第13話
折原 翔
二〇二四年三月
翔は周囲が醸し出す異様な空気に包まれ、ひどく緊張していた。目の前には土浦ユナイテッドFCの面々がおり、じっと翔を見つめている。彼が放つ言葉をみんな待っているようだった。
翔が例の公園で大吾と仲直りをしてチームに戻ることを約束してから一週間が経った今日、彼は約一年ぶりにチームの練習に合流した。久々のチームメイトに会う嬉しさや気恥ずかしさもありつつも一番に感じていたのは不安だった。何の理由も告げずにチームを出た自分のことをチームのみんなはどう思っているのか、憤っているのか、見損なわれたのか、もう仲間として接してくれないのか、昨日の夜は不安で全く寝付けなかった。
早く何か言わないといけないのに、言葉が出てこない。静寂な時間は実際は五秒くらいだったと思うが、翔には永遠に感じるほどだった。
「あの……」と翔が言葉を発したその瞬間、大吾が「せーの!」と声を上げた。その瞬間、チームのみんなが隠し持っていたクラッカーを取り出し、一斉に紐を弾いた。グラウンドにクラッカーの大きな爆発音が轟いた。
「翔、おかえりー‼︎」と言う和人の言葉と同時にチームメイトが翔の元に駆け寄ってきて、出迎えた。チームメイトは笑顔で翔の頭をクシャクシャにしたり、ほっぺをつねったり、こちょばしたり、手荒く彼を歓迎した。翔は驚きのあまり全く声が出なかった。
「翔、よく戻ってきてくれた、先生は本当に嬉しいぞ」永森先生が声をかけてくれた。
「先生……ご迷惑かけてすいませんでした」
「誰一人迷惑だなんて思っていないよ。また一緒にみんなでサッカー頑張ろうな」
「はい、頑張ります」
「よおし! 早速練習するぞ! 全員アップ開始!」
「はい!」永森先生の号令と同時にチームメイトは校庭の周りを走り始めた。翔はその様子をぽかんと眺めていた。未だに状況を飲み込めていなかった。
「おかえり。待ってたよ、翔。驚いたでしょ?」
「夏樹君……」
夏樹が翔に声をかけた。
「ちょっとまだ頭が追いついていなくて……びっくりしたし。それに……みんな僕のこと嫌っていないんですか? 勝手にやめて何のこのこ戻って来ているんだって」
夏樹はニコッと笑顔を見せた。
「誰一人、翔を嫌っている人なんていないよ。みんな待っていたんだ。でも、どうして翔が突然クラブをやめたのかは実際みんな気にはなっていたし、すごい心配だった。けどね、それは先週大吾がチームメイト全員の前で話してくれたんだ。全て自分のせいなんだって言ってね」
「大吾が?」翔は驚いた。まさか大吾がそんな行動をとってくれていたなんて。
「大吾は必死にみんなに謝っていた。翔がやめたのは自分の浅はかな言動のせいだったと。だからね、大吾が翔にどんな言葉をかけて、それで翔がどんな思いを抱いたのかみんな知っている。それで大吾は言ったんだ。来週翔が戻ってくる時は笑顔で迎えて上げてほしいってね。もちろん大吾に言われなくても、みんな翔のことを笑顔で迎えるつもりだったけどさ。ちなみにクラッカーを考えたのは和人だよ。彼らしいでしょ?」
「そうだったんですね。ほんと心臓飛び出すかと思いました。あの……大吾のことを責めないで欲しいです。悪気があった訳じゃないので。それを許容できなかった僕の弱さのせいなんで」
「誰も二人を責めてはいないよ。誰しも間違いはある。大吾の言葉は確かにまずかったかもしれない。それに怒ってしまった翔の気持ちだってわかる。でも最後はわかり合って、仲直りが出来たならそれで良かったんじゃないかな。みんな二人のことが大好きなんだ。翔も大吾も僕にとっては大切な後輩で大切な友達だ。二人ともお母さんのことで辛いことたくさんあると思うけど、何か辛いことがあったらいつでも頼ってね。僕と和人は何があっても二人の味方だから」
「夏樹君……ありがとう」
「翔! 夏樹! 早くこっち来いよ! 練習するぞ!」和人の声が響いた。
「今行くよ! さぁ翔、行こう!」
「はい」
すると遠くから翔の足元にボールが転がってきた。翔はボールを足で止め、ボールが来た方向を見る。大吾が手を振っていた。
「こっちだ、相棒!」
大吾はゴールの前で大きく手を振っていた。翔はそれを見ると頬を緩ませ、大吾に浮き球のパスを出した。そのボールはピンポイントで大吾の頭に向かっていく。大吾はそのボールを豪快にヘディングをし、ゴールネットを揺らした。翔は大吾に向けて親指を突き出した。
「やっぱり翔のパスは最高だ!」
大吾も翔に向け親指を突き出すポーズをとった。
ようやくこの場所に戻ってこれた。必ずみんなと全国大会に行く。そしてその結果をお母さんに伝えるんだ。自分に出来ることを精一杯やってやる──。
練習が終わった後も、翔はチームメイトとの久々再会に心躍らせ、校庭のベンチでみんなと小一時間色んな話をした。
永森先生が来てからチームの雰囲気はガラリと変わったようで、土浦市の中では一、二を争う強豪チームにまで成長を遂げていた。
しかし、昨年の地区予選ではあと一歩のところで県大会の出場を逃していた。地区予選が始まるのは六月から。残り二ヶ月弱でどれだけチームの力を高められるか、和人を中心に色んな意見を飛びかわせた。翔自身もその様子を見て明らかに一年前までとはチームの雰囲気が異なっているのを感じた。
来月六年生になる和人はチームのキャプテンとして昨年以上にとても頼もしい存在になっていた。夏樹は副キャプテンとして、いつもチームのみんなを気遣い支えるまるで母親のような存在だった。大吾はチームのエースとして君臨し、毎試合ゴールを量産していた。
翔は話を聞きながら体が疼くのを感じた。早くみんなと試合がしたい。これが武者震いというやつかと思った。それと同時にどこか切なさのようなものも感じた。小学生として和人や夏樹と全国大会を目指せるのは今年で最後。絶対に悔いを残したくなかった。
話が盛り上がり、結局学校を出たのは夜の午後七時ごろだった。涼太が心配すると思い、翔は駆け足で帰宅の途に着いた。
自宅マンションまで来るとマンションの前に、とある男性が立って視線を上に向けていた。翔はその男性に見覚えがあった。男性は翔の存在に気づくと少し戸惑った表情を浮かべながらも近づいてきた。翔は少しだけ警戒した。実は見間違いで自分の知らない怪しい男である可能性もまだある。だが間近で顔を見るとその男性が誰なのか、翔はすぐに思い出した。
「翔君……だよね? あ、いきなり話かけたら怖いよね? 怪しい男ではないんだ。僕は──」
「史也さん?」
「え、僕のこと知ってるのかい?」史也は少し驚く表情を浮かべた。
「お父さんに聞いて……です。この前友也さんのお墓で会いましたよね?」
史也のことは『時を越えるノート』で琴音から聞いて知った、という真実は当然言えるはずもなかった。
「僕のこと覚えててくれたんだ。兄ちゃんのことも。兄ちゃんのお墓参りに来てくれてありがとう。実は今日は涼太さんと翔君にどうしても伝えたいことがあって来たんだ。今更かよって思うかもしれないけど……。それで、こんな夜分遅くに急な来訪で本当に申し訳ないんだけど、ちょっとお家にお邪魔出来ないかな? お父さんいるかい?」
「いますよ、多分。来ます?」
「良いかな?」
「そのために来たんですよね?」
「あ、あぁ、すまない」
一体どういう要件だろうかと翔は考えながら史也を家まで案内した。涼太だけに用があるなら友也の関係でのことだろうと推測が立つのだが、史也は涼太と自分に用があると言った。自分にも関係する話となれば、もしかすると母に関することだろうかと翔は思考を巡らせる。彼は幾許か心がざわつくのを感じた。
翔は鍵で玄関ドアを開けて、「お父さんー!」と涼太を呼んだ。
「翔、おかえり。遅かったな」と言って涼太が翔の前に出てきた瞬間、彼は視線を固めた。
「ふ、史也⁉︎」
「夜分多くにすいません、涼太さん」
翔は涼太に経緯を説明し、三人は居間のダイニングテーブルに腰掛けた。史也は涼太がコップに注いだ烏龍茶を「いただきます」と言って一口飲み、ふうと一息ついた。
「本当に突然押しかけてすいませんでした」
「ううん。それは別に良いんだけどさ、話っていうのは何か緊急な用事なのかい?」
「緊急というか、その……ずっと言わなきゃいけないって思っていたのにずっと言えずにいたことがあって……」史也は視線を揺らしながら喋っており、少し動揺しているように見えた。
「? 何だろう」涼太がそう言った次の瞬間、史也は深く首を垂れて「すみませんでした」と謝罪の言葉を発した。
「史也⁉︎ どうして謝るんだ?」
涼太は急な展開に当惑しているようだった。翔も同じく史也の行動に当惑した。彼の行動の真意が全く掴めなかった。
「僕……どうしてもお二人に謝らないといけないことがあるんです。それなのにずっとこの十年間言えなかった。僕は弱くてどうしようもない人間です。つくづく自分が嫌になる」
「一体どうしたっていうんだ。十年前ってことは……」涼太は息を呑んだ。
「琴音が関係しているのか?」
「はい……」
「聞かせてくれるか?」
「もちろんです」翔は背筋をピンと伸ばした。涼太と史也の会話を一言一句聞き漏らすことがないよう神経を研ぎ澄ました。
「当時、琴音さんの担当医師だった田中先生を覚えていますか?」
「あぁ覚えている…かなりぶっきらぼうな医者だった気がするけど、あの人が何か関係しているのか?」
「僕は当時、田中先生に付いて回る研修医でした。田中先生は琴音さんのがんが手術で取りきれていないことが判明した時に、こう言ったんです。『お腹にいる胎児はもう諦めてください』と」
「覚えているよ……あの時の衝撃は忘れる事なんて出来ない」
「確かに田中先生の判断も医者として正しい判断だったとも言えます。でも僕はずっと疑問だった。なぜ田中先生はもう一つの選択肢を提示しないのかと」
「もう一つの選択肢? どういうことだ?」涼太の声は強張っていた。
「琴音さんと翔君が二人生き残るための治療、という選択肢です」
「な……そんな選択肢はないって話じゃなかったか⁉︎」
涼太の語気はどんどん強さを増していく。翔も胸の鼓動が早く波打つの感じていた。
「もちろんとてもリスクが伴う治療法でしたが、確かにありました。それは……妊娠中期からの抗がん剤治療です」
抗がん剤治療──? 翔は脳裏にクエスチョンマークを浮かべる。
「待ってくれ、史也。確か抗がん剤治療は胎児への影響があるから妊娠中はタブーだったはずじゃないのか? 田中先生はそんなことを言ってなかったか?」
「放射線治療や妊娠初期の抗がん剤治療は胎児に多大なる影響を与えるため出来ません。ですが、妊娠中期からはもちろんリスクはあれど、初期と比べるとリスク率は低下しますので妊婦の方の承諾があれば治療は可能なんです。抗がん剤治療でがんの進行を抑え、出産可能な時期までなんとか保たせて、帝王切開後に子宮を摘出する。この方法であれば、確率は低いかもしれませんが、理論上二人が生き残る可能性はあったんです。少なくとも琴音さんが選択肢した免疫療法よりも。免疫療法は胎児へのリスクをより軽減するため方法なので抗がん剤治療よりがんへの効果は薄いんです。でも、それを田中先生は提示しなかった。もちろん琴音さんの性格上たとえその提示をしたとしても、拒否していたかもしれない。けど、それは提示しない理由にはならない。インフォームド・コンセント。医師は可能な治療方法を全て提示する責務がある。なのに……」
「そんな……どうして田中先生はその方法を提示してくれなかったんだ?」
史也は奥歯を噛み締めながら渋面を作った。
「田中先生の奥さんは実は院長の娘さんなんです。つまり彼のバックには常に院長の影がある。病院の運営や評判、風評、権威などにとても過敏な方でした。野心の強い方でこの頃から次期院長の座を狙っていたのだと思います。もし琴音さんの治療を抗がん剤治療にしていた場合、母子ともに亡くなる可能性や翔君に重度の障害が残る可能性がありました。田中先生はそれが病院の評判に傷をつけると考えた──」
「まさか、母子の運命を決めるその重要な選択肢をそんなくだらない理由で隠したっていうのか⁉︎」
「あの田中先生なら、それが合理的な考えだと判断すると思います」
「ひどすぎるじゃないか、病院は人の命よりも院の体裁を気にするのか⁉︎」涼太は声を荒げたが、すぐに我に帰った。「すまん。史也に言ったって仕方がないのに」
「そんなことないんです! 僕はこの方法があるのを知っていたのに琴音さんと涼太さんに言わなかった。いえ、言えなかった」
「……どうして?」
「田中先生に口止めされていたからです」
「何だって⁉︎」
「『お前はたかが研修医だ。所詮まだまだ医者の端くれ。ザルな知識で余計なことは言うな。この病院にはこの病院なりのやり方がある。わかったな?』そう、言われてました」
「そんなの脅迫じゃないか! そんなこと許される訳がない」
「僕は田中先生が怖かったんです。医師の世界には色んなしがらみがあります。田中先生に逆らえば医師として生きていけなくなるかもしれない。そんなくだらない理由で僕は口をつぐんだ。大切な人を死なせない。その思いで医者になったのに、僕は自分の命を救ってくれた琴音さんを見殺しにしたんです。翔君からお母さんと共に生きる微かな希望を潰したんです。この十年間このことを忘れた日はありません。何も言えなかったこと、ずっと後悔してました。ずっとお二人に言わないきゃいけないと思ってたのに、言えなかった。ひとえに僕の弱さが招いたことです。本当にすいませんでした」
「史也さんは悪くない!」
翔は声を上げて言った。涼太と史也は突然の翔の声に驚きの表情を見せた。
「か、翔?」
「史也さんは悪くないよ。その人に逆らえば医者の立場が危ぶまれていたんでしょ? 悪いのは田中先生だけだよ」
涼太も史也を真っ直ぐ見据えた。
「翔の言う通りだ。全ては田中医先生のせいだ。よく言ってくれたな史也。十年間ずっと苦しかっただろう。君がずっと重責を背負う必要はない」
「……ありがとうございます」
史也は奥歯を噛み締め、涙を流しながら言った。
「だけど田中先生は許せない。今から彼を糾弾することはできないのだろうか」
「彼は今や霞ヶ浦総合病院の院長です。おそらくどんな訴えも証拠不十分でもみ消されてしまう。それにこんなにも昔のことを、今更引き合いに出しても彼には痛くも痒くもないでしょう。医師としてはあるまじき行為ですが、残念ながら違法とまでは言えないんです」
「そんな人が院長になるのか……」
「聖人が上に行ける世界ではないんです。もちろんそれはどこの世界でも同じだと思いますが」
「くそ……これじゃあ琴音が浮かばれない」
「史也さん、もし史也さんが抗がん剤治療の道を田中先生に説いていたら、その道は開かれていたと思いますか?」翔が訊いた。
「田中先生一人に言っても、軽く一蹴されて終わりだったと思う。でも、定期的に他の医師達が受け持っている患者達の治療の進捗状況を報告するミーティングがあるんです。そこで言っていれば、もし僕の考えに賛同してくれる医師が他にいたら、何かが変わっていたかもしれない」
「史也さんは後悔してるんですよね? 何も言わなかったこと」
「翔? 一体何が言いたいんだ?」涼太が怪訝な顔を見せる。
「もちろんだよ翔君。もし借りに過去に戻れるなら絶対にもう口をつぐまない。でも、こんなことを言ったって、もう何もかも手遅れだ……」
「史也さん、教えてくれてありがとうございます。史也さんの行動は無駄じゃない、手遅れなんかじゃない。まだ間に合う。ちょっと僕やることあるんでこれで失礼しますね」
「え、おい。翔」
翔は涼太の言葉を待たず、すぐに部屋に向かった。机から『時を越えるノート』を取り出し、机の上で開く。
史也さんありがとう。これが突破口になるかもしれない──。
『お母さん、急なんだけど今から言うことを史也さんに言って欲しいんだ。お母さんと僕が二人で生きる道が見つかったかもしれない』
折原 琴音
ニ〇一三年三月
「抗がん剤治療……それが琴音とお腹の子が生きる道なのか?」
「うん。色々調べたけど、それしかないと思う。史也君と奈央に伝えようと思うんだけど、良いかな?」
「もちろん良いと思うけど、史也と奈央ちゃん? 伝えるのは田中先生ではないのかい?」涼太は首を傾げて訊いた。
「私、あの先生はあまり信用できない。これも別に何か根拠があるわけではないんだけど……。あと、この話は二人をうちに呼んでから説明した方が良いと思うの。他の病院関係者にあんまり聞かれたくない」
琴音は真剣な眼差しで訴えた。
「信用できない……か。まぁ琴音の直感はいつも的を得ているからな。でもその抗がん剤治療っていうのは検査結果でがんが取り切れなかったと判明した後のことだよな? もちろんいざという時のために心の準備をしておくのは大事だけど、一週間後くらいに手術の検査結果が出た後では遅いのか?」
「それでも遅くはないかもしれないけど、最悪な事態は想定しておきたいの。病気は待ってくれないでしょ? もたもたしていたら、がんはどんどん進行していっちゃう。特に史也君には早く伝えたいの。彼は研修医だけど、産婦人科の歴とした医者。史也君にすぐにでも伝えられれば、私たちの望む治療を迅速に始められるかもしれないでしょ?」
「そうだね。ごめん。琴音の言う通りだ。すぐに二人に連絡を取るよ。早ければ明日にでもうちに来てもらう。それで良い?」
涼太はポケットから携帯電話を取り出し琴音に訊いた。
「うん。涼ちゃん。ありがとう」
琴音が翔からメッセ―ジを貰ったのは、霞ヶ浦総合病院を退院してすぐのことだった。
未来で吐露した史也の後悔。翔が伝えてくれたこのメッセージは自分が翔と生きるための険しくも唯一の道なのだと思った。琴音はすぐに涼太にこのことを伝えたが、もちろん彼は琴音のがんが深刻な状況であることを知らず、未来のお腹の子から教えてもらったなんて言っても信じられないだろうから、伝え方は工夫しなくてはいけなかったが、彼は何事も琴音を信じてくれているため、すぐに理解を示してくれた。
最大の危惧は史也へ伝えた後のことだった。史也に自分が望む治療について伝えて、田中医師に抗がん剤治療を行うよう説得を試みてくれたとしても、それがすんなりまかり通るとは限らない。あくまで史也は研修医、当然権限なんてゼロに等しい。その中でベテラン医師に治療方法の提言をして、方針は変わるものなのだろうか。不安は拭い去れないが、とにかく史也を信じようと思った。今の自分にはそれしか出来ないから。
史也の連絡先は一年近く前に病院で久々の再会を果たした時に聞いていた。涼太が史也と奈央に連絡を取ってくれて、二人は二日後の夜、仕事終わりに直接家に来訪してくれることとなった。
インターホンの音を聞いて琴音は、はーいと言いながら玄関の扉を開いた。ドアの隙間から史也と奈央が顔を覗かせた。
「お招きいただいてありがとうございます。琴音さん、体調はどうですか?」
史也が玄関先で心配そうに訊いた。
「今はまだ平気だよ。突然呼んでごめんね」琴音が言う。
「ここが二人の新しいお家なんだ! すごく広くて素敵ね! あ、この置物とかすごい可愛い!」
奈央はいつも通りの元気な振る舞いを見せてくれた。彼女自身もかなり琴音の病状を気にしているはずだが、重たい空気を払拭してくれようとしているのは長年一緒にいる経験からわかった。奈央のこういう気遣いが琴音は本当に嬉しかった。
「それで、今日は二人のラブラブトークでも聞かせてくれるの? あまり辛気臭いのは嫌だからね」
奈央がおちゃらけた様子で訊いた。二人にはまだ具体的な話の内容は伝えていなかった。
「もう私たちの夫婦話なんて誰も興味ないでしょ。察しついてたと思うけど病気のことでの相談なんだ。だからだいぶ辛気臭いかも……。ごめん。奈央、史也君。どうしても二人に検査結果が出る前に伝えておきたいことがあったの。こっちに座ってくれる?」
琴音の言葉に史也と奈央の表情は硬直した。彼女の誘導で二人はダイニングチェアに腰掛けた。その向かいに琴音と涼太も座った。
琴音は二人に先日涼太にした説明と同じ内容の説明をした。説明を聞く奈央と史也の表情はどんどん真剣味を増していった。説明を終えてすぐに口を開いたのは奈央だった。
「琴音……もちろん検査結果次第だと思うけど、本当にそうするの? だって最悪琴音もお腹の子も死んじゃう可能性があるんだよ?」
奈央の声は震えていた。琴音は目を細めた。
「奈央、私ね。最初の頃はがんが手術で取り切れないとわかったら、お腹の子供だけでもリスクを極力かけずに助ける方法を選択しようと思っていたの。でもそれが本当に子どものためって言えるのか、生まれた時から母親がいない子が本当に幸せと言えるのか、自分を犠牲にしてでも子供を助けたいって言うのは親のエゴなんじゃないかって思って、多少のリスクがあったとしてもこの子と一緒に生き残る道を見つけようと思った。沢山悩んで出した結論だからもう変えるつもりはないんだ。ごめんね」
奈央は潤んだ眼を自身の手で拭い去り、顔を上げると無理やり愛嬌のある笑顔を見せた。
「琴音がそんなにも強い決意でいるのに、私がくよくよしていちゃだめね。琴音の気持ちはわかった。私も全力でサポートするから」
「ありがとう、奈央」
琴音はそう言って、奈央の隣に座る史也を見ると思わず目を剥いた。史也の顔は顔面蒼白となっていたからだ。
「史也君どうした?」涼太が心配そうに訊く。
「すいません……。あの……」
「史也君? ちょっと顔色悪いわよ、大丈夫?」奈央も涼太に続いて訊いた。
「みっともないところ見せて、すいません。実は……」
この後、史也が聞かせてくれた話は一同を驚愕させた。
史也は昨日の昼、田中医師に呼ばれて、彼のいる会議室に入った。その時田中医師は史也にこのように告げたのだという。
「南野君、君は折原さん夫婦と知り合いなのかい?」
「あ、はい。亡くなった兄の友達で。昔から良くしてもらっていました」
「そうか。来週あたりに折原さんの円錐切除術の検査結果が出るが、知人だからって変に肩入れさせないためにも先に一言忠告しておこうと思ってな」
「忠告……ですか?」
「あぁ。がんが切除し切れなかった場合、我が病院が取りうる手段は一つだけ。それは早期の子宮全摘出手術だ。それ以外の方法はない。わかったな?」
田中医師は鋭い目つきで史也を凝視した。
「え……」史也は言葉に窮した。
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「あの……もちろん母体の命を守るためにはその判断が一番懸命かと思います。ですが、もし患者さんが母子ともに生き残る道を望むのであれば、他の選択肢も提示するべきではないのでしょうか?」
「他の選択肢とは?」
「放射線治療は胎児への影響は大きいですが、抗がん剤治療であれば、妊娠初期を抜ければ施すのは可能なのではないでしょうか」
ふん、と田中医師は鼻で笑った。「研修医が私に意見するというのか?」
「いえ、そんなつもりでは……」
「妊娠中期からの抗がん剤治療だって早産、流産、奇形児のリスクが無くなるわけではない。仮にその治療を施して母子ともに亡くなってしまい、万が一それが公になってしまえば、病院は患者達からの信用を失ってしまうだろう。今後の病院経営にも影響を与えかねない。君にそんな重責を背負えるのか?」
「あ、いや……」
「研修医は研修医らしくしていればいいんだ。余計な意見は一切言わない。そうすれば君の医師としての未来は順風満帆なものになるだろう。わかるね?」
「はい……」
田中医師は立ち上がり、史也の肩にポンと手を置いた。
「指導医の言う事は聞いた方が良い。賢い医者になるにはこれもいい勉強だ。期待しているよ」そう言って、田中医師は会議室を後にした。史也はしばらくの間そこに立ち尽くすことしかできなかったという。
「田中先生がそんなことを言ったの⁉︎」
奈央が机を叩きながら激高した。史也は弱々しくこくんと頷く。
「最低……」
「やっぱり琴音の直感は正しかった。まずあの先生に言わなくて良かった。患者の気持ちより病院の評判を気にするなんて人の命を扱う医者として失格じゃないか。それに史也への言葉もれっきとした脅迫だ」涼太も声を荒げて言う。
「史也君、私のこの決断がもしもあなたの将来に多大な迷惑をかけるのであれば、無理はしないで。他の病院を探すなり他にも方法はあると思うから。あなたに色んな責任を背負わせることは私の本望じゃない」
「ダメ……ですよ。琴音さん」史也が顔を上げ言った。
「え?」
「がんは……刻一刻と進行していきます。他の病院を探す、もしすぐに見つかれば良いかもしれませんが非常に無駄なタイムロスになってしまう可能性が高い。それじゃダメです」史也は琴音を見て、少し頬を緩ませた。
「僕は大好きだった兄と姉を失いました。その時の悲しみや苦しみは一生忘れません。親族を失う悲しみを知っているからこそ、僕のような思いを抱く人を可能な限り減らしたい。医療で救える命をなんとしてでも守りたい。それが僕が医者になった理由です。琴音さんは悲しみにくれていた僕の命を救ってくれた大恩人です。だからこそ僕はあなたの命を必ず守る。これから生まれてくるお腹の子にとってあなたは唯一無二の母親なんです。絶対に生きていないといけないんです。琴音さんもお子さんもどちらの命も守らないと僕が医者になった意味がない!」
「史也君……」史也の言葉は琴音の胸を貫いた。
「来週、琴音さんの検査結果が出た後に、数人の産婦人科医が集まって受け持ち患者の進捗状況を共有する目的で定例会議が開かれる予定です。そこで僕は琴音さんの考えを提言します。他の医師がいる場で発して、他の医師も同調してくれれば田中先生も意見を変えざるを得なくなるかもしれません。ですが……」
「何か不安要素があるのか?」涼太が訊いた。
史也が頷く。
「産婦人科の医師の中で田中先生は最年長ですから、彼に意見できる人は少ないのが実情です。そこでみんな沈黙を貫けば難しい。でも可能性はゼロじゃない。僕に提言をさせてください」
「ありがとう、史也君」琴音は言った。
「やれるだけのことはやります。後悔だけはしたくないので」
「で、でも何にしても検査結果が出てからよね。取り越し苦労になる可能性もあるんだから。ね?」
奈央が場を和ますように笑顔を作って言った。
「その通りです。まずは朗報を祈りましょう」
朗報にならないことを知っているのは琴音だけだったが、彼女は口を噤んだ。
今ここで自分のがんが進行していると言っても何の根拠もないと思われて、余計な心配を煽るだけだ。
その時が来たら、史也君に思いを託そう──。
琴音は心の中でそう呟いた。
平木 晃一
ニ〇一三年三月
あぁ頭が割れるほど痛い。もう三十歳を超えたっていうのに、合コンで深夜二時まで飲み明かすとは、なんて俺は阿保だったんだろう。
平木晃一はブラウンカラーのしっかり整えたスパイラルパーマの頭を右手で抑えながら、霞ヶ浦総合病院の会議室に向かっていた。今日は自分を含め、産科婦人科の医師達が受け持っている患者方の治療の進捗状況の共有を図る定例会議の予定だった。
「平木先生、おはようございます」廊下で助産師の奥園奈央が挨拶をした。
「おはよう奈央ちゃん。今日もかわいいね」
「あら、ありがとうございます。でも気を付けてくださいよ。人によってはそれセクハラだと受け取っちゃうこともあり得ますからね」
奈央は冗談めかせて唇を尖らせて言った。
「え、そうなの⁉︎ 褒めているのに、世知辛い世の中だなぁ」
平木はため息をつく。
「私は思っていないから安心してください。他の看護師達も平木先生のそれはただの挨拶だとわかっているから大丈夫だと思いますけど、初対面の人には気を付けてくださいよ」
「はいよ、忠告ありがとね」平木は朗らかな笑顔を見せた。
「あの……平木先生?」
「ん? どうした?」
「……いや、何でもないです。会議頑張ってください」そう言うと奈央はすたすたと看護ステーションの方に歩いて行ってしまった。
「別に頑張るもんじゃないんだけどなぁ」
平木はぼそっと呟きながら、小さくなる奈央の後姿を眺めた。いつも明るい奈央のあんなにも思いつめた表情を平木は見たことが無かったので、少しばかり心配になった。
十畳程度の広さの会議室には既に、二名の医師と数名の助産師が座っていた。会議の時間はすでに過ぎている。残りは最年長の田中医師だけのはずだが、空いている椅子は残り二つあった。いつもは出席者の人数分の椅子しか用意されていなかったはずなので、平木は妙に気になった。
「あれ? ねぇ木下先生。あと田中先生だけっすよね?」
平木は近くにいる三十代後半の木下という男性医師に聞いた。彼は頭部が若干薄くなり始めたせいか、目立たないようにと先週から坊主頭にし始めたのは院内のもっぱらの噂だった。木下医師は平木の方に振り向いた。彼は平木の質問を察したようだ。
「研修医の分じゃないのか? 今田中先生についてる研修医」
「あぁ」と言って、平木はここ数日間を思い出した。確かに田中医師の後を付いて行く若い医師がいたような気がした。
「そういえばいましたね。なんか元気そうな男の子が」
「初日に挨拶されたじゃないか……と思ったけど、お前その日遅刻したもんな。夜遊びも大概にしとけよ」
「すいませーん。もうお酒控えまーす」
平木は後頭部に手を載せて、肩をすくめた。
「それにしてもあの研修医も可哀そうだよな。よりによって田中先生の元に付くとは」
木下先生ははぁとため息をこぼした。
「え? なんでですか?」
「だって、あの性格悪くて堅物な田中先生だぞ? 医者がみんなあんなだと思ったらこの先嫌になりそうじゃないか?」
「僕は別に田中先生そんなに嫌いじゃないですけどねぇ。口は悪いし、性格も最悪ですけど、医師としての腕は確かだし。研修医も勉強になるんじゃないですか?」
「そこまで思ってて嫌いにならないお前がすごいよ。まぁお前は田中先生には一目置かれているからな。『見た目はチャラくて、私生活乱れもけしからんし生意気だが、それでも医者として腕は立つ』って言っていたらしいぞ。ねぇ片岡先生?」
木下医師の迎えに座る片岡医師が顔を上げた。彼女の年齢は三十半ばの年齢で平木より少し先輩の女医だ。眼鏡姿で少しぷっくらした唇が印象的。平木は見た目の印象から片岡医師は絶対にエロいと完全に決め打っていた。
「うん、言ってた。私にね。あの人が誰かを褒めるなんて珍しいなぁって思ったよ」
片岡医師は前髪を整えながら答えた。
「半分以上けなされてるように聞こえましたけど」
「でも俺はあの人苦手だよ。ネチネチ説教してくるし。ただのパワハラ男だ」
「ふーん」
「奥さんが院長の娘さんだから、誰も逆らえないし。次期院長もきっと田中先生だ。ほんと勤める病院間違えたわ」
木下医師は頭の後ろに手を置いて、座りながら体を伸ばす仕草をした。そして続ける。「お前は田中先生にも萎縮しないからすごいよな」
平木は顎に指を添えて「うーん」と唸ってから口を開く。
「別に誰であろうと僕はそれが間違っていると思ったら言いますよ。それって普通じゃないっすか?」
「みんながみんなお前みたくハートが強くはないんだよ」
木下がやれやれといった様子で薄くため息を吐いた。
平木は見た目こそ、ホストに間違われてもおかしくない風貌と性格で、遅刻常習犯というお墨付きだが、医者としての技量は誰もが認めるところであり、患者からの信頼も厚く、誰に対してもはっきりと自分の意見をぶつけることが出来るという性格もあり、彼は院内でも一目置かれた存在であった。
田中医師もこれまで平木に対し強くものを言うことは無かった。
平木が木下医師と話をしている途中で扉が開いた。
「全員揃っているな? じゃあ始めるぞ」
田中先生とその後ろに若い医者が続いて入ってきた。
「遅れたくせに、すまんの一言もないぜ」
木下は小声で平木に言った。平木は田中先生を見た。
「田中先生、おはようございます! 僕より遅れてくるとからしくないっすよ!」
平木は満面の笑みで話しかけた。
「検査結果を確認していたから遅れたんだ。二日酔いのお前とは違うんだよ」
「それは間違いないっすね〜」
「ふん。無駄話はこれくらいにして、早速はじめるぞ」
田中医師と南野という研修医は椅子に腰かけた。
会議では担当医師が順番に受け持つ患者たちの治療状況の共有や困難ケースの相談等が主たる目的だ。平木の説明の後、木下医師、片岡医師がそつなくに説明し、特段大きな議論もなく進んでいった。
最後に田中医師からの説明は始まった。相変わらず喜怒哀楽の無い表情で淡々と説明していく。平木は頭痛が酷くて早く終わらないかなぁと若干上の空の状況だった。そして田中医師の最後の患者説明に入った。
患者の氏名は折原琴音。資料を見ながら平木は霞ヶ浦総合病院勤務という言葉に目が向いた。うちの看護師だという事に少し驚いた。そしてさらにある文言に目がいった。そこには『子宮頸がん』と書かれていた。
「この患者は子宮頸がんを患っており、病理検査では膀胱まで浸潤していることがわかった。二週間前に行った円錐切除術の結果が今朝出たが結果は残念ながらがんが取り切れていないというものだ。よって、この患者には子供の事は諦めて早急に子宮の全摘出手術を受けてもらう予定だ」
田中医師がそこまで述べたところで、平木は手を上げた。他の会議参加者は驚いた表情を浮かべ、平木を見た。会議で田中医師に意見する人はそうそういないからだ。
「あのぉ、どうしてすぐに全摘の判断になるんですか? 今朝検査結果が判明したんですよね? ってことはまだ患者さんから意思は伺っていないはずですよね?」
平木は田中医師を見据えた。田中医師は三白眼で睨み返す。
「意見を伺う必要はない。確実に救える命を救うのが我々医者の使命だ」
「進むべき道を決めるのは医者じゃない、患者自身です。その考えは僕のポリシーに反しますね」平木は腕を組みながらを言う。
「お前のポリシーなんて関係ない。だったらお前は死にたいと訴える患者を殺すのか? うちの病院ではこの方針以外はない」
田中医師の言葉を受けてさらに反論しようとしたところで、研修医の南野が「あの……」とか細い声を上げた。
「おい、研修医が出しゃばるな」
田中医師は鋭い眼光を南野に向けた。
「結構な言い草ですね。良いじゃないですか、何か言いたいことがあるんだろ?」
平木が南野に続きの言葉を促した。南野はこくんと頷いた。
「はい。僕はこの患者さん、折原さんと知り合いでして、先日折原さんからこう言われました。『私は母子ともに生き残れる最善の道を選びたい』と。ですから、田中先生の考えには反対です。折原さんとお腹の赤ちゃんがどちらも生き残る可能性のある治療を提案しましょう」
南野は震えながらも鋭い目線を田中医師に向けた。
田中医師は露骨に不快な表情を見せて、聞こえるように舌打ちをした。
「お前は関係ないって言っているだろ! 研修医風情が余計な口を開くな!」
その瞬間『バン!』っとデスクを叩く音が響いた。平木が立ち上がり、目の前のデスクを拳で叩いた音だった。周りの医師は当惑した表情を浮かべる。
「ひ、平木君?」片岡医師が心配そうに訊く。
「おい、南野少年。良い根性してるじゃないか……。でも、肩が震えているぞ? こっからは選手交代だ」
平木は片方の頬を吊り上げて笑った。そして田中医師を見つめた。
「田中先生、言いたいことは山ほどあるんですが、まず、あなたがそこまでして母親の命のみを守りたい理由はなんですか?」
「言うまでもないだろ。母子ともに生き残る道を選ぶということは、どちらの命も失う可能性も高まるということと表裏一体なんだ。確実に助けられる命を守るのが医者の使命だろうが」田中医師は怒気を孕ませて言う。
「上辺で話すなよ、田中先生よ」
田中医師は平木を睨みつけた。
「なんだと? 相変わらず目上の人への口の利き方がなっていないな、平木」
「育ちが悪いもんでね。僕の話は良いんすよ。田中先生さ、本当は自分の経歴に傷がつくかもしれないとかそんなこと考えてるんじゃ無いっすか?」
田中医師の眉がぴくっと動いた。
「なぜそういう話になる?」
「もし治療の過程で母子どちらも命を落としてしまった場合、場合によっては病院側の不手際と言われる可能性もありますもんね。例えそれが事実無根だとしても。この時代、ネット上での不評被害ってのは往々にしてある」
「……仮にそうだとしたら、なんなんだ?」
「僕が折原さんの担当になりますよ。であれば、田中先生に何も不利益はないでしょ?」平木は腰に手を置き、笑顔で田中医師を見た。
「断る」
「……は? え、ちょ、意味わからない。なんでですか?」
平木は肩透かしをくらったように困惑の表情を見せた。田中医師の思惑がわからなくなった。
「とにかく担当変えはしないし、治療方針も変えない。会議は以上だ」
田中医師は会議を打ち切ろうとした。
「院長の座を狙っているからですか?」沈黙を貫いていた木下医師が声を出した。
「木下、お前誰に向かって口を聞いているんだ?」
田中医師は眉尻を寄せて凄んだ。場に緊張感が走る。
「あ、なるほど」平木は左の手のひらに右手の拳をぽんと置いた。
ピリついた空気は少し中和される。
「つまりこういうことですね! 田中先生は院長の義理の息子で院長には跡取りとなる実息子もいないから、田中先生が有力。あなたの考えとしては、将来自身がこの霞ヶ浦総合病院の院長の座に座る以上、この病院の評判のために、誰が担当になる云々ではなく、病院の名を汚す可能性がある治療方法は一切認めたくなかった。不安分子一斉排除。だから僕への患者交代も認めない。僕だったら母子ともに生き残る治療を優先するのは目に見えているから、ですかね?」
矢継ぎ早に喋った平木は田中医師が周囲に聞こえない程度に舌打ちをしたのを見逃さなかった。
「図星ですね?」平木はニコッと笑った。
田中医師の仏頂面はどんどん険しくなっていく。
「患者の気持ちより、病院の体裁を優先ですか。そこまで振り切れていると逆に清々しさすら感じますよ。すごい」
平木はぱちぱちと拍手をした。
「平木! バカにするのも大概にしろ! 調子に乗り過ぎだ! お前のことは買っていたんだが、少々おいたが過ぎるんじゃないか? 将来有望な医師にこんなこというのも気が引けるがな、俺の一声ですぐにお前をクビにすることも出来るんだぞ?」
田中医師のしごく分かりやすい脅迫に対して、平木は不敵な笑みを見せた。
「なるほど、そう来ましたか。では一つ提案です。こうなったら院長に決めてもらいましょう。折原さんの担当を僕と田中先生どちらが受け持つのか。あなたが望むなら選ばれなかった方がこの病院を去るというオプションを付けても良い。どうです? まさかあの田中先生が逃げやしないですよね?」
平木は挑発するウインクを見せた。田中医師は鼻で笑う。
「お前自分が何を言っているのかわかっているのか? その勝負どう考えてもお前に勝ち目がないことがわからないのか?」
「わかりません。バカだから」平木は肩をすくめた。
「ふん、良いだろう。明日院長に伺いを立てる。それで決めよう。お前は別の病院に転院する準備をしておくんだな」
田中医師はそう言うと周りを見渡した。その会議室にいる医師、助産師は一斉に田中医師への不快感を現す表情を向けていた。
「なんだお前らのその目は。お前たちも辞めさせられたいのか?」
そう言うと彼らは田中医師の威圧感につい目を伏せてしまう。
田中医師はふんと鼻を鳴らし、大股で会議室を後にした。会議室には一瞬の静寂が流れた。少しすると木下医師と片岡医師が平木の元に詰め寄ってきた。
「お前すごいな! あのパワハラモンスターによくあんな言えるな! 見ていてスカッとしたよ!」木下医師は露骨に興奮していた。
「でも大丈夫、平木君? あんな啖呵切って、院長に選ばれなかったらこの病院去らないといけないんだよ? 奥さんが院長の娘さんだって言うし、勝ち目あるの?」
片岡医師が心配そうに肩を落とす。平木はその仕草がセクシーだと感じた。
「平木先生、すいません。僕まさかこんなことになるなんて思ってもいなくて。先生にこんなに迷惑をかけることになるなんて……」
南野は今にも泣きそうな表情をしていた。平木は口を半開きにポカンとしていた。
「ちょっと、みんな待って! なんでもう僕がこの病院去ること確定みたいな雰囲気醸し出しちゃってんすか?」
「だって……」片岡医師がつぶやく。
「何か称賛はあるのか?」木下医師が訊いた。
「えぇもちろん。そうじゃないとあそこまで強気にはさすがの僕でも言えませんよ。それと……南野君?」
「あ、はい!」
「君、名前は?」
「あ、史也です」
「そうか、史也。怖かったよな。でもお前のあの熱のこもった主張は胸が熱くなったよ。お前が俺をあそこまで駆り立てたんだ。だから責任取って、この産婦人科での研修は今後俺に付け!」
「え!」史也は目を丸くし、声を上げた。「……良いんですか?」
「もちろん。まぁ俺がこの病院を抜けずに済めばの話だけどな! それと引き換えと言ったらなんだが、可愛い研修医紹介してくれよ」
「こら平木君! 何バカなこと聞いてるの!」片岡医師が口を尖らせた。
「あ、すいません〜」平木は頭に手を乗せ、舌を出した。
会議室の雰囲気は数分前と打って変わって、和やかな空気が流れた。
平木は会議が終わると、廊下の隅で徐に携帯電話を取り出して、とある人物に電話をかけた。
「もしもし? 俺だけど。久しぶり! 元気? 急なんだけどさ、実はちょっとお願いと言うか話があって──」
二日後、平木が病院に出勤すると、産科婦人科は医師や助産師たちが騒然となっていた。うっすらと奥の方で誰かの怒声が聞こえてくる。
「おいおい、なんの騒ぎ? 急患か何か?」
平木は目の前にいた助産師の一人に聞いた。
「あ、平木先生! 大変です! 実は──」
「平木! 貴様、一体何をしやがった‼︎」
病棟の奥から鬼の形相の田中医師が迫ってきて、平木の胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと落ち着いてくださいよ。田中先生。どうしたって言うんですか?」
「しらばっくれやがって! 院長に何を吹き込みやがった! どうして俺がクビにならないといけない!」
「え、もう? 院長行動早いなぁ」
「もう……だと? 貴様‼︎」
田中医師が拳を振り上げた時、平木の後ろから警備員がなだれ込んで来て。田中医師を取り押さえた。
「くそ、離せ! 俺は医者だぞ!」
取り押さえられた田中医師はそのまま警備員に連れられていった。田中医師の怒声は病院のロビーにも響き渡り、一時院内は騒然となったが、不安がる来院者に病院職員が丁寧に状況を説明し、少ししてようやく院内は落ち着きを取り戻した。
平木は乱れた白衣の襟を正して、看護ステーションに向かった。そこには奈央、史也、木下医師の三名がいた。平木を待っていたようだった。
「お、みんなさんお揃いで!」平木は片手を上げて、もう片方の手を白衣のポケットに突っ込みながら入室した。
「平木! お前大丈夫だったか? というか一体何をどうやったんだ⁉︎」
木下医師が勢いよく平木の元に詰め寄った。木下医師の表情には驚きと戸惑いと若干の喜びの色が見て取れた。
「まぁまぁ木下先生落ち着いてよ。僕だって田中先生がこんなにも早く首を切られるなんて知らなかったんだから」
「一体何が起きたんですか? 平木先生」
史也が訊いた。隣にいる奈央も同じ気持ちであろう目をしていた。
「ようはこれっすよ」平木は手の小指を突き出して見せた。
「え、女性絡みってことですか?」奈央が若干冷めたように目を細めて訊く。
「奈央ちゃん、そんな顔しないでよ。実はこれ本当に偶然なんですけど、院長の娘さん、イコール田中先生の奥さんって……僕の元カノなんです」
「えぇぇぇぇ‼︎」
平木の言葉を受けて三人は驚愕の声を上げた。
平木は大学時代ラクロス部に所属し、青春を謳歌していた。彼が大学一年生の時、三年生でマネージャーをしていたのが院長の娘、北崎美穂であった。平木は遊び人ではあったが見た目のカッコよさと裏表のない優しさから、大学内で女性からの人気は多くあった。美穂も平木に好意を寄せた一人であった。
平木は美穂から猛烈なアプローチを受けて、交際をスタートさせることに。交際期間半年で美穂の実家にも訪れるようになり、そこで現、霞ヶ浦総合病院院長の北崎勲と出会った。平木は医師を志していること、そしてなぜ医師を目指すようになったのか、その理由を勲に告げると、勲は急に平木の手を握り「よく来てくれた……」と涙ながらに言った。平木はひどく戸惑った。この勲の行動の真意を平木が知るのは少し後の事だった。
その後「うちの病院に来い」と平木は勲に会うたびに言われるようになった。平木自身も勲に尊敬の念を抱いていた。それは勲の医師としての矜持が自分の思想と重なっていたからだった。
「医師は病院の為ではなく、患者のために尽力すべし」これが勲の口癖であった。このこともあって平木は勲が院長を務める霞ヶ浦総合病院で働きたいと強く思うようになった。
順調に交際が続いていた二人の仲に亀裂が生じたのは平木が大学三年生、美穂が社会人になったタイミングだった。美穂が会社の同僚と浮気をしたのだ。平木は見た目や言動こそ、所謂チャラ男という部類の男だが、中身は誠実で浮気や不倫がどうしても許せないタイプだった。酔った勢いだったと泣いて謝る美穂だったが、平木は別れを告げた。勲にもそのことを伝え、平木は勲との関係もここまでかと思ったが、勲はそれからも変わらず平木のことを気にかけてくれた。
「娘とのことは残念だが、私は医者として、一人の人間として君を買っている。だから変わらずうちの病院に来い、平木君」勲はそう言ってくれた。
その後、平木は勲に言われととおり、地元の医大を卒業後、研修医を経て霞ヶ浦総合病院で勤務することとなった。院長と繋がりがあることは周囲には内緒にしていた。何をするにも「お前は院長のお墨付きだからな」と言われるのが嫌だったからだ。働き始めたからも、平木は美穂との連絡は続けていた。平木としては良き友人として接していたが、美穂明らかにまだ自分に未練があるような気はしていた。
霞ヶ浦総合病院に勤めてから数年後、堅物で有名な田中医師が美穂と結婚することを聞いた時は平木も驚いた。彼女の性格を考えると田中医師と合うようには思えなかったからだ。
後日美穂から聞いた話だが、院長の勲が主催のパーティ―に参加した田中医師がその会で始めて美穂に出会って、彼の猛アプローチの末に美穂が折れる形で交際し、すぐに結婚に至ったのだという。打算的な田中先生のことだから本心で美穂を好いていたというより、院長の義理の息子になりたかったから美穂に近づいたんじゃないかと邪推してしまったが、真意はわからない。
そしてこれは後に勲から聞いた話だが、田中医師との交際当時、美穂が平木の後に交際した男性と別れたばかりで、出産や子育てを考えて焦りが生じていたことを勲にふと漏らしたことがあるらしい。このことが美穂の冷静な判断を鈍らせたのかもしれなかった。
田中医師は医学の知識量やオペの技術等、優れた医者ではあったが、自分より能力が低いと思われる人や後輩医師への当たりがきつく、患者よりも病院の評判を気にするところがあり、院長である勲の矜持とは真逆の思想であった。
だが、勲は田中医師とはその件で衝突することは無かった。それはひとえに勲があまり田中医師の事を好いていなかったからであって、普段からそういった話をするような間柄ではなかったからだろう。おそらくそこで田中医師の院長との致命的なボタンの掛け違いが生じたのだと、平木は推察していた。
田中医師は病院の名を守ることが院長の使命であるということを盲目的に信じ、勲も自分と同じ考えのはずだと考え、自身もゆくゆくは院長の座を目指すのであれば、何としてでも病院の権威、名声は守る。それが田中医師の歪んだ正義になっている。それが平木が先日の会議で田中医師に思ったことであった。
平木は会議終了後、まずは美穂に事の経緯を説明し、田中医師を説得してくれないかと頼んだ。電話口で美穂は激高していた。
「もう旦那のこと信じられない。最低過ぎる。晃一、教えてありがとう。ガツンと言うね。もうこの際離婚しても良いと思ってる。なんであんな人と結婚しちゃったんだろ……。お父さんにも私から伝えるよ」
「勲さんには俺から言うよ。ありがとう美穂。君の旦那のこと悪くいうつもりはないんだけど、俺も今回の件はちょっと許せなかったんだ」
「……晃一にとって、『子宮頸がん』って病気は忘れられない病気だもんね。私に任せて」
「恩に着る、じゃあまたな」
平木が携帯を切ろうとした時、受話器から美穂の声が聞こえた。
「あ、晃一?」
「ん、どうした?」
「私たち、またやり直せないかな……?」
「それは……少し考えさせてくれないか?」
「あ、ごめん。急だったよね。一旦忘れて。じゃあまたね」
平木は美穂との電話を終えると、大きく深呼吸をした。突然の美穂の告白に少し当惑したが、そのことは一旦後回しだ。まずはやるべきことをやろうと思った。
平木は周囲に人がいないことを確認して、すぐに院長室に向かった。無論院長との関係をあまりバレたくなかったからだ。二回ノックをして室内から声が聞こえると、彼は「失礼します」と言って、重く固い院長室のドアを開いて入室した。
平木は勲と少し雑談を交えた後、本題に入った。話を終えると勲は天を仰ぎ、大きくため息をついてこう告げた。
「もう潮時かもしれないな。これ以上は看過できない。報告ありがとう。あとは私に任せてくれ」
「ありがとうございます。勲さん。では僕はこれで」
平木は軽くお辞儀をして、踵を返した。
「平木君」
「はい?」平木は勲の声を受けて振り返った。
「ブレずにいてくれてありがとう。君のお母さんもきっと自慢の息子だと誇らしいはずだ」平木は薄く微笑み、お辞儀をして部屋を後にした。
「平木先生って院長とそんなにも親しい仲だったんですね。それに田中先生の奥さんの元カレだったなんて。全く知らなかったです」
奈央が目を丸くしながら訊いた。
「まぁね。一応他のみんなには内緒な」平木は口の前に人差し指を立てた。
「驚いたけど、でもこれでもっと伸び伸びと仕事が出来そうだ。ありがとうな、平木」木下が平木の肩にぽんっと手を置きながら言った。
「でもなんか悪いことしちゃいました。担当を僕に代えてもらえるとは踏んでましたけど、まさか本当にやめることになると思わなかったので」
平木は軽くため息をついた。
「あの……平木先生、本当にありがとうございました」史也が深々と頭を下げた。
「おいおい、仰々しいな! もっとラフに言ってくれよ。あと今日から約束通り、研修医として俺に付くんだろ? よろしくな」平木は史也に手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします」
史也はその手を力強く握った。
「僕にとって折原さんは命の恩人なんです。なんとしてでも母子ともに助けたい。だから平木先生には感謝してもしきれません」
「安心するのはまだ早いぞ。折原さんが目指す道は険しいことに変わりはない。俺たちも気合を入れ直さないと」
「はい!」と言った史也はさらに続けた。
「あの……それと一つ聞いても良いですか?」
「ん? いいぞ」
「どうしてリスクを背負ってまで、折原さんの担当になってくれようとしたんですか?」
平木は少し考えてから口を開いた。
「俺はリスクとは思っていなかったけどな。そうだなぁ……俺の医師として矜持に反するから。その答えじゃ納得いかない?」
「あ、いえ。そんなことは……」
平木は薄く笑みを浮かべた。
「まぁほんと言うとな、個人的な問題で許せなかったんだ」
「個人的?」史也が訊いた。
「俺のお袋はさ、子宮頸がんで俺を産んだ数日後に亡くなったんだ」
「え⁉︎」奈央は両手で口を覆った。
「だから折原さんのことは他人事にどうしても思えなかった。俺の母さんもさ、当時医者に言われたんだ。お腹の子供は諦めろって。でも母ちゃんは必死に訴えた、子供と一緒に私は生きるって。治療方針を巡って病院と必死に戦った。そしてその母の言葉に唯一賛同してくれた医者が当時産婦人科医だった、うちの院長、北崎勲だ」
「院長が⁉︎」
木下医師は驚いた。奈央と史也も目に驚きの色を称えている。
「勲さんは俺とお袋を生かすため、必死になって治療にあたってくれた。結果は残念ながら伴わなかったけど、そのおかげもあって、俺は今もこうして生きている。『何よりも患者のために』。院長のその志を俺は絶対に曲げたくなかった。そして俺のお袋と同じ境遇の女性がこの病院の患者としている。くさいけど運命だと思った。俺のお袋は助からなかったけど、今度こそ絶対に母子ともに助けたいと思った。それなのにどうだ? 当時のように患者の意向が無視されそうになっているじゃないか。田中先生がなんと言おうとここだけは譲れなかった。だから田中先生を追い出してでも俺が担当に付こうと思ったんだ。……なんか柄にもなく熱く喋りすぎたな」
平木は我に帰って照れ笑いした。
「素敵すぎます。琴音も涼太君も喜ぶと思います。平木先生ってただのチャラい医者じゃなかったんですね」
奈央が目を潤ませて言った。
「奈央ちゃん……。俺のことただのチャラい医者だと思ってたのね」
史也が平木を真っ直ぐ見た。
「平木先生、今日からご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「お前は相変わらず固いな、史也」
後日、平木の元に琴音と涼太が病院にやってきた。診察室では平木の後ろに史也と奈央が立っている。二人とも屈託のない表情を浮かべていた。
「折原さん、うちの南野君から聞いていると思いますけど、今日から担当は僕、平木に代わりました。急な変更で申し訳ございませんが、これからよろしくお願いしますね」
「史也君から聞きました。私たちのために治療方針を巡って田中先生と戦って下さったのですね。本当にありがとうございました」
「ははっ。医者として当然のことをしたまでですよ」
「平木先生のお母様も子宮頸がんだったと聞いたのですが、そうなのですか?」
涼太が訊いた。
「えぇ。正直それで他人事になれなかったってのはあります。折原さん、いえ、琴音さんはお子さんと一緒に生きる道を目指す、その気持ちに揺るぎはないですね?」
「はい、もちろんです」
琴音からの力強い眼差しを平木は受け取った。
「僕のお袋もね。最後まで生きることを諦めなかったんです。僕と最後まで生きようとしてくれた。僕はそのお袋の気持ちに救われました。もしお袋が自分の命を犠牲して僕を生かそうとしていたなら、僕はお袋を恨んでいたかもしれない。お腹の子もきっと僕と同じ気持ちです。ですから絶対に生きることを諦めないでください。最後までがんと戦いましょう」
「琴音、頑張ろうね」
「頑張りましょう、琴音さん」
奈央と史也のエールに琴音の口元に笑みが溶けていた。
平木は今後の治療方針を折原夫妻と話し合った。
具体的な方向性としては、妊娠中期を迎える六月まで、他病院の免疫療法を続け、その後、抗がん剤治療でがんの進行を遅らせて、お腹の子が出産可能となる二十八週付近で帝王切開による出産後、すぐに子宮の全摘出手術を行う。
子宮摘出までにがんの転移が防げるのか、それは平木でもわからない。最後は運命を天に委ねるしかないのだ。
説明終了後、平木は病院の正面玄関で折原夫妻を見送った。
その時だった。
こちらに振り向いて一礼する折原涼太の顔を見た瞬間に、平木の奥底にある過去の記憶が僅かに刺激されるのを感じた。
俺は彼をどこかで見たことがある──。
平木の直感がそう告げていた。
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