第33話 エマのストーリー

 俺たちは水の揺りかごを見ながら、座り込んでいた。休憩を始めた俺たちに、ブレイブバードも近くの水場に座り込んでいた。


 エマが俺とケンジに薄汚れた手帳を見せる。


「これね、お父さんの物なんだ……」


 そう言いながらエマは手帳の中身を見せる。そこには書きなぐったような文字が手帳のいたるところに書かれており、使い込まれていることが分かった。それ以外にも何らかの建造物の絵や俺たちが戦った魔物、見たこともない魔物、それにこの試練の崖の絵も描かれていた。


 日本語ではない未知の文字が書かれているが、俺にはなぜか書いてある文字の意味が分かった。


「『試練の崖、冒険者たちに試練として剣の群れが待ち構えている崖。大半の冒険者はここで冒険を諦めてしまう場所であり、これを乗り越えた先に島の楽園が眠っている』」


 試練の崖の説明文に加え、さっきのソードストライクの絵が描かれていた。


 俺が内容を読んでいると、エマが呟いた。


「私のお父さん、この島の開拓で初めて来た冒険者なの。たまに戻ってきてくれて、新大陸のお話を沢山してくれたの」


 ケンジがお父さんとの思い出を語るエマを見つめていた。


 でもね、そうエマは続けて言った。


「何回目かの探索で、お父さん、行方不明になったんだ。仲間の人が言うにはその手帳しか見つからなかったの。だから、私はこの手帳を見て、そして、お父さんを連れて帰ろうとこの島に来たの」


「そう、か」


 俺は何と言えばいいか分からず、言葉に詰まった。


「重い話をしてごめんね……。さて、気持ちを切り替えるわ!」


 手帳を仕舞うと、エマはにっこりと笑った。


「ああ」


 NPCにそんな思い過去が……、なんて思わない。ナナシだって、エマだって俺にとってはちゃんと生きているんだ。こんな空想のゲームの中でも。


 ケンジはこの話を無言で聞いていた。



……




「俺はそろそろ帰ろう。子供がもうすぐ帰ってくるかもしれない」


「あら?ケンジは子持ちなの?」


 風景を見ながら携帯食料を食べ、休憩しているとケンジはもう時間がないらしいことが分かった。


「1人、息子がいるんだ」


 茂みの中で聞いた、一緒にVRゲームをやろうとケンジを誘った子のことだろう。


「へぇ、調査隊に派遣されているのに息子さんを連れてきているのね。あまりそういう人は調査隊にいなかったと思うから少しびっくりしちゃった」


「……あぁ、まあな」


 多分この帰らなければというのは俺に伝えたものなんだろう。だって俺たちは冒険者ではなく、仮想現実に遊びに来ているだけの、ただのプレイヤーなのだから。


「でも、どうやって帰りましょうか」


 俺は疑問点を口に出した。さっきの崖を下るしかないだろうか?抜け道があるならば最初からそこを通ればいいわけだし、多分そういうのはあってもすぐには発見できない。しかもソードストライクの妨害もあるだろうから今まさに行きはよいよい帰りは怖いという状況だ。


 まぁ、行きも十二分に怖かったけど……。


 この場所でログアウトもいいかもしれないが、ログアウト中は無防備となってしまうため死亡してしまう可能性は高い。また、何らかのデメリットがあるか分からない。


「ブレイブバードに乗せてもらうってのはどうだ?」


 ケンジが提案した。確かにブレイブバードは俺たち三人を背負えるぐらい大きい。だが、果たして乗せてくれるだろうか?


 水場でゆったりとくつろいでいるブレイブバードのほうを見ると、こちらにゆっくりと近づき、なんと足をまげて体を俺たちの前で屈めた。


 それを乗っていいという肯定の証ととらえ、恐る恐るブレイブバードに乗ろうとする。


 ブレイブバードの体に乗り、羽毛を掴む。


「うわっ、気持ちいい!乗り心地もすごい!」


 ふかっとした羽毛におしりを乗せると柔らかな感触と体温の暖かさが伝わってくる。


 気持ちよさに浸っていると、どうやら3人とも無事に載せてもらうことができたようだ。


「わぁ、気持ちいい」


 エマも最初は手を振り払われていたのが悔しかったのだろう、今度は乗れてうれしそうだった。


 3人が乗り込むとブレイブバードが小さく鳴く。


「ガァ」


 その巨大な翼を広げ、風をあおり始める。土煙が舞い上がり、徐々に体が浮いていく。と、空に浮かんだ次の瞬間、ブレイブバードが加速し始めた。


「おおおお!?」


 とっさに羽毛を力強くつかむ。羽毛は頑丈なのか俺の全体重の力が加わっても抜けることがなく、何とか振り落とされはしない。


 ブレイブバードの加速はさらに高まり、雲海へと突っ込んでいく。


 とっさに目をつぶる。が、瞼を開けるとそこには雲海ではなく子鬼の森が広がっていた。


「すげぇ」


 崖に囲まれた子鬼の森をまるでブレイブバードは自分の住処であるかのように優雅に飛び続けていく。これぐらいの速さだと風が強すぎると思うのだが、不思議と風は俺たちを包み込むように優しかった。


 「わぁ、すご……い」


 エマははじめは興奮したような様子だったが、体を包み込むブレイブバードの羽毛や体を抜ける気持ちの良い風に少し眠ってしまったようだ。


 俺が片手でエマの体を支えていると、ケンジの腕がエマに伸びる。


「……、いい子だな。息子に見習わせたいぐらいだ」


 ケンジは眠ってしまったエマの頭をやさしく撫でた。

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