プロローグ チマの章

チマの幼少期

 創世七二六年、ディクマという平貴族のエルフの男の元チマは産まれた。

金髪碧眼と平均的なエルフの女児であり、多少父親の血が濃い顔つきだった。

チマの母親は難産により産後二ヶ月で他界した。

この世界の貴族は平貴族、中貴族、上流貴族と大まかに三種あり、

平貴族などは村長に毛が生えた程度のものである。

ディクマは小さな国エルディー国の首都マッサ近郊にある村を、

二つ程抱えているだけの小領主であり小間使いを数人雇う程度で手が一杯だ。

最初からチマの育成に悩むことになる。

小間使い一人に暇をやりチマの子育てとして乳母を一人雇った。

一歳を少し超えた頃、無事に卒乳してなんとか一息つけたが、

歩きを覚えた頃にはかなりのわんぱくに育っていて、

一瞬でも目を離すと何をしでかすのか分からない程に手をやいた。

 チマが産まれたときからディクマはチマの育児に参加しようと、

一年程をかけて副官に村の運営や物流などの指揮を任せられるようにと、

副官への指揮権の共有体制などへと領内の制度を移行していた。

ディクマがまとまった時間を取れるようになったのは、

チマが丁度わんぱくさを見せ始めた頃であった。

 ディクマが育児に参加し始めた頃、既に子煩悩の片鱗を見せ始めていた。

チマが失敗をして乳母にしかられてもディクマは「まぁまぁ」と言ってなだめる。

一事が万事そんな調子でチマは甘やかされて育てられ、

ディクマが自分の子煩悩のせいで育て間違えたと悟った頃には、

チマは七歳程にまで成長していた。

その頃にはチマは領地の村々でガキ大将として名を馳せており、

年上の男子相手にもチャンバラで負け知らずになっていた。

剣術はディクマから直接教わっており、

我流の他の子供とは違い効率の良い戦いをしているので、

村人の子供程度では勝てなかったのだ。

騎士にあこがれる年頃の子供達にとってチマは強きヒーローだったのだ。

 そんな年頃の秋の日、村々では子供まで参加しての小麦刈り入れで、

チマは遊ぶ相手がいなくて一人小さな丘の上に座って領地を眺めていた。

領地から離れた遠くの辺りに森が見える。

その森はエルディー国では古くから立ち入りを禁止されている森であった。

チマは無性に興味を持ち、突然その森に向かって走り出していた。

一時間程小走りに走った後森へとたどり着いた。

立入禁止といわれながらも特に柵などは作られておらず普通に森へと入れた。

森の入り口近辺はそれ程木の密度は高くなく見通しもかなりあったが、

十五分程も歩いていると木の密度は急激に高くなり、

日光もあまり入らず辺りは暗くなってきたのだが、

チマは全く気にせずどんどん奥へと入っていく。

エルフは先天的に方向感覚が良く森の中でも不都合なく歩ける。

 森に入り一時間程経った頃チマは普段とは勝手が違うことに気づいた。

時間はお昼少し前になった頃である。

どこからともなくひそひそと話し声が聞こえ、

時折「こっちこっち」と呼ぶ声もした。

不安もあったがチマは好奇心には勝てず声のする方向へと進んでいった。

更にしばらく歩いていくと突然森がひらけ小さな湖へとたどり着いた。

暗い場所からいきなり太陽光が反射する湖を見て目がくらんだ瞬間、

チマは二十センチ位の虫みたいなものが飛んでるのが見えた気がした。

大きさ的には鳥のようだが動き方が虫のように複雑に動いたように見えた。

目が慣れてきた頃には虫みたいなものの正体がわかった。

羽の生えた小さな人型の生き物だった。

「ようせいさんだ!」とチマが大きな声で叫んだ。

物語で聞いた姿形の妖精が何体も岸辺にある花畑の上を飛び回っていた。

「来たよ、来たよ!」と妖精たちの声がチマに聞こえた。

「ようせいさん、あたしはチマ、つかまえちゃうぞ~!」

チマは大喜びで花畑の中へと入り込み妖精を追いかけた。

「捕まらないよ!」と妖精たちはたくみに逃げ回る。

チマはしばらく追いかけ回していたが午前中歩き続けでお昼も食べておらず、

すぐに力尽きてしまい仰向けになって花畑に寝転んだ。

妖精たちは警戒しつつチマに近づいていく。

「疲れた? もう疲れたの?」と妖精が話しかける。

「おなかがすいた!」と偉そうに言うチマ。

「じゃ、こっちおいで、おいで」そう妖精が手招きをする。

チマが後を付いて少々歩くと十メートル程の崖の下に小さなほこらがあり中へと入る。

奥の方に何かあるようだったがそこまでは案内されず入口近くに座り込む。

待っていると二体の妖精が小さなつぼを持って飛んできた。

別の妖精二体が木の皿を持ってくる。

「もうちょっと待つの、待つの」と壺を持ってきた妖精が言う。

五分も待たないうちに外から何体もの妖精が切り取った植物を持ってきた。

皿の上に植物を置いて、その上から壺に入った液体をかける。

「これで食べるの」と言って一体の妖精が木のフォークを差し出した。

チマは一口食べてみる。

液体はドレッシングであることが分かった。

中々の味で普通にサラダとして美味しかった。

あっという間に食べ終わると、ごちそうさまも言わずにチマが問う。

「人の使うものもあるのね」

その言葉に妖精たちはクスクスと笑う。

「ふふふ、人が生活できる物はなんでもそろっているよ」

妖精の一体がそう言った。

「ようせいさん達はものがたりで聞いたみたいにまほうは使えるの?」

チマは更にそう聞く。

「いっぱい、いっぱい使えるよ」

妖精たちは皆大きく両手を広げながら言った。

「いっぱいってどんなの?」チマは興味深そうに妖精に顔を近づける。

「風を吹かせて人を転ばせたり、土で壁を作って道を塞いだり、

大きな水たまりを作ったり、怪我を治したり…」

妖精達が各々しゃべるので聞き取りにくかったが、

殆どの事がいたずらに関するものばかりだった。

「さっきすりむいたひじのこのけが治せる?」とチマが右肘を見せる。

一体の妖精が手をかざしただけで魔法の詠唱もなく傷が一瞬で治る。

「すっご~い、どんなけがも治せるの?」とチマは興味津々きょうみしんしん

「死んでなければ何でも治せるよ、えっへん!」と妖精は自慢気。

「食べ終わったから追いかけっこ、またやろうよ」と別の妖精。

「野菜にかけたの元気になる薬、もう元気!」壺を持ってきた妖精が言った。

確かにチマは食べ終えた直後なのにもう疲れはえていた。

「よ~し! つかまえるぞ!」

そう言うなり近くの妖精を捕まえようとしたが、

その妖精はするりと手をすり抜けて笑いながら外へ逃げ出した。

それを合図に一斉に十数体程の妖精達が外へと飛び出していった。

チマは追いかけるが妖精達は風を使いするりと避けたり、

草を結んでチマを転ばせたりと手慣れた様子で逃げ回る。

 そんなこんなで遊び回っていたが三時頃になるとチマは空を見て、

「もうかえらないと、夜までにもどれなくなっちゃう」と妖精達に告げた。

妖精達はつまらなそうな表情になり「また来るよね、来てね」と別れを言う。

チマは手を振りながら森の中へと戻って行く。

深い森であったがチマはほとんど一直線に急ぎ足で歩いた。

急いだこともあって夕方前には森から出ることができた。

入った時と大して離れていない場所に出たのでそのまま帰宅しようと思う。

少し歩くと村人がいたので「きんろうごくろう」と偉そうに挨拶をする。

その村人はチマを見て口をあんぐりと開けて仰天の顔をした。

チマは自分の顔が変なのかと思い、

ほっぺたをむにむにと摘んでみたが別に異常は感じなかった。

そしてその村人が驚きの表情のまま言った。

「りょ、領主様の娘さんじゃないか!」

チマは当たり前の事を言われて、まるで意味がわからなかった。

「あたりまえじゃない!」

村人は眉をひそめて尋ねる。

「いつお戻りになられましたので?」

「は?」チマはそう聞き返した時に周りの異常に気づいた。

沢山あった小麦畑の収穫が全て終わっているのである。

「あ、あれ? しゅうかくがおわってる?」

チマのその言葉で村人はただ事じゃないと思った。

「収穫ならもう一ヶ月も前に終わってやすよ、

お嬢さんは収穫期の頃からずっと行方知れずで領地中大騒ぎだったんで。

わしも付いていくのでとにかく領主様の所へ急ぎましょうや」

(やられた!)チマは妖精のいたずらにひっかかったことを直感した。

そして肩を落としながら村人に付き添われて家へと向かった。

 家へ着くと付き添いの村人が玄関の呼び鈴を鳴らした。

まもなく小間使いが玄関を開け、

チマの姿を見るなり後ろを振り返って大声で叫んだ。

「旦那様! お嬢様がお戻りになられました!」

たいして大きくない屋敷である、

家中に声が響き家にいる全員が玄関に走ってきた。

ディクマはチマを見るなり泣いて抱きついた。

「戻ったんだな、良かった、本当に…」

ディクマにつられ乳母ももらい泣きをする。

小間使い達三人は只々びっくりするばかりだ。

一通り泣き尽くしたあとディクマがチマはどこにいたのかと村人に問う。

「どこも何も村の中を歩いてやしたよ。

ただ、妙な事を申しておりました。『収穫はもう終わったの?』と」

ディクマはその一言で大体の事を察した。

「ともかく連れ帰ってくれてありがとう」

そう言うとディクマはチマを連れ家の中へと入った。

家の中へ入りディクマはチマを居間に連れて行った。

チマを椅子に座らせるなりディクマは尋ねる。

「おまえ、アハーディの森へ行ったな?」

チマは顔をそらし目を泳がせる。

「行ったんだな?」もう一度問い返す。

チマはバツが悪い様にうなずく。

「ばかもんっ!」言うなりチマのほおを強く叩く。

子煩悩のディクマとは思えない初めての怒りに、

チマは頬の痛さよりもびっくりした思いが先行して声が出なかった。

「お父さんは妖精の物語をする度にアハーディの森は危険だと教えたよな。

なぜ近づくなと言ったのか覚えているだろ? 言ってみなさい」

ディクマはしゃがんで顔の高さを同じにしてチマを見つめる。

チマは口を開くがしばらく声が出ず口を動かすだけだったが、

少しして落ち着いたのかようやく話した。

「か、神隠しにあうから…」そしてチマの目から涙がにじむ。

「そうだ、何回でも言うことになるが、

あの森に住む妖精は森に入った人を迷わせて出られなくしてしまう。

この国ができたくらい昔から人が出てこなかったと言う話が沢山伝わっている。

我が家にも領民が出てこなかったという記録がいくつもある。

妖精は可愛らしく見えるがとても恐い存在なんだ。

人のことなんか遊び道具にしか思ってない奴らなんだ。

今回の失敗でわかっただろ? もう絶対に森に近づいてはいけないよ」

言い終わるとディクマがチマを探す為この一ヶ月していた事を話したり、

チマが一ヶ月どうしていたのかを聞いたりお互いの記憶をすり合わせた。

その食い違い方に二人は妖精の恐ろしさを再確認したのだった。

そして話が終わる頃に夕食ができ食堂へ移動して一緒に食事を摂った。

食べ終わる頃にはチマはもう眠くうとうととし始めていたので、

ディクマはチマを寝室に送り、チマはそのまま眠りについた。

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