第46話 現実のような痛み

「あが、あぁぁああぁああぁぁぁぁ!?」


 背中に熱した棒を差し入れられたような、今まで感じたことの無いような強烈な痛みが俺を襲った。


「あっ、ああぁぁ」


 自然と口から悲鳴が出て、肺の空気がすべて吐き出されて途切れ途切れの嗚咽が出る。


 痛みで思考がまとまらない中、俺の肩を見ると、短剣が深々と突き刺さっていた。


 自身の体に異物が突き刺さっているその異様な光景と、痛みが合わさり俺は恐怖した。


「お前らの感情はどんなのだ?私たちと同じなのか?教えてくれ、教えろ。私は知らねばならない」


 何かメーエルが喋ったと思うと、より強い痛みが俺を襲う。


「あっ、ぐぅあ」


 短剣をぐりぐりと傷口でかき回され、俺の痛みの許容値を大きく上回った。こぽこぽと俺の血もかき回されたのか液体の泡立つ音が聞こえる。


「……」


 視界が揺れる。


 余りの痛みに無気力状態で何も動けず、喋れない俺は一瞬の強い痛みの後、背中の異物が引き抜かれる感覚を感じた。


「あぐぅ」


 小さいうめき声を洩らすが、俺はなぜか安堵していた。


 ああ、もうこの痛みから解放される。


 そんなことを考えていると、また腹に強い衝撃が加わり、俺の体が高速で床を転がされる。


 霞み、真っ赤に染まった視界の中、遠くにメーエルが立っていることがわずかに見えた。


 どうやら、俺はまた蹴られて転がされたようだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 体中が痛い。いじめられていた時よりも痛く、苦しいものがあるなんて俺は知らなかった。


 体が言うことを聞かない。


 だが、気力を振り絞るように震える手をもう片方の手で抑えながら、ポーチから中級ポーションを取り出してゆっくり中の液体を口に流し込む。


 苦い。苦い味が口全体に広がるが、今回ばかりは痛みをごまかすように流し込んでいく。


 視界の半分ほどの赤色に染まった景色が改善され、体全体の痛みもほんの少し緩和された。


「ふぅ、はぁ」


 痛みに支配された脳内も幾分か成りを潜め、俺はもう一本の中級ポーションを飲みながら、メーエルを見る。


 奴はその場から動かず、俺を観察するように見ていた。


 痛むからだを抑えながら徐々に状況を整理していく。


 痛か…った。なぜかわからないが、とても痛い。まるで、痛覚が現実並みに……!?


 俺はそこであることを思い出した。以前、ゲームについて調べていた時に痛覚が現実並みになるというバグが報告されていたということに。運営は認めてはいなかったが、俺はこれが本当だったんだと理解してしまった。


 なら、こいつはバク……、みたいな存在、なのか……?それか、チートプレイヤー……?


 わずかな思考領域で考えるが、メーエルの正体は分からない。


 ……とにかく、逃げないと。


 先ほどまでの義憤と勢いは消えており、俺の脳はすぐさま逃走を促した。ログアウトボタンを押そうと、ステータス画面を表示させると、俺はあることに気が付く。


 無い……!?ログアウトボタンが無い!


 自身のステータス画面の下にはログアウトボタンが存在する。これによって、ゲームで死亡したとき以外で現実世界から戻ることはできるのだが、そのボタンがなぜか消失していた。


 俺は恐怖で歯が震えだす。


 ふと、メーエルの方を見ると突っ立っていた状態から、またこちらにゆっくりとだが徐々に歩いてきていた。


 俺は先ほどの恐怖から痛む体を無理やり動かして後ずさりする。


 メーエルは俺のその様子を見ても歩速を変えなかったが、俺が後ずさりした結果、純白の壁に背をぶつけた。


「いた……」


 背中に痛みが走るが、俺は目の前の光景しか見えない。


 俺が進んできたその血の跡を通って奴が俺に向かってきていた。


 無表情なうつろな目を俺に向けながら、左手に血が滴る短剣を持っていた。


「怖い、怖い……」


 その恐怖の光景に俺は涙を浮かべて言うが、もちろん相手は止まってはくれない。


 もう、何も見たくないと目をつぶって楽になりたいと思考が俺の中で生まれる。


 その魅力的な提案に俺は体をうつ伏せにして縮こまる。


 いつ来るかも分からない痛みに体を震えさせていると、ふと、エマにしてきた約束を思い出した。


『君に死んでほしくないからだ!大丈夫、俺もケンジさんも異世界人だから。絶対に君の前にまた現れる。そうだ!ケンジさんが言ってたんだ。俺たちでまた冒険しないかってさ!』


『……うん』


 走馬灯のように思い出されるその約束に俺の心が揺れた。


 ……今、このまま俺がこいつに痛みの限りを与えられ、死んだとして、俺はこのゲームを続けるのか……?絶対にしないだろう。トラウマとなり、もう二度とログインしない。


「……」


 俺はまた、約束を破るのか、昔みたいに……。


 いやだ、それは、それだけは……嫌だ!


 立ち向かわなければ……。もう、あんな思いはしたくない、したくないんだ!


 俺は徐々に体を立ち上がらせ、メーエルを睨む。


 悠然と歩いてくるメーエルと視線がぶつかる。


 俺は絶対に、こいつを倒して……、絶対にもう一度3人で冒険する!


 決意を胸に俺は体を完全に起こし、奴と相対する。


「ははは、もう一度見せてくれ」


 何かつぶやいているのが聞こえたが、俺はそれを無視してポーチからある2つのアイテムを取り出した。それは黄色いイチゴのようなものと玉のようなものだった。


『スキル強化の実

ランク10 品質A

この実を食べるとスキルを1つ強化可能。強化したスキルは以前のスキルとは隔絶した強さとなるだろう。』


『スキルの石

ランク5 品質A

砕くことにより、使用者に眠るスキルを呼び起こす不思議な石。一度しか使うことはできない。』


 俺はそのどちらも口に含み、かみ砕いた。


『踏まずの罠 取得!』


『踏まずの罠 → 逆転罠 進化!』

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