呪縛
橘side
(うっ……また、か…。)
常日頃から一緒につきまとうこの悪夢に、私は血を垂らしながら足を引きずる。
胸元が張り裂ける勢いで私の心臓は、尋常じゃない鼓動を発する。
(雪ちゃんのとこに……行かないと…。)
さっきは心配してきた冬木相手に強い口調で反発してしまったが、本音を漏らすとするならば、その差し出された手を握りたかった。
…でも。
(あいつが……あいつさえいなければ……こんなに苦しむ事だって…っ。)
次第に視界がぼやけていくが、そんな事すらも理解していない中でひたすらに蒼龍班の元へと歩いていく。
「…っ、はぁっ、あのっ、ちょっ……と。」
とりあえず雪ちゃんに会わなければ。
その一心で、近くにいる蒼龍班の制服を着ている人物に話しかける。
???「ん?あれ?おお、橘じゃん。どうしたの……倒れそうだけど。」
少し聞き覚えのある声にほっとしながらも、正直この世に実在するのかと疑うほどの頭痛で顔を見ることが出来ない。
精一杯の力を振り絞って、目の前の誰かに尋ねる。
「目切指揮官は…どこ…に……。」
(おか、しいな…いつもは…こんなに、視界は…ぼやけないの…に…。)
周囲の空気が鉛のように重くなって、次第に瞼が閉ざされていく。
こんな事、久しぶりだな、なんてその時は呑気に考えながら時間という概念から手を離した。
「………、………。」
「〜〜、から、〜〜〜〜〜。」
ホワホワとしたどこか現実離れしている感覚に、思わず耳を開く。
(ん…?何の音…?)
耳を掠める程度に聞こえてくる僅かな声に反応して、私は意識を呼び起こした。
どうやら、何かのベッドの上に私は置かれているらしい。
目「あっ!紅紀ちゃん、気がついた?」
視野に入ってきたのは紛れもなく、つい先程情報取引をした雪ちゃんだった。
彼女の悲痛そうな表情を見て、己の現状を察す。
「……もしかして、倒れた?」
目「もしかして、じゃなくて見ての通りだよ!
「あっ……あの時の声は…」
そうか、桜林に声をかけていたんだ。
不幸中の幸いだったなと感じながら、状況を説明する。
目「また、かな?」
「…うん。まぁ考えてみたら…今日は冬木と一緒にいる時間長かったし…。」
目「そっか…。仕方ないね、こればっかりは。」
そう言って鎮痛剤を渡してくれる。
昔から、彼女はいつもこうだ。私でさえも治す方法など知らない…というより、元から治す気がないこの”病”とも言えない症状に、真摯に向き合ってくれる。
とんだお人好しだ、そう思いながらも好意に甘え続ける自分が恥ずかしい。
目「あとさ……これ。」
「?これは?」
目「私が独断で研究してる結核用の薬。まだ美花に会えてないからしっかりとしたものは作れていなくて…。その、紅紀ちゃんに効くかの確証はないんだけど…。」
ああ、いつものあれか、と思い軽く受け取る。
「治験ね、いいよ。雪ちゃんの事だし、死にはしないと思うしね。これで治ったら、ラッキーだし。」
絶対に治ることはないと確信づいてはいるものの、彼女の前ではそう虚言を吐く他ない。
目「それは流石に…。いつもありがとう。」
そして、普段の薬とともに水で喉に流し込む。
でも、私のこの……何にでも肩代われる体は、明らかに消耗されてきていることは目に見えていた。
目「紗奈には言ったの?」
「言ってない。」
どうせ言った所で出来ることはないし、それに…困らせるだけだ。
目「でも、こっちが避けてるってのは流石に悟られてると思うけどなあ。」
「…ああ、分かってる。」
目「…辛いね、紅紀ちゃんも。」
「仕方…ない事だ。」
逃れられない運命…とまで言うと少し擽ったくなるけれど、私があの家に生まれたからには、こうなることなど、相手が冬木だろうが誰だろうが……変わることはなかった、筈だ。
だから、私が我慢すれば…いい話。
目「無理は駄目だよ?いくら私が事情を分かっているとは言えさ。またこういうことみたいなこと起こったらまずいから。」
「分かってる。」
私はアイツのことも嫌いだし、自分のこの体質も嫌いだ。
大嫌いなはずなのに…少し、こういうことを考える度に安心する自分もいる。
まだ、こんな自分でも役に立てる事があるんだということと、まだ、赤城家は残っているということへの安心感か、それとも他のなにかか。
(…今回の蒼龍班偵察任務は、何か収穫があるかもしれないと思って飛び込んだが。)
決して冬木と行動してみたいとか、雪ちゃんと知り合いだからとか、そんな理由ではなく、私の家系についての情報…あわよくばアイツの家系の情報も入手できたら、したかった。
だけど、予想以上に冬木がずっと後をついてくるもんだから身動きが取れず、更にいつもよりも接触時間が長かったからか、症状も重くなったのだ。……恐らくの話ではあるが。
(この気持ちは……一体…。)
言葉に言い表せない恨みと悲しみの渦が、竜巻のように私を支配する。
目「…いつか、解決するように祈ってるよ。」
「…。」
その声に今度は何も返さず、立ち上がって部屋のドアを開ける。
目「いつでもおいで。」
「ありがとう……指揮官。」
いや、あなたは何も分かってない。
これは……どうにも出来ない問題なんだよ。
どんなに治験をしたって、どんなに真実を追い求めたって。
…………アイツが死なない限りは、この地獄は終わらない。
「ふぅ……。やめだやめだ。あんまり深く考え込むな、私。……しっかりしないと。」
そう思い、廊下の窓を開けて思い切り外の空気を吸う。
湿気っている風は、まるで私達の行く末を暗示しているかのように。
「今日も……私は生きてるね。」
ー現在公開可能な情報ー
・
蒼龍班メンバー。橘とは知り合い。目切指揮官の直轄下で研究部門で活動中。
家柄は華族身分で、代々外交官を輩出している。
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