同時に造り、組み合わせ、刀として型作るのは、オヤカタの熟練した腕が必要だ。アタシには、まだできない。


「そしてアタシがそれを研ぐッスよね? あらぎも仕上げ研ぎも。んで、今回は魔素管理が重要ッス。だから、打つのに必要な火と大地はオヤカタ、雷はアタシ。研ぎで使う水と天空の魔素は、両方ともアタシ」

「いや、今回は変えよう。今回は研ぎまでの工程も、俺がやる」

「え? アタシの研ぎ、信用できないッスか?」

「いや、そうじゃない。刀のときに痛感した。イネスの負担が大きい。今回のような作業はイネスの『魔力に対する器用さ』に依存する。俺では遠く及ばない」

「でも、オヤカタは既に素材を扱えるカタチにしてくれてるッス! さらに研ぎ、となると、大丈夫ッスか?」

「火と大地の魔素は、決められた量を放出するだけ。だが、雷は別だ。その時その時で出力を変えなければならないし、それを俺はできない。この部屋の魔素管理もするお前のほうが、鍛錬時の疲労が大きい」


 そうだ。刀を造ったとき、アタシはかなりヘトヘトな状態で研ぎをした。そのとき、地下室の魔素管理だけしていたオヤカタを、睨んだりした記憶がある。オヤカタはオヤカタで大変な作業をこなしてたのに。


「なに。お前に研ぎの技術を教えたのは俺だ。しばらくお前に任せてはいたが、まだまだびちゃいない。安心しろ」

「オヤカタ……」

「だがその代わり、天空と水と地下室の魔素管理は任せた。俺にはできないからな——信頼してる」


 この世界で戦争は、とっくの昔になくなった。しかし現場では毎日、このような戦いがある。今回のはさらに特別。

 でも、だからこそ、やりがいがある。

 だからこそ、オヤカタに報いたい。

 だからこそ、アタシはオヤカタといて、幸せなんだ——。


 アタシたちは作業を、開始した。


 


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