作戦開始


朔間side



 (…やはり、妙だな。)


 あれから一ヶ月が経ち、時は7月。この国の建国以前にこの地にあった国の言葉を借りるなら、文月、というものになるらしい。

私は古文学の専攻ではないから、こういう話はもっぱら苦手だ。



それにしても、今日は真夏日和ではあるものの、不穏な空気がこの学園内にも充満していた。



リビアングラスとの開戦宣言がなされたあの日から、私は様々な事をしてきた。

剣術、銃撃の訓練を面倒くさがる橘に頼んで付けてもらったり、座学も隣で居眠りをする蔭井を放っぽって真剣に取り組んだ。



 私は6番目の成績でこの玉響班に入ったと言われたが……正直な所、己の実力はこの評価に見合っていないと感じていた。

実戦に出たことがないからしっかりと断言することは出来ないが、周りのメンバーを見れば見るほど、私の実力の無さが目立つ。


勿論、蔭井ほどではない。あいつはただただ脳内でシミュレートして終わってしまっているから。

……だけど、その蔭井について、最近は何故だか気にかかることが多いように思う。




(あいつ…手紙とか興味ないタイプだったのに…。)


 私とあいつは寮のルームメイトであるが、近頃妙に自分宛ての手紙に敏感になっている様子が度々目に入る。

家族からのものなのだろうか?物凄く真剣に目を通しているものだから、私も面と向かってこの事について触れることが出来ていなかった。



(そういえば……あいつの家のこととか、故郷のこと、一切聞いたことなかったな……。)



蔭井はここ、松龍州の出身ではないらしく、松龍州出身の者なら有り得ない、をしている。


しかし彼女についてはこんな情報しか持っておらず、こんなに近くにいるというのに私は彼女について何も理解していないということに気づいてしまった。



(今日の会合の帰りにでも、さりげなく聞いてみるか。)


ああやって軽口を叩ける仲もなかなか珍しいものだからな、と思いながら生徒会室に足を運ぶ。




藤「!陽、おはよう。」


「会長おっはー。やっぱり皆はまだか。」



生徒会室に入れば、いつも通り私と会長の二人だけの時間が始まる。

恐らく皆は3分前くらいになれば続々と入ってくるだろう。




「…。」


(……やっぱ、会長かっこいいなあ。)



 手元にある資料を見ているフリをしてちらりと千里ちゃんの事を覗き見る。

この大きな学園のトップ…言ってしまえば、国のお偉方と直接交渉をすることも出来るくらいの身分でもある彼女自身も、その役柄に負けず劣らずの見事な働きぶりを常日頃から見せてくれている。



「!」


藤「ふふっ、陽ったら、さっきからずっとこっち見てるでしょ?」


「い、いや別に!な、なんか凄く働いてるなあって…思っただけ。」



勝手に一人で色々な感想をブツブツ呟いていたら、会長と目があってしまい何だかいたたまれなくなって視線を下げる。



藤「……そっか。」



私が恥ずかしさを隠すために適当に吐いた言い訳への返事が、どうも悲しく聞こえてしまったのは、私が彼女に幻想を抱きすぎているからだろうか。


どっちにしろ、顔に熱が集まってしまってどうも顔を上げることは叶わない。



そんな時、生徒会室のドアが開いた。




橘「おはよ。」


「えっ?まだ5分前なのに?」



思っていたのとは違う人物が現れ、思わず素っ頓狂な声を出した。




橘「会って早々に失礼すぎやしないか?私にだって気が変わる日くらいある。」


藤「おはよう、珍しいね。よく寝れたの?」


橘「…四水に無理矢理な。そうだ、どうせ千里ちゃんが指示したんだろう、あいつに。」


藤「ふふ、バレちゃったか〜。」


「何の話?」



目の前で繰り広げられる会話についていけず、思わず疑問を口にした。



藤「最近、紅紀が全然寝てないっていうのを静香から聞いてね。それなら、ってことで睡眠薬を持たせて紅紀の飲み物に入れるように昨日指示したんだ。」


橘「ほんと、千里ちゃんって意外とアグレッシブなとこあるよね…。これで死んでたらどうするつもりだったの?」


藤「大丈夫大丈夫、私が使う薬は全部雪に確認してもらってるから!」


橘「それ…大丈夫なのか本当に…。」


「雪って?」


蔭「蒼龍班の最高指揮官だよ。」


「うわああああ!!!」



するはずのない声が聞こえ、今度こそ本当に腰を抜かしてしまった。



蔭「ってぇ……。いきなり大声出すなよ、耳壊れるだろ。」


突然真後ろから聞こえてきた声に自分でもびっくりするくらいの大声をあげてしまったのだ。まあ、不可抗力だ、許せ。



「最近気配を消しすぎじゃないか?お前。」


蔭「お前が俺の存在を消してるだけなんじゃねえの?」


「あ、そうかも。」


蔭「待て、傷つく。」


いつも通りの茶番劇を繰り広げながらソファに二人で腰掛ける。

それから順調に人が集まってきて、最後に佐戸ちゃんが大量の資料を持ってきたので全員集まった。



四「ふぇぇ、なんだこの量……。佐戸ちゃんお疲れ。」


佐「お疲れって言われて感謝も言えないくらいには疲れてるよ…。」


雷「だから私も手伝うよ、って言ったのに…。自分でやるって聞かなくてさあ。」


藤「佐戸ちゃん、一生懸命やってくれるのはありがたいけど、それで戦争の時に体壊して動けなかったらどうするの?これからは周りの助力を拒まないように。」


佐「…わかったよ。」



少し不満げに、そして何か考えがあるような表情を見せながら佐戸ちゃんは皆に今度の戦争についての資料を配った。



手元にやってきた、本作戦の詳細が載っている書類に目を通す。


「そろそろ私達の出番ってことか……!」


大いなる期待に胸を踊らせる。

実はリビアングラスとの戦争は既に国家間では始まってはいたものの、肝心の我々暁学園への出動要請は一向になされていなかったのだ。


とうとう夢の舞台とも言える場所に出向けると知り、興奮しないものは果たしてどこにいるだろうか。



蔭「だからなんでお前はそんなに目をキラキラさせて……。」


「だって、初めての実戦だぞ!?先輩方が実戦を経験せずに引退していったのを見てたら、やっぱりこんな機会逃すには惜しすぎる!」


蔭「ま、まぁそうだろうけど……。」


冬「私も、陽に賛成だ。今回の戦で手柄を立てられれば、玉響班への政府の見方も変わってくるだろうし、援助資金も増えるだろう。」


四「…美味しいもの食べられるってことか?」


橘「……お前は少し黙っていてくれ。」



キョトンとする四水の顔は年相応には見えず、心做しか可愛く見えた。



藤「何はともあれ、初めてお国に貢献できる時が来たのだ。皆、尽力してほしい。」


夜「ふむ……。して、今回はどうするの?編成。」



この玉響班は勿論前線に出向くが、その中でもしっかりと編成を会長を中心にして決めることとなっている。…勿論、実体験はないため、制度的にはの話だが。



(ここはやっぱり…前衛っしょ!)


考えればわかることだが、前衛は命の保証が最も低い場所でもある。

…だけど、国のために何かを成し遂げると考える我々ならば喜んで死地に飛び込むべきだ。


この横にいる、蔭井とかいうビビリとは私は違うから!



「私が前衛に行こう。」


四「!」


藤「…別に死に急いではいない、と言わんばかりの顔だな。」


「うん、ただ私は戦いたいだけ。」



すると困ったような素振りを見せて、会長は悩み始めた。


(何?私が前衛に行って不都合なことでもあるの?)


どことなく四水も同じように眉を顰めていて、なんだか胸がつかえる。

どうしてか、私が…何か、大切なものを失っているかのように。




少しの沈黙が流れて、隣の奴が空気を読んだかのように口を開いた。



蔭「じゃあ、俺も着いていく。朔間と俺なら、人数でも事足りるだろう。」


「え、でもお前……戦争は嫌、って……。」


蔭「……気が変わった。」



やっぱり、最近の蔭井は蔭井じゃない。

いつも私を見てるようで…別の私を見てるみたいで。


(居心地悪いな…。)



二人で作戦を遂行するとなると、こんな複雑な気持ちをずっと持ち続けなければいけないのか。

そう考えると、骨が折れる想いだ。

本来、蔭井と行動できるのは楽しいはずなのに、何だか晴れない自分の心にいささか矛盾が生まれる。



そんな時、佐戸ちゃんが手を上げる。



佐「ん、じゃあ私も行こうかな。」


藤「近ちゃんまで行くのか……。まぁ、参謀の仕事に関しては縁ちゃんに任せられるし、大丈夫だけど。」



佐戸ちゃんは玉響班の中でもデータ処理とか、所謂座学系の方に傾いていたからこそ、その立候補にはこの場にいる全員が目を丸くさせた。



佐「だって…三菜でしょ?例え陽がいるとは言え、任せられるとは言い難いなと。」


橘「それには同意だ。」


夜「まぁ、人が多いのに越したことはないでしょう。」



佐戸ちゃんが蔭井の実力不足を咎めると、班員たちは次々に頷いていく。



蔭「皆して……。俺、そんなに頼りないか?」


そう言って困ったように笑う蔭井に、何も声を掛けられない自分がいたのにびっくりした。



……こうして、今回の対リビアングラスの陣形が固まった。



前衛は私と蔭井と佐戸ちゃん。

中衛左は橘と四水。

中衛右は冬木と美花。

後衛は縁ちゃんと会長。


予想していたような、予想外のような、そんな班構成が決定した。



(多少の違和感はあれど、それでも班の命運が懸かる前衛を任されたんだ。張り切っていかないと。)


そう、私がこんなにも待ち望んだ戦場任務をたかが友人の一人に惑わされたくない。

自分の勘が当たっていようが見当違いだろうが、今はとにかく……勝利のために突き進むのみだ。



佐「ってことで、宜しく頼むよお二人さん。」


「おう!任せとけって!」


蔭「精一杯やらせてもらう。」




背後に迫る靄のかかった何かに無理矢理背を向けて、二人と向き合った。

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