少女になって

 十三歳で神樹の森まで長い旅をし成人の儀を行った後、

貴族の家とはいえども例外なくエルディー国に徴兵ちょうへいされ、

徴兵女性のプログラムである基礎トレーニングを二年間させられた。

ディクマから剣技を教わり、

ガキ大将であったちまには基礎トレーニングは退屈そのものであった。

十五歳になると男性の徴兵組と合流し各任地へと送られるのだが、

やはり貴族の優遇はあり、チマは辺境ではなく首都警備の任務を与えられ、

治安の良い首都なのでかなり気楽に仕事ができた。

十曜の内、警備六日、訓練二日、休暇二日というスケジュールであった。

この世界では一週間は十日である。

それに加えて正月休みが五日で一年を形成している、

うるう年は正月休みで調整される。

日付の調整は太陽暦である。

 同じ部隊の仲間は皆初対面であったが、

それ以外にも首都警備になってから新しい出会いがあった。

アーヴェという同い年の人間の女性で多少褐色の肌で茶色の髪をしており、

垂れ目に鼻も多少長めとエルディー国ではかなり目立つ顔立ちだが、

足が悪く車椅子に乗って移動しているので更に目立つ。

エルディー国のある大陸南部には車椅子という概念すら定着しておらず、

初めて見る人はつい二度見をしてしまうくらいに印象が強い。

チマが輸入商店を見ている時にアーヴェが隣に来たので、

チマも例外なく二度見してしまったのだが、

遠慮のないチマは躊躇ちゅうちょなく話しかけてみた。

「珍しい乗り物ね、それって足の悪い人を運ぶ乗り物なの?」

話しかけられることなんてまずなかったアーヴェは少し戸惑った後答えた。

「はい、足の悪い人用に大陸北方で発明された道具なんです。

手の力ではすぐ疲れてしまい近場しか動けないのが欠点ですが」

「あなたも北方の人なの? 肌も褐色っぽいし」チマはずけずけと聞く。

「私はご先祖様が北方の人だそうですが、

ご先祖様がこの国に来たのは大分昔なのでもう血も薄まってるみたいで」

なんだ北方の人だったら話を聞きたかったのにとチマは思っていた。

「あたしはディクマの子チマ、最近首都に来た衛兵よ」と言い右腕を出す。

アーヴェは握手しながら紹介を返す。

「私はアーヴェ・ナルディ。近所に住んでいるので、

また会ったら宜しくお願いしますね」と微笑ほほえみながら答えた。

「勤務先はあたしも近いからまた会えるかもね。

それで足はどうしたの? 事故?」またも遠慮なく聞くチマだった。

「はい、小さい頃に馬車が横転した時に膝を壊してしまいまして」

アーヴェがそう言った時、目の前にいた店主が不機嫌そうに言い放つ。

「あんた達、買わないんなら邪魔なんだが…」

「おっと、そうだルームメイトのお土産買いに来たんだった」

「ふふ、私も珍しいものがないか見に来たのでしたわ」

そして二人はあれはこれはと品を手に取り話をしながら、

お互いに買うものを決め軽い挨拶をしただけで分かれたのだった。

分かれる頃には二人はすっかり仲が良くなっていたのだが、

二人共遠くない内に再開できると確信して再開の約束なしの別れだった。

その通り、一週間後にはお互い散歩している所で出会った。

その日はチマが車を押し、丘の上公園まで行って好きなだけ話しあった。

 それ以後もずっと二人の付き合いは良かったが、

付き合うほどにアーヴェの心に壁があることをチマは感じていった。

(やっぱり、歩けないことに対しての鬱屈うっくつなのかな~)

いくら遠慮のないチマといっても、

心の奥にある引き出しを引っ張り出すような質問は流石さすがに控えていた。

(でもなんとか心を開かせることはできないのかな)

日が経つにつれ聞くべきか聞かざるべきかの葛藤かっとうは強くなっていった。

一年以上そんな葛藤が続いていたある日、ふと幼い時の事を思い出した。

「アハーディの森の妖精……」チマはそうつぶやくと

一緒にパトロールしていたルームメイトのイーニが聞き返した。

「チマ、今なんて言ったの?」

「あ、独り言よ」慌てて答えたチマ。

「こら、お仕事中! ぼんやりしないで」

イーニはチマの頭をコツンと叩きながら言った。

アハーディの森での思い出。

それは大人になってからのチマになら恐ろしさが良くわかった。

(妖精は悪さをするけれど嘘はつかない、嘘という概念がないのが定説…

それなら死んでなければ何でも治せると言った妖精の言葉は信用できる?)

もし本当だとしても、生きて戻れない可能性の方がはるかに高い。

(ありえない)チマはそう思い直し記憶から忘れ去ろうとした。

 その頃にはアーヴェも腕の力がつき一人で公園に行けるようになったので、

二人の待合場所は公園に決まっていた。

チマは休日にいつものように公園までゆっくりと散歩して行った。

いつものベンチ脇にアーヴェがうつ向いて座っていた。

「アーヴェ♪」とチマは陽気にアーヴェの肩を叩いたが

アーヴェが振り返る様子はなかった。

チマがしゃがみこんでアーヴェの顔を覗き込むとアーヴェは泣いていた。

「アーヴェ、何があったの!?」そう問いかけるチマ。

しかしアーヴェは顔を横に降って小さく答えるだけだった。

「なんにもないの、いつもどおりなんにも…」アーヴェは大粒の涙をこぼす。

チマはなんて答えてよいのか分からなく返答に困っていると、

アーヴェが再び小さな声で話し始めた。

「毎日毎日一人で近所の散歩を繰り返してして、

親は義務的にご飯を作るだけで話もしてくれない。

チマちゃんだけがお友達で、ここに来るのが唯一の楽しみ。

…いっそのこと死にたい、もう消えてなくなりたいの…」

それを聞いてチマは衝撃を受けた。

アーヴェの心の壁の中を垣間見たからだ。

チマが返事できない間アーヴェはずっとすすり泣きを続けている。

(死ぬことまで考えているのなら、アハーディの森もあり?

でも森は車椅子じゃ通れないし、一人で行けと言うのも…。

親友のためにあたしは命をけられる?)

その自問に軍属でつちかった決断力が働きチマは即決した。

「万が一その足が治るとしたらアーヴェは命を懸ける?」

アーヴェは体勢を保ったまま黙っていたが、彼女のすすり泣きは止まった。

おそらく質問の意味が理解できないのだろう。

そう思ったチマはもう一度ゆっくりと話した。

「あなたの足を治す方法はあることはあるの。

でもそこは治るよりも死ぬ可能性の方がずっと高い場所なのよ」

今度はアーヴェにもはっきりと意味が通じアーヴェは間髪入れずに答える。

「父も病気がちで貧乏だし、足が治らなければどうせ私は野垂れ死ぬの。

わずかでも可能性があるのなら死を覚悟であたしは何でもするわ」

体に力を込めチマを見つめるアーヴェにチマが言った。

「アーヴェ一人だとたどり着けない場所だからあたしも行くね」

そう言われると逆に急に心細くなるアーヴェ。

「チマちゃんまでもがそんな危険なところに行かなくても…私一人でいいよ」

だがすでに決断しているチマ。

「あたしも行くの、もう決めたの、後はいつ行くかね。

朝早くから出ないとたどり着かない場所なんだよ」

きっぱりと言われたアーヴェは自分でも気づかずにほっと安心していた。

「私は日にちが早いほうがいいわ、チマちゃんが許すならだけれども」

「なら五日後の三月二十日が休日だから朝八時にここで待ち合わせで。

二村分移動することになるから疲れることは覚悟しておいてね」

その日はその会話だけで分かれることになった。

次の休日までの四日間、二人はひどく緊張して過ごした。

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