僕のメガネどこにいった

丸焦ししゃも

僕のメガネどこにいった

 僕のばーちゃんは名探偵だ。


 僕はそそっかしくてうっかりものだから、よく“なくしもの”をするが、ばーちゃんはそれを5分もかからずに見つけることができる。


 制服の外れてどこかにいってしまったボタンだって、どこに置いたか分からなくなった筆記用具だって、ばーちゃんにかかればイチコロだ。



 ——けど、今日の朝のばーちゃんはどうも様子がおかしかった。


「ねぇねぇ、僕のメガネ見てない?」

「メガネ……? 見てないねぇ」


 今日のばーちゃんは、どうもいつもと様子が違う。

 いつものばーちゃんならすぐに一緒に探してくれるはずなのに。


「洗面所じゃないの?」

「さっき見たけどなかった」

「頭の上とかっていうお約束はないよね?」

「まさか」


 自分の頭をぽんぽんと叩いてみるが、メガネの感触は当然なかった。


「もう一回、自分の心当たりのところ探してみなさい」

「うん」


 いつもなら僕にとても優しくて、何でも一緒にやってくれる名探偵のばーちゃんが、あえて僕を突き放すような言い方をする。


 ……。

 いつもばーちゃんはうちの母ちゃんに怒られていた。


 ばーちゃんは僕を甘やかしすぎ! だって。

 もしかして、それで今厳しくしているのかもしれない。



 2階の自室に戻り、手のひらの感触を頼りに、心当たりのある場所を探す。

 ベッドの枕元も確認するが、メガネらしきものはやっぱり見当たらない。


 僕は、幼い頃から目が悪いので、メガネがない状態でこういう探し物は正直しんどかった。

 あたりがボヤっとしてよく見えないので、床を這いつくばり、顔を近づけながら探すしかなかった。


「んー、全然ないな」


 手探りであちらこちら探すも、どうやら僕の部屋にはないようだった。


 仕方がないので、再び一階に戻る。


 一階の居間では、ばーちゃんがじっとテレビを見ている。

 夢中でそのテレビを見ているので、僕もばーちゃんの視線の先に目をやってみる。

 その視線の先は、朝のワイドショーで取り上げていた“ガン特集”だった。

 ばーちゃんは一言も発することなく、じーっとそのテレビを見ていた。


「……どうしたの? 具合良くないの?」

「ん? そんなことないよ。それよりメガネ見つかったの?」


 居間のばーちゃんになんとなく心配になって声をかけるが、何だか今日のばーちゃんの口調はいつもより少しきつく感じる。


「まだ」

「もう一回ちゃんと探してみなさい」


 いつものばーちゃんなら止まることのない電車の様に働いているのに、今日は居間でお菓子を食べながらずっとテレビを見ている。


 ――やっぱり今日のばーちゃんは様子がおかしい。


「……僕にできることがあったら言ってね」

「どうしたの急に?」


 僕がそう言うと、うーんとばーちゃんが考えこむ。


「こんな風に大きく育った姿をみせてくれただけでも私は満足だよ」


 まるで、お別れを言われる前みたいなことをばーちゃんに言われてしまった。




※※※




「あら? どうしたの?」


 下駄箱のシューズボックスの上を手探りでメガネを探していたらばーちゃんが話しかけてきた。


「……ううん、何でもないよ。ちょっと探し物」

「大丈夫? 私も一緒に探そうか?」

「ううん、大丈夫」

「そう? 何かあったら言ってね」


 ばーちゃんが名残惜しそうに2階に上がっていった。


 ……ばーちゃんに何があったかは分からないが、あんまり心配させるのはよくないことだと思う。

 


 ——大きい病気か何かだろうか。


 ばーちゃんの旦那さん……僕から見ればおじいちゃんは、お父さんが僕の年齢の頃に亡くなってしまったらしい。原因はガンだと聞いたときがある。。

 それからばーちゃんは一人でなんとか、僕のお父さんを育てていったらしい。


 ばーちゃんは、どんなときでもじいちゃんのいる仏壇を綺麗にしている。

 いつも綺麗に花は飾ってあるし、お供え物のお菓子もいつも新品のものだ。

 誰かに何かおすそ分けをいただいたときも、真っ先にじいちゃんのいる仏壇にそれを備える。

 まるで、いつまでもじいちゃんを想っているかのようにその仏壇を愛おしく扱っているのだ。


 当然、僕はじいちゃんとは会ったときがない。

 それでも僕はじいちゃんのことが好きだった。

 いつまでも、いつまでも、そうしているばーちゃんの旦那さんだったのだから、きっと素敵な人に間違いないからだ。


「大丈夫? やっぱりばーちゃん手伝おうか?」


 いまだに、シューズボックスのあたりでもぞもぞしていたら、ばーちゃんが再び戻ってきてくれて僕に話しかけてきた。


「ううん、大丈夫だから」

「そう? なんだか寂しいねぇ。探し物だったら私、名探偵になれるのに」

「僕もばーちゃんみたいな名探偵になりたいんだ」

「あら」


 僕がそう言うと、ばーちゃんは少しだけ嬉しそうにして2階に戻っていった。




※※※




「メガネ見つかったの?」

「見つからない……」


 居間に戻り、ごそごそと周りを探していたらまたばーちゃんが話かけてきた。


「全く、今日学校休みだから良かったものの」


 はぁ、とばーちゃんが大きくため息をつく。

 やっぱり今日のばあちゃんは僕に少しだけきつく言う。


 その、ばーちゃんはというと居間にある仏壇の掃除をしていた。


「私もいつかここに入るんだから見習わないとね」

「ここに入る?」

「みんな亡くなったら、同じお墓に入れればいいねって話」


 テキパキとばーちゃんは仏壇を綺麗にしていた。

 僕も手伝いたい気持ちはあったが、とりあえずメガネを探すのが最優先だった。


「私の遺伝かなぁ、目が悪いの」

「うち、みんなメガネだもんね」


 ばーちゃんがそんなことを申し訳なさそうにつぶやく。


「いいじゃん、みんなおそろいで」


 どこか辛そうだったばーちゃんに、なるべく明るく返事をする。


「ふふっ、あんたが素直な子に育って嬉しいわ」


 ばーちゃんが満足そうに笑っていた。




※※※




 ……ない。


 ……ない。


 ない!


 どこにもない!!


 心当たりあるところはひととおり探したが、どこにもメガネがない!

 そろそろ、目を細めて探し物しているのも辛くなってきた。


 ——もしかして、学校に忘れてきた?

 いや、いくら僕でもそれはない! と思うが、何だか、自信がない。。

 

 もう、この際一緒にばーちゃんに探してもらおうかなぁ。

 ばーちゃんなら5分もかからずにいつも見つけてくれるのに。


 ……けど、もしばーちゃんが具合悪かったりすると嫌だしなぁ。

 最悪、母ちゃんに正直に話して新しいのを買ってもらおうか。


 うーんと頭を悩ませていると、ばーちゃんの声が聞こえてきた。


「もしかしてこれを探していたのかい!?」


 ばーちゃんのてのひらには僕のメガネがあった!!


「えっ!? なんで分かったの!? どこにあったの!?」

「ごめんね、昨日洗面所でそのままになってるの見たから、仏壇の引き出しに入れておいたの。大切なものだからね」


 ばーちゃんのてのひらからメガネを取って、ようやくメガネを装着することができた。

 ばーちゃんのしわくちゃの優しい顔が良く見えた。


「ううん、ありがとう! ばーちゃん具合悪いのかなと思って、何も言えなくてごめん」

「具合悪い?」

「朝、居間でテレビのガン特集ずっと見ていたから」

「朝? ばーちゃん今日はほとんど2階にいたよ?」

「?」

「あー」


 ばーちゃんが何かを察したようだった。


「慎吾ちゃんは、やっぱりメガネつけてないとダメだね」

「えっ? そうだけどどういうこと?」

「ううん、下にいる和美さんが今日は何か機嫌がいいなぁと思ったらそういうことだったのね。私と和美さん声が似てるから」

「え? だからどういうこと?」

「ふふっ」


 ばーちゃんが何かを自分だけ分かったかのように笑っていた。

 僕にはなんのことだかさっぱり分からなかった。


 何でも分かるんだから、やっぱりばーちゃんは名探偵だ。

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僕のメガネどこにいった 丸焦ししゃも @sisyamoA

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