士官学校1

 俺達は十五歳になり成人の儀も終わって士官学校へと進学していた。

士官学校へ入ってからは剣術よりも魔法学を中心に行われるようになり、

ムサフィーリと言う教官が魔法の指導をするようになった。

魔法は個々人の特性も違い習得度も違うので個別に授業をしてくれた。

俺は全く魔法が使えない落ちこぼれとなり、

初級の光土属性魔法の個人指導を受けることになった。

それでも魔法を全く覚えることができず落ち込んだ。

ムサフィーリ教官は事ある毎に「お前は魔法の天才なんだ」と言うが、

その嫌味で俺のフラストレーションは溜まる一方だった。

今は使えなくても詠唱の発音はしっかりと覚えておくようにとさとされた。

俺は魔法の成績はもちろん学年で最下位で、

それでも頑張り続けたのだけど、やはり何の魔法も扱えなかった。

それと教官が魔法の天才だと言うのはどうやら俺に対してだけらしい。

嫌味ではなく少しでも自信をもたせようと思う気遣いなのだろうか?

魔法に関しては無能だと思っていた最中、宮廷魔道士の視察があり、

その宮廷魔道士が「お前は魔法の天才だ」と言い放った。

宮廷魔道士のケンジャ様は五歳の時に三ヶ月面倒を見てくれていたのだけど、

俺はその事を全く覚えていなく初対面だと思っていた。

単純に魔法の達人二人が何故落ちこぼれの俺を天才と言うのか気になり、

ケンジャ様に質問してみたが「ふっふっふ」と軽く笑われるだけだった。

教官と二人で示し合わせて最下位の俺を馬鹿にしてるのだろうか。

悔しい思いを募らせるだけで魔法の成績は最下位から上がることはなかった。

 魔法学の授業以外は日々順風満帆だった。

コミも俺と同じで全く魔法が使える気配すらなかった。

コミは魔法学中心の授業になってからもムキになって剣術に没頭していた。

魔法学の授業も心そこにあらずといった様子だ。

やはり、左足の障害を苦痛に思っているからなのだろうか。

左足が不自由とはいえコミはその努力で俺と互角に渡り合っていた。

コミは食事の時は相変わらずご機嫌、いつも三人で昼飯を共にしている。

今ではフラーが三人分の弁当を作ってくるのが普通になって、

フラーは毎日の弁当のメニューを考えるのに大変だそうだ。

三人で話をしながらの昼飯は飽きることなく楽しかった。

士官学校に入ってからもやはり火は苦手で近寄ることすらできない。

だが周りも考え方が大人になってきたので、

それなりの理由があるんだと理解してくれからかわれる事はなくなった。

なのでその頃になってからようやく別のグループとも仲良くなり、

様々な会話をして女性と付き合う事がどう言う事か知ることとなった。

士官学校で女性は一人なのでその恋人として俺は注目を浴びていた。

少年士官学校時代はフラーを『個室でいいなぁ』位にしか思ってなかった。

だが周りにさとされてからはフラーのことを意識せずにいられなかった。

周りは「キスはもうしたのか?」などと言うけれど、

考えただけで顔が火照ってしまう。

ましてやその先などと考えるともうベッドの上で身悶えしている。

でも実の所まだデートすらしていないのが実情。

士官学校では別に男女関係に関する校則はないがそれは表向きで、

教師たちにバレたら気持ちが浮ついてると言われ懲罰モノだろう。

 前々から周りに言われてデートコースだけは決めていた。

田舎の国なのでそれ程見て回る場所はないんだけども、

仲間内で念入りに予定を考えた。

俺の住む部屋にみんな集まっての大会議だった。

デートと言ってもこの町では繁華街で食事して買い物して、

丘の上公園でゆったりと散歩する位しか道はないのだが、

散歩の後はキスのチャンスだろ! などとみんなは銘々めいめいはやし立てている。

自分で勇気を出してデートに誘うことができずにずるずると日が過ぎた。

あと少しで俺も十六歳、これを契機にデートに誘ってみようと思う。

あぁ、次に二人きりになる時があれば勇気を出そうと考える。

中々二人になる機会はなかったが十六になる前にそのチャンスは来た。

調理科の実習後に二人きりになるチャンスができたんだ。

士官学校ではサバイバルで必要になるので調理の授業がある。

調理室から出ていこうとするフラーに「待って」と呼びかける。

「どうしたの?」と何かしらの予兆を感じたフラーが答えた。

「こ、今度の休みに…一緒に買物に行かないか?」

うつむき加減にそう言ってみるけど、

恥ずかしさで頬が赤面してるのが自分でも分かる程だった。

フラーの答えは淡白だった。

まるでやっと誘ってくれたと言うように。

「何を買いに行くのかしら、あ、やっぱり言わないで、楽しみにしておくね」

簡潔に答えられたが、わくわくが伝わってくるような感じがした。

 そしてついに待ちに待ったデート当日となった。

マッサに住む人なら定番のデートコースだったが俺は何度も予習する。

フラーに贈るための服を決める店は中々決めることができなかった。

前回の休みの時に恥を忍んで女性服専門店に入ってまで考えた。

結局最後まで決められずに最初に見た服屋に行くことにした。

俺がフラーを女性と意識して会う日はこれが初めてだった。

待ち合わせは十一時、場所は建国記念碑の前。

俺もフラーも同じ寄宿舎に住んでるけど、

寄宿舎前の待ち合わせはムードに欠けると対策会議で却下されてた。

待ち合わせ場所に来てみたら高揚感と自信のなさが同時に襲ってきた。

俺は予め宿舎の時計に合わせて出てきた。

俺は早めに来たが十一時に町の鐘はならないので正確な時刻はわからない。

寸刻経つ度にフラーは来てくれないんじゃないかと不安になりつつ、

かなりの時間を過ごすことになった。

耐え難い時間だったが俺が早く来すぎていたために要らぬ苦労をしただけだ。

もう暫く待つとフラーはやってきたんだ。

俺はいつもとテンションが違った。「やぁ」と挨拶するだけで精一杯だった。

そんな俺に対してフラーはいつもどおりに見えた。

「随分早く来たのね、私も結構早く出たつもりだったんだけれども」

そう言われると自分の緊張がバレたようで頬が赤らんだ。

既に頭がのぼせ上がって何を考えているのかわからなくなった。

さて、お昼までの一時間は何をするんだったか。

そうだバザーで小物を見るんだった。

その後バザーを見て歩きフラーへの贈り物に選んだアクセサリーを買った。

兵役中は装飾品禁止なので使う事はできず、

大人になったら子供っぽさが気になると思うけど初めての贈り物だった。

そしてみんなで決めた食事処へと向かった。

食堂では俺のデートを待ち伏せて覗く同級生がいるかと思ったけど、

幸いにして知り合いの顔はないからからかわれることはないだろう。

高級食堂なので普通は値段が高すぎて入れないので当たり前か。

昼飯はいつもフラーも一緒に食べていたんだが、

デートだと思うと自分が食べてる所を見られるのが何か恥ずかしかった。

食後、めったに行く機会のない宮廷前を散歩しながら商店街へ向かった。

貴族街区域に隣接する商店街は日替わりのバザーと違い、

固定の店舗の集まりで町でも高級の立場の人々が訪れる場所だ。

高級という時点で俺も場違いなのだけど、ここは一念発起大奮発。

フラーに似合うと俺が前から思っていた服も勧めてみるつもりだった。

一着で俺の給料一ヶ月分より高いのだが…。

ということで勧めてみた結果、

「珍しいデザインだね~、これもいいかもね~」という返答だった。

その時は気に入ってくれたと思って買ったが、

大人になってから考えてみると話を合わせてくれただけだと気づいた…。

その後も買い物を続け夕方になって丘の上公園に散歩へ。

公園に向かう途中でフラーが言った。

「君とこうして一緒にいられるなんて何か不思議。

私が一方的に憧れてるだけだと思っていたんだ。

私、内気だから自分から誘うことはできなかったから。

片思いだけで終わると思ってたの。

でもやっぱり我慢できなくて勇気を振り絞って告白しちゃった。

君が先日デートに誘ってくれた時は信じられない気持ちだったんだよ。

多分今日は一生の思い出になると思う。

それ程嬉しかったんだよ」

俺はなんと返していいか分からず少し黙り込んだが、

素直に本音を言ってみようと勇気を出した。

「俺もずっと前から君のことが好きだったんだ」

たったそれだけの言葉だったが、

それでも耳まで赤くなるほど勇気を出した一言だった。

それから俺達は何も言わずに歩き丘の上公園のベンチに座った。

宮廷のある丘よりは低いけど町を一望できる公園だった。

ベンチに座ったあとも本当に何を言って良いのか分からなかった。

『何がきっかけで好きになったの?』とか下らない事は思い浮かんだけど、

それは今言うべき事じゃない位はわかっていた。

けれどもそんな下らない考えしか思いつかなかったんだ。

どれだけ沈黙が続いたんだろう、それを破ったのはやはり彼女だった。

「空が赤く染まってきたね、そろそろ一番星が見えるかな」

彼女は自分のことを内気と言っていたが俺より余程勇気があると思った。

フラーはそう言うと俺の肩に頭をもたれかけた。

夕暮れ時の一時、時間が止まったような感覚になった。

続けてフラーが言った。

「君も思ってたより内気なんだね、私と同じだね、

君が何を考えてるのか怖くてしょうがないよ」

それを聞いて俺は即答した。

「ごめん、緊張して何も考えられないんだ。

いつもより無口なのは悪気じゃなくて緊張してるからなんだ。

どうすればいいのか本当にわからないよ」

俺は自身が情けなくなったが本音で語ろうとしていた。

フラーは暫く無言だったが一つだけ喋った。

「何も言わなくていい、ただキスして」

一瞬、何を言われたのか分からなかったけど黙って従う。

無機的に体が動き唇が近づいたが不思議と赤面するような事はなかった。

けれども俺の頭の中は沸騰しきっていた。

そして無言のまま初めてのキスをしたのだった。

俺達はその後も暫くベンチに座っていたけど、

星が見え始めた頃に手を繋いで一緒に寄宿舎へ帰った。

 更に半年経ち士官学校の二年生になった。

この年を乗り越えたら士官としての仕事につくことになる。

士官といっても地方武官、中央武官、近衛隊と役職は振り分けられ、

中央にコネのない俺は地方に飛ばされるのだろう。

剣術は壁にあたって少々足踏みしていた。

エルフには風水土属性魔法の適正があるとされていたけど

俺はそのどの魔法も全く使えなかったので、

士官学校での総合成績は中の上位にとどまっていた。

どんなに頑張っても地方武官なのだろうからこの位で良い。

今はフラーのことで頭がいっぱいで将来の事なんかどうでも良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る