第32話 勇気の証明

「大丈夫か!鳥たちの注意を引くから登れ!」


 上を見上げると2人はもう崖を登り終えており、こちらに向かって叫んでいた。大丈夫ですと言おうとしたが、またもソードストライクの群れに妨害される。


「助けるわ!」


「『ファイアショット』!」


 ケンジが火魔法のアーツを使用する。掌から炎が走り、ソードストライクの群れを燃やしていく。黒ずみとなった死骸が雲海へボトボトと落ちていく。


 エマは巨大な弓を展開し弓矢を放ち、ソードストライクの群れを壊滅させていく。


 2人がソードストライクの群れを相手取るのに精一杯のようだ。ここからは自分のみで崖を登るしかない。


 今、自分がいるのは頂上からおよそ10メートル下の場所だ。しっかりと掴んで少しずつ進んでいく。先ほどまでと違って一緒に登ってくれた仲間はおらず、孤立無縁である。クライミングのアシストが入っているはずなのに、体が震えてうまく登れない。


「あっ!」


 掴んだ岩肌が脆く、すぐに崩れて危うく落下しかける。どうにか踏ん張っていくが、もう上へ上るルートが残されていない。ゴールはもう3メートル上であり、近くにあるようで遠すぎる距離に俺はもう立ち往生するしかなかった。


 ああ、自分はなんて情けないんだ。


 内側の声が自分を叱咤する。


 何もできない自分のふがいなさが腹立たしく、悔しかった。


 ソードストライクも立ち往生する俺に気が付いたのかこちらに大勢向かってきており、二人の攻撃でもさばききれない。


 もういっそゲームだから自分から落ちてしまおうかと考えた瞬間、二人の声が聞こえた。


 声の方を振り向くと、二人が崖から身を乗り出しながら俺に手を伸ばしていた。


「飛べ!」


「飛んで!」


 その時、なぜだろうか、その言葉を聞いた途端に飛びたい、飛ばなければという思いが俺の中で生まれた。そして、気が付いたときには俺は空中に浮いていた。


「うああああああああ!?」


 先ほどまで乗っていたわずかな足場をけり崩し、自ら宙に浮いていた。視界が走馬灯のようにスローモーションとなり、手がゆっくりと断崖絶壁の崖の際を掴もうと伸びていく。後60センチ、後50センチ。


 伸ばした手は届かず、空を掴んだ。


 だが、俺は落ちることはなかった。俺の伸ばした手は2人によってつながれていたからだ。すぐさま崖のほうまで引っ張られ、地面に横たわる。


 これがチームなのか。


「はぁぁぁー」


 安堵の息を吐いていると、ケンジさんが俺に手を差し伸ばす。


「ナイスファイト、でも油断してる暇はなさそうだぞ」


 伸ばされた手を取り、構えている二人に加勢し、剣を抜くが鳥たちの様子がおかしい。ざわざわと鳴き出し、集団があっという間に分散され、散り散りに逃げていく。


「さっすが私たち!あいつら恐れをなして逃げ帰ったわね」


 エマが誇らしげに言うが、何か様子がおかしい。先ほどまで執拗に攻撃を加えていたソードストライクが俺が上に登り切っただけで、ああも動揺して逃げるだろうか?


 ケンジさんに聞いてみようかと話しかけようとすると、後ろから大きな風切り音が聞こえた。


 後ろを振り返るとバサバサと巨大な羽を広げたワシ頭の鳥が地上に降り立とうとしたところだった。


「っ!?」


 なぜ気が付かなかったのだろうか?先ほどのソードストライクが通常のカラスほどの大きさであったが、今、存在感を醸し出すこの鳥は人を丸呑みできそうなほど大きい。


 そいつは、まるで最初からそこにいたかのように堂々と俺たちの前に立ち、それぞれの顔を見つめていた。


 これは逃げ帰るわけだと、さっきのソードストライクの行動を理解できた。


「これは勝てるのか……」


 ケンジさんが緑色の巨大な斧を前に構え、臨戦態勢をとる。俺もより剣を深く構える。


 だが、そんな俺たちとは正反対にエマは自分の弓を下げ、その鳥に向かって近づいていく。


「危ないぞ!エマちゃん!」


「大丈夫、この鳥はブレイブバードよ。勇気を認めた者に現れる鳥」


 そういいながらエマはブレイブバードにそっと近づいていく。そしてエマが触れようとした瞬間、首を軽く振って手を払いのけた。


「私……じゃないみたい。カジ、近づいてみて」


「危険……じゃないのか?」


「いえ、ブレイブバードは急に襲ったりしないわ。お父さんの手帳にも書かれていたの」


 俺はその言葉を聞き、とにかく勇気を振り絞って徐々に近づいてみようとする。近づいてみるとこのブレイブバードの巨大さがありありと伝わってくる。


 怖いという感情もあるが、不思議と体は先へ先へ進み、もうくちばしと手が触れ合う寸前まで近づいていた。


 エマと同じように払われると思ったが、そうはならず、くちばしに手がちゃんと触れた。


 ひんやりとして滑らかな感触が伝わり、気持ちがいい手触りだと感動した。


「気持ちいい……ケンジさんも挑戦してみません?」


「ああ、どれいっちょ」


 ケンジさんも無事に触ることができ、手でくちばしをやさしく触りながら確かに気持ちがいいなとつぶやいた。


「どうやら二人の勇気が認められたようね」


「うわっ!」


 ブレイブバードが俺の顔を舌でぺろりとなめてきた。どうやら本当に敵対はしないようだ。


「いいなぁ、二人ばっかり」


 エマは憎らしそうに俺たちをじっと見ていた。


「ガァ」


 ブレイブバードは突然鳴きだし、すたすたと歩きだしていく。


 なんだなんだとついていくと、そこには


「……すごい」


 絶景が広がっていた。


 地平線まで広がった青い空の下に巨大な湖があり、そこでは何やら大小さまざまな水の球が浮いていた。それらが光を反射してきらきらと辺りを輝かせ、現実では見られない風景を作り出していた。


「これは水の妖精が大気中の水を集めて作っている水の揺りかごね。太陽の光の熱だけ吸収して光は反射しているからこんなきれいな光景が出来上がるってことね」


 美しい光景に瞬きを忘れていたが、我に返りエマに尋ねる。


「この場所について詳しいね、エマ」


「……ええ、第一陣の冒険者だったお父さんが残してくれてたの」


 悲しい顔を見せながら彼女は手帳を見せてくれた。

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