嵐の中のリボル

ちびけも

創世七四四年

  序章


 「王太子、国王陛下がお倒れになられました!

今は陛下の自室に運ばれ医者が診察をしています!」

15m四方はあるかという大きい部屋で王太子と呼ばれた褐色で背の高い男は

そう報告をしてきた革鎧を着た兵士に目をやった。

王太子は黒地に金の刺繍装飾を施した服を着ており、

一見して王族としてふさわしい身なりをしている。

王太子の名前はクゥエンティン、

現在26歳で4年前に立太子しこのブレンナ王国の後継ぎとなっている。

王太子は暫く考え事をした後に兵士に聞き返した。

「父上の意識はあるのか?」

「いえ会話をしている最中にいきなり御意識を失なわれてお倒れになられたそうで

 未だに御意識は回復していないとのことです」

「そうか、わかった今すぐ見舞いに行くとしよう」

そう言うと王太子は表情を変えぬままに立ち上がって部屋の入口へと向かった。

 国王陛下の室内では内務大臣のドゥエインを中心に数人の貴族が立っており、

その目線の先には国王の様子を見ているやせ細った医者の姿があった。

この国ブレンナ王国は亜熱帯に属し民族全てが褐色の肌をしている。

ドゥエイン内務大臣が本日の国王の予定を

全てキャンセルする指示をしている時に王太子が室内へとやってきた。

部屋の中の一同が王太子に視線を移した。

王太子は様子を見ている医者の横まで歩いて行き医者に直接聞く。

「父上の容態は?」

医者は軽くため息を吐くと王太子に振り向き答える。

「お気を確かにお聞きください、貧血といった軽いものではございませんな、

 脳の血管が破れた可能性が高いです

 御意識を取り戻すかどうかは定かではありませぬし

 仮に御意識がお戻りになられても御体に障害が残るのは確実でございましょう」

そう聞かされるとドゥエイン内務大臣や貴族たちは一同に肩を落としたが、

王太子だけはニヤリと笑い廊下に向かって

「お前たち入ってこい!」と声高々に言った。

そう言われて廊下から王の居室に入ってきたのは

王太子率いる親衛隊が8人程であった。

「太子殿下なにを?」

とドゥエイン内務大臣は質問したが王太子は振り返りもせず

「医者以外ここにいる者たち全員を拘束しろ

 執務室にいるアーロン外務大臣もだ、至急速やかに!」

と親衛隊に命令を下す。

内務大臣は「ここでお立ちになりますか」と一言いった。

「ああ、お前たち穏健派にはもううんざりだ、

 テンベレンス地方には今も取り残されたブレンナ人が助けを求めているのに

 外交でなんとかなると本気でほざいてやがる!」

そう吐き捨てると親衛隊に早く連れて行けと手で指図する。

「暗殺したなどと噂されてはたまらぬからな医者は続けて父上の面倒を見てやれ」

全員が部屋から連れ出されるのを見届けると

王太子は国王に一瞥して部屋から出ていった。

 テンベレンス地方とはここブレンナ王国と

北にあるラド王国の中間に位置する地方である。

以前はブレンナ王国とラド王国はラドブレンナという一つの国であったが、

ラドブレンナの12代国王エドマンド・アーリン・ウォールが優生論を唱えだし、

ブレンナ人の差別を始めたためにブレンナ人は

自由を勝ち取るための独立戦争を起こした。

現在ブレンナ王国と呼ばれる地域は戦争で勝ち取ったのだが、

テンベレンス地方は良質の銅が産出されるために

ラド国王エドマンドは同地方を死守した。

その後、創世神聖教国の仲介で停戦になり

ブレンナ王国とラド王国に分裂するに至った。

以来ブレンナ王国はテンベレンス地方の開放を国の大事としているのだが、

初代ブレンナ国王クリフトン・ダリル・アルフォードが崩御して以降は

穏健派が国の大勢を占めテンベレンス地方の住人だけを

ブレンナ王国に移住させる交渉をしているのだが、

ブレンナ王国と比較して人口の少ないラド国にとっては、

テンベレンス地方の人間は銅山にとって

欠かせない労働力なので交渉ははかどっていない。

大陸北部随一の強国創世神聖教国が

ラド王国の方に肩入れしていると思われているので、

奪還を唱える強硬派は少数に留まっている。

 最近ラド国王位についた14代エセルバート王は

優生主義も否定し温和な人柄なので交渉が回転し始めようとしていた矢先の

今回のブレンナ国王の発症なのであった。


 クゥエンティン王太子は飛竜隊宿舎に赴くと早速開戦の準備を整えていた。

「飛竜隊はエーメリー傭兵団に合流し連絡を伝えそのまま指揮下に入れ

 テンベレンス侵攻は15日の日付変更と同時だ!」

エーメリー傭兵団はラド王国との国境付近に駐屯している軍である。

テンベレンス地方には隣接しているとは言え今日は11日、

実質あと3日で開戦準備をしろというかなり無茶な命令であるが、

命令であるゆえに無茶を通さないといけなかった。

「テンベレンス開放の悲願をこの手に!」

と王太子は叫び隊を鼓舞させたのだった。


  再会


 雲ひとつない蒼天の空の下、広い平地一杯にテントが隙間なく張り巡らされ

テントの間を革鎧姿の軍人が行き交いしていた。

その中でもひときわ大きなテント群の中には物資が山積みされていて、

そのテント群の前では1体の体長10m程の翼竜がくつろいでいた。

尻尾まで含めると16mはありそうだ。

「よっしゃ、これが納品書だ確認してくれ」

そう言ったのは皆と同じ革鎧を着た軍人の一人で

まだ若くあどけなさが残っている青年であった。

納品書を受け取ったのはもっと若いリボル・アビーク15歳。

周りとは違う半袖姿をした身の丈160cmあるかどうかの少年であった。

マッシュルームカットの黒い直毛が目立って見えた。

「確かに受け取りました、暑い中の重労働ご苦労さまです~」

リボルはそう言いながら納品書を腰のポーチに仕舞入れる。

「リボル、やっぱりお前か!」

リボルの後ろから大声でそう言う男がいた。やはり革鎧姿の軍人である。

リボルは振り向くやいなや嬉しそうな顔をしてその男に駆け寄る。

「アリスター兄さん!会えるとは思わなかったよ!」

満面の笑みでリボルが言った。

「ミーゴサッタから荷物が届いたって聞いたから

 お前かなと思って貯蔵庫に来てみたんだ

 会うのは半年振りになるな、ハリグラド商会の評判はよく聞くぞ

 ギルドの中のちびっこい飛竜乗りが一番早いってな、リボルお前のことだろ?」

ハリグラド商会とはリボルが所属する商業ギルドで、

多くの飛竜を従えているために数多ある商業ギルドの中でも抜きん出た存在だ。

「まーな、おいらが一番風を読めるからな、あったりまえさ!」

と自慢げに言う。

「少しは背が伸びたじゃないか、お前くらいの年頃だと

 あっという間に容姿が変わっちまうなぁ」

そう言うと兄のアリスターはリボルの頭に手をやり自分との身長差を確認する。

「そうそう、クロエが卵を産んだんだよ、とうとうクロエも母親になるんだ!」

と言ってくつろいでいる飛竜を指差す。

「おぉ、父親はあれか?ラウルのところのマクシムか?」

「まさかラウルのマクシムになんか嫁にやれないさ

 ダインリーさんの所のナタンが父親だよ」

ラウルと言うのはリボルと同じハリグラド商会に務める少年であり、

ダインリーはハリグラド商会の男性リーダーである。

「そうかナタンも体格が良くて早い飛竜だったからなー、立派な種竜になるなぁ」

そう言うと懐かしそうな表情を浮かべて青い空を眺める

「だよな!クロエも速いからきっと立派な子供が生まれるよ!」

リボルは嬉しさがとめどなく出てくる様子で笑顔が止まらない。

「しかし卵を産んですぐにこんな遠くまで出張ってきて大丈夫なのか?」

「なぁに、国一つ飛ぶくらいお茶の子さいさいさ!」

リボルの兄アリスターが所属するエーメリー傭兵団は

ブレンナ国境地帯のフルトン地方に駐屯しており

リボルが所属するハリグラド商会のある商業国ミーゴサッタの首都サビアからは

ブレンナ国を丸々またぐ300km程の距離になる。

飛竜が荷物を背負って飛ぶにはかなり大変な距離なのだが、

リボルの愛竜クロエは雌にしては体格が良く

リボルの風読みの力と合わせれば余裕で飛べてしまうのであった。

そもそもリボルは風読みなどという生半可な技術ではなく、

風の精霊シルフと会話ができる能力のために風を操る能力があるのだった。

「ま、楽勝なんだけれどそろそろ帰らないと夜までに帰れないからもう行くね

 あえて嬉しかったよ兄さん、また今度」

そう言うと兄と握手をするために手を差し出す。

「俺も意外な出会いで良い日になったよ、またな」といい握手を交わす。

リボルは飛竜のクロエに乗り込むともう一度振り返り兄に手を振った。

「さぁ、クロエ行くよ、フロランスまた頼むよ!」

フロランスとはリボルと仲の良い風の妖精シルフの名である。

風が舞い飛竜が羽ばたいたかと思うとあっという間に空高く飛び上がっていった。

そして兄の上を一周軽く回ると西へと向かって飛び去った。

蒼天の空に吸い込まれるようにあっという間に点となっていった。


  ハリグラド商会ギルド


 リボルがミーゴサッタ国の首都サビアに着いた時は夜の帳が下り始めていた。

リボルは飛竜のクロエを飛竜舎へと預けると商会の社屋へと入っていった。

社屋は2階建てで周りの建物と比べるとひと際大きさが目立つ建物だった。

社屋の両開きの玄関を入るとすぐに受け付けのカウンターがある。

リボルは腰のポーチから納品書を取り出して受付に渡した。

「はいリードさん本日の納品書です」

「おかえりなさーいリボル君、今日は長距離お疲れさまですー」

とリードさんと呼ばれた女性はやわらかい声で言った。

「おいらは1日に何軒も飛び回るより長距離のが好きかもなぁ」

などとのたまうリボル。

実際のところ本気でそう思っているのだった。

「リボル君、帰ってきたら顔を出してくれって

 孵卵室のアシュリーさんが言ってたわよ

 なんでも卵の中から寝返りの音が聞こえるようになったんですって」

「え、ホント!?」と言うと返事も聞かずに孵卵室に向かって走り出していった。

「館内は駆け足禁止よ~!」

とリードさんが言うが丸っきり聞こえていない様子だった。

 急いでいたリボルだが、孵卵室の扉を開ける時は恐る恐るであった。

あり得ることではないのだが卵が振動で落っこちてしまわないかと緊張したのだ。

孵卵室の中には5人ほどが待機していた。

「ゲイソンさん、卵から音が聞こえたんだって!?」

ゲイソンさんと呼ばれたのはアシュリー・ゲイソンという恰幅の良い女性である。

40程かと思う容姿で、孵卵室の一切を管理する孵卵室中核の人物である。

「ああ、戻ったのねリボル、こっち来てご覧なさい」

と言って手振りでリボルを呼ぶ。

亜熱帯のこの地方の中でも孵卵室は暖炉が置いてありひときわ暑く、

ゲイソンもタオルを首に巻きつけていた。

水筒は万が一にも卵にぶつかってはいけないので部屋の端に置いてある。

孵卵室には現在7つもの卵が各机の上に藁を敷いて置いてあった。

飛竜には繁殖期があり一斉に卵を産むのだ。

卵の大きさは50cm以上もあり灰色に黒い斑模様がついている。

リボルはそのうちの1つの卵の前へと近づいた、

そして卵にそっと耳をあててみた。

濁った音でボコッボコッと小さな音が聞こえる。

「もう、音が聞こえるだけじゃなくて時折り揺れるようになったのよ

 こうなったらもういつ生まれてきてもおかしくないねぇ、

 名前は決めてあるのかい?」

「雄だったらジルベール、雌だったらルシールっていうのはどうだろう」

「なんだい決めてあるのねぇ、

 雄だったらさぞかし体格の良い飛竜になるだろうねぇ」

卵から目を離さずにゲイソンが言った。

「うん、雄だといいな!きっと北大陸最大の飛竜になるよ!」

「なにせナタンとクロエの子だからねぇ、なるべくしてなった夫婦よねぇ」

ナタンは現在商会のリーダーを務めるチャド・ダインリーが騎乗していた飛竜で

その大きさは飛竜の中でも最大級のサイズであり一番の力持ちと言われていた。

つい先年に現役を退き種竜として期待されている。

クロエはリボルが物心ついた時には今は亡き父シリルが乗っていた雌飛竜だが、

当時はナタンとクロエは2大飛竜と呼ばれて活躍していた、

雌としては大きめの個体で最速の称号を持っている。

「大きくなったら誰が乗ることになるんだろう

 ダインリーさんが現役復帰すればいいのになぁ」

「ねぇ、ダインリーったらまだ39なのに事務室にこもりっきりで、

 おばちゃんが活を入れてあげちゃおうかしら」

ゲイソンもダインリーが飛ばなくなったことに納得してないようだった。

と言うよりも商会でダインリーが事務職に専念することに

納得している人はいないのである。

それ程にダインリーは風読みが上手くリボルを除いて誰よりも早く飛べるだろう。

 と言う会話をしていたら孵卵室の扉が開き、そのダインリー本人が入ってきた。

「あら、ダインリーあなたもナタンの子を見に来たのかい?

 ナタンの子に乗るのかい?」

と早速、現役復帰を焚き付けている。

「聞いたぞもう生まれそうなんだってな、楽しみなんだが今回はリボルに用事だ」

とリボルの方を向き続けて言う。

「ブレンナからとって帰ってきたところ悪いんだが

 明日朝イチでまたブレンナの首都まで飛んでくれないか

 ブレンナ国王が倒れたそうで

 ミーゴサッタ国は周辺で一番早く見舞い品を届けようということになったので

 夜が明けたらラウルと一緒に運んで欲しい、これが目録だ

 荷はお前たちが起きる前には飛竜に乗せておくぞ」

と言うとダインリーは鹿皮紙をリボルに手渡す。

「へぇ、国王が倒れたなんて大変だな、お家騒動とか起きるの?」

などと冗談を言いつつ受け取るリボル。

「ブレンナ国はもう太子を立てているからお家騒動はおきないさ

 それよりも国王が死んだら弔問品や次代の王への引き出物とかの出費のほうが

 ミーゴサッタとしては心配なんだよ議会の連中は」

と言って肩をすくめるダインリー。

「さすが商業の国、金の話ばっかりだ」と言って笑うリボル。

「まぁブレンナ首都のバンザまでは遠くない、すぐ行って帰れるだろう、

 そしたら次の日は休日でいいぞ」

「やりぃ、今日はもう休むとするね、んじゃゲイソンさん卵番お願いしますね!」

そう言ってリボルは孵卵室を出ていくのだった。


  嵐の予感


 翌朝もきれいな晴れの朝であった。

リボルが宿舎を出ると既にクロエは飛び立つ準備ができて待ち構えていた。

「リボル遅いぞ、置いて先に行こうかと思ってたぞ」

と言ったのはリボルのライバル、ラウル・ジャンボルニ。

リボルより2歳年上で身長は170cm程、丸っこい鼻がちょっと目立つ少年だ。

外国出身だが幼い頃からミーゴサッタに住んでおり

名前以外では外国出身とはわからない。

2体の飛竜には積めるだけの荷がごっそりと乗っていた。

「昨日遠出だったからちょと疲れてたんだよ、じゃ早速飛ぶか!」

「おう!」

 そう言うと2体の飛竜は順次滑走を始めた。

既に滑走場にいたラウルが先、その次にリボルと。

荷物を乗せている時は一定速度まで加速してからでないと

飛び立つことができないためだ。

2体の飛竜は空高くへと片道130kmの道程を飛び始めた。

「おいリボル、北の空」とラウルが言う。

「うんわかってる、到着までに降り始めそうだな」とリボルが返す。

北の空にはまだ遠いが積乱雲が見えていた。

「ありゃ大きいぞ、こりゃ今日は帰れなさそうじゃないか?」

ラウルはかなり心配そうな顔をしている。

「あーあ、明日の休み潰れちゃいそうじゃないか」

「だよなー」マクシムの背の上でがっかりしたさまを体で表現するラウル。

「ラウル、帰る体力を考えないで急ごうか」

「そうするしかなかんべ」

「ホイじゃ悪いがおいら本気で飛ぶな、ラウル嵐に煽られて落ちるなよー」

「ちっ、負けるかよぉ」

と言うとラウルは手綱を波打たせマクシムに全力を出させる。

「フロランス、今回は全力で力を貸してくれないか?」

とラウルに先を越されたリボルが言う。

「斜め下から追い風で良いのね?」となにもない所から女性の声が聞こえた。

「うん、頼むよ!」そう言った途端にクロエの速度がグンと上がり

あっという間にラウルを追い抜いていったのだった。

「ちっくしょーーーー!」とラウルの叫びが遠く聞こえた。


  嵐の下で


 ラウルがブレンナ王国の首都バンザの飛竜舎へたどり着いた時は

嵐が本格化しようという所だった。

「なんとか間に合ったなラウル、もう横風も限界まで吹き始めてる」

びしょ濡れのまま飛竜舎へ入ってきたラウルにリボルがそう言いながら、

マクシムの荷降ろしを手伝いにかかる。

「荷物が多すぎなんだよなぁ」とマクシムが愚痴をこぼす。

「今回は本当に重かったな、クロエももう疲れ果てちゃったよ」

荷物は飛竜舎の人間も手伝い順次王城へと向かう馬車に乗せていった。

「これで全部かい?」と飛竜舎の者が問う。

「はい今回は2体分です」とラウル。

「では受領証にサインするので少々お待ちを」

と言って革鎧を着た男は飛竜舎の事務室に入っていった。

事務室の入り口で受領証を受け取るとリボルは

「あっちに休憩室があるよ、着替えも貸してくれるって」

と言ってラウルを引っ張って行く。

「そのサイズの服しかないのか、おらっちにもでかそうだな」

とラウルはリボルの着ている服を見る。

リボルの着ている服は体格の良い軍人用なのでダボダボなのであった。


 一方その頃城の中で異変があった、国王が意識を取り戻したのである。

国王が目を覚ますなり医者がクゥエンティン王太子のやっていることを告げる。

「ばっかものがーー!」と室内で王が叫ぶと

部屋の前を警護していた親衛隊がびっくりして入り込んできた。

国王は入ってきた親衛隊に言い放つ。

「お前たち、クゥエンティンの言いなりになっていたのか

 何をやっているんだバカモノ!」

大声は出せるのだが体がうまく動かせないようであった。

続けざまに王は問いただす。

「クゥエンティンは攻撃命令を出したのか?」

親衛隊の一人が「はい」と言うと

国王は動かしにくい体を身をよじらせて悶絶した。

「紙と筆を!命令撤回文を出す!」

国王にそう言われると医者が小机ごと国王のベッドの横へ差し出した。

国王はあっという間になぐり書きすると親衛隊の一人に紙を渡す。

「大至急撤回命令をエーメリー傭兵団に送るのだ、最速の飛竜でだ!」

そう言われた親衛隊は申し訳無さそうに言う。

「しかし、外は大嵐になっております

 とてもではありませぬが飛竜は飛べませぬ」

国王は小机をドンッと叩く。

「死んでも良いから飛ばすのだ!

 撤回命令が間に合わなかったら我が国は消滅するぞ!存亡の危機だ!

 それと、クゥエンティンを拘束しろ!あやつは廃嫡だ!」

そう言われると2人の親衛隊は1人が飛竜舎へ、

いま1人が親衛隊宿舎へと走っていった。

それを見届けると国王は両手で頭を抱えこんだ。

「バカモノ、バカモノ…

 攻めれば聖教国が出てくるのが何故わからないんだ……」

独り言はいつまでも続いた。


 リボルとラウルは休憩室でマーロニー茶を飲んでいた。

北方独特のマーロニーという苔を煎じたぬるいお茶である。

リボルとラウルの他にも数名がお茶をすすってそれぞれに談義をしていた。

そこに1人の飛竜兵が入ってきた。

「おい、今度は攻撃撤回の命令だとさ」と入ってきた兵が言う。

「嵐が収まるまで飛べないんだ、間に合うわけ無いだろう」と茶を啜っていた兵。

「だがそうするとエーメリー傭兵団は無用な戦いを始めることに…」

休んでいたもう1人の兵が言った。

リボルはその一言を聞いた瞬間に顔面が蒼白になる。

「エーメリー傭兵団が戦うの!?」とリボルは兵たちを見回しながら問う。

部屋に入ってきたばかりの兵が答える。

「あぁ、今夜ラド国を攻撃する命令が出ているんだが

 今さっき攻撃撤回の命令を持って飛べと言って親衛隊が飛び込んできたんだ

 兵長がこの天気で飛ばせるわけ無いと説明しているんだが

 向こうは飛べの一点張りで押し問答中さ

 たとえ飛べたとしても時間がもう間に合わないだろう」

と言ってその兵は長椅子に座り込む、

入れ違いにリボルが部屋から飛び出していく。

「おいリボル!どこ行くんだ!」

とラウルが言う頃にはもう部屋から見えなかった。

 飛竜兵舎長と親衛隊が押し問答をしている所へリボルが飛び込んできた。

「おいらが飛ぶ!」と叫んで親衛隊を大きく見開いた目で見る。

「おい、お前も飛竜乗りならこの天気わかるはずだろう、坊主何を言ってるんだ」

と兵舎長が言うが、リボルは

「俺なら飛べる!おいらにはシルフが付いてるから!」と突っぱねる。

「外国の客人にそんな危険なことさせられるわけなかろう、坊主静まれ」

と兵舎長が諭す。

「客じゃない!エーメリー傭兵団には兄さんがいるんだ!

 いらない殺し合いなんかさせられるわけないじゃないか!

 おいら死んでもいいから行かせてくれよ!」

と鬼気迫る表情でリボルに言われると兵舎長は何も言えなくなった。

「君が行ってくれるんだね?」と親衛隊が聞きなおす。

「ああ!」と言うリボルに親衛隊は命令書を差し出す。

命令書を掴むなり「クロエ!」と叫ぶとクロエが走り込んでくる。

「クロエ、フロランス頼む飛ばさせてくれ!」

言いながらリボルはクロエに飛び乗り、

夜が近づいて更に嵐で暗くなっている空へと飛び立った。


  嵐の中のリボル


 横風が殴りつける嵐の中、リボルは奇跡とも言える飛行を続けていた。

フロランスがクロエの周りに風の膜を作り横風を和らげていたのだ。

リボルは兄アリスターのことで頭がいっぱいだった。

幼い頃に両親が死んでから、

年の離れたアリスターが1人でリボルを育ててくれた。

幼い時、料理から何から全て兄がやってくれた、

飛竜の乗り方を教えてくれたのも兄である。

今はしがない一般兵になっているが、

かつては父にも劣らない飛竜乗りだったのだ。

ハリグラド商会で飛竜を駆っていたのだが戦火に巻き込まれ、

左手に怪我を追ってしまい飛ぶことができなくなった。

怪我をしてから飛竜の世話係になる道もあったが

それでは2人は食べていけなかった。

なので兄が傭兵団に入ったのもリボルを育てるお金を稼ぐためだ。

リボルにとっては兄とクロエが人生の全てなのである。

兄さん、おいらが絶対に死なせない、絶対に間に合わせるんだ!

そう祈りつつ飛んでいるが、既に周りは真っ暗である。

クロエも真っ暗な中飛ぶのは恐怖だろうが、リボルに全幅の信頼をおいている。

常に風の轟音が響き渡り、

やもすると上下すらわからなくなってしまいそうだった。

緊張と雨に濡れる寒さで体がこわばっている。

それでも飛べているのはフロランスが高度と方向の指示をしてくれているからだ。

フロランスは「体が右に傾きすぎてる、少し左に」など、

空のことなら何でも知っているかのごとく事細かにリボルを導いていた。

フロランスの言によればもう130km飛んでる

あと40kmのところまで来ていた。

だが、そこでリボルの右足が攣ってしまった。

リボルの右足が急激に伸びたのを感じたクロエは方向転換だと思い急旋回する。

予想のしなかった急旋回にリボルはバランスを崩しクロエから落下しそうになり、

それが更にクロエをパニックにさせてしまった。

クロエとリボルは急速に森の中へと墜落していった…

 リボルが目を覚ますとクロエが心配そうにリボルを覗き込んでいた。

墜落したのは思い出した。

「いったいどのくらい気を失っていたんだ」リボルがつぶやくと

「まだ、墜落してから2分も経ってないわ」とフロランスが教えてくれた。

リボルが体を起こそうとすると体中に激痛が走った。

手足は折れてはいないようだが打ち身がひどい、肋骨はかなり痛む。

それでも再び飛ぼうと、

腰のポーチが無くなっていないのを確認してからクロエに乗り込む。

体中の痛み全てがリボルの意識をはっきりさせてくれた。

「クロエ、フロランスお願い!」と叫ぶと再びクロエは森を真上に抜け出し、

そのまま加速を始めまた真っ暗な中を飛び始めた。

激痛に耐えるためにより一層体の力加減を調節して

なんとかクロエをコントロールしていく。

あと40km普通なら15分の距離だ、

嵐で半分の速度でもこれなら行けるとリボルは気力を絞り出した。

それからまもなく鈍い灯りが見えた、駐屯地の灯だ。

 リボルが駐屯地に着いた時、

兵士たちは既に嵐の中で進軍のための整列を終えていた。

そこに1体の飛竜が飛び降りてきて兵たちは一瞬どよめく。

リボルは声を振り絞って叫ぶ「伝令です一番偉い人はどこにいますか!?」

間もなく馬に乗った将校がリボルの元へとやってきた。

「伝令だと?」と将校が問う。

「国王陛下の勅命です、攻撃は中止を!」

そう言って命令書を渡すとリボルは力尽きて気を失ってしまった。


  終章…


 再びリボルが気づいた時、嵐はとっくに過ぎ去り既に夕方になっていた。

「気がついたか」そう言ったのは兄のアリスターであった。

そこは大きめのテントの中でリボルは簡易ベッドの上に寝かされていた。

「おいらは間に合ったのかい?」

体は痛くて動かせず顔だけを兄の方に向けて言った。

「ああ、お前よくやったよ、クロエも本当によくやったよ

 お前たちは俺の命の恩人だ」

アリスターのその一言でリボルは脱力した。

「お前は肋骨にヒビが入っている以外は全身打ち身程度で

 2~3日で歩けるようになるとさ

 あと、もう丸一日何も食べてないだろ、今スープをもらってくるからな」

そう言ってアリスターはテントを出ていった。

リボルは嵐の夜を思い出した。

よく、あんな真っ暗な中を飛んだもんだ。

今度やれと言われても無理だろう、

昨日の恐怖を思い出しただけで身震いが出てしまう。

体の痛みが、今生きてることへの感謝へと繋がっていった。

 すぐに兄がスープを手に入ってきた、すぐ後をラウルも一緒に入ってきた。

「ラウル来ていたのかい」リボルはそう力なく言う。

「ああ、いまさっき着いたところさ」ラウルは落ち込んだ表情でリボルを見る。

「無茶しやがって」っと一言足す。

「リボル、起き上がれるかい?」

と言って兄は体を支えてくれ、起き上がることができた。

スープを差し出され一口口に入れるとリボルは思い出したように言う。

「ラウル、クロエにもご飯をあげておいて」

ラウルは聞こえてたがしばらく答えなかった。

「リボル、…クロエは死んだよ……」そう言って視線を落とすラウル。

あまりにも唐突すぎる言葉にリボルは理解できないでいた。

「一度墜落したんだろ?その時クロエは致命傷を負っていたんだよ」

とラウルは説明した。

「うそだ、だってその後も飛んだじゃないか!」

そう言葉を発したがラウルが嘘を言ってないことを感じていた。

自らもそれだけの怪我を負いつつリボルを信じて飛んでくれた。

「クロエ……」リボルはそう言うだけで涙すら出ないほどに気落ちをした。

「だがな、俺はクロエの死を告げるためにここに来たんじゃないぜ」とラウル。

「クロエの子生まれたとよ、雌だったそうだ」

リボルの心に一筋の光が灯った感じがした。

「そっか生まれたか…、雌ならルシールだな…」

そう言った時に初めて涙がこぼれだした。

生と死、その二つを同時に味わう感情は言い表せるものではなかった。

複雑な感情に身を任せつつリボルはスープに手をやった。

駐屯地から見える太陽は地平線へと沈んで行くとこであった。


  後日談


 ブレンナ国王シミオンは歩けるほどには回復し、

クゥエンティン王子は廃嫡され国を追放された。

ラド王国は今回の件でのクゥエンティンの動きは全て把握していて、

テンベレンス地方はすでにラド王国兵が待ち構えていた事を

ブレンナ国王は後で知ることになる。

ラド国王エセルバートはクゥエンティンが放逐されたことで

今回のことはなかった事にしてくれ、

テンベレンス地方のブレンナ人移住に関しての交渉を前向きに再開した。

 リボルはルシールの世話で大忙し。

リボルが一人前に稼げるようになり兄のアリスターも金銭的に余裕が出たので、

傭兵を退役してハリグラド商会の飛竜世話役をすることになったのであった。

ハリグラド商会の飛竜舎へ行くと

兄弟で飛竜の世話をしている姿を見ることができる。

ルシールの背に乗って飛ぶリボルの姿は半年後には見れることであろう。

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