蒼龍


 翌日から私と橘は暫く玉響を離れ、蒼龍の偵察任務にあたった。


「…ここか。」


橘「ああ。この辺は辺り一帯蒼龍の管轄下。油断するなよ。」


「お前もな。」



そう軽口を叩きながら警戒して歩く。

横にいる橘は、誰かを探すような素振りを見せている。



「あんまキョロキョロすんなよ…。絶対目立つって。」


橘「ふふ、見つけた。」


「って、ちょ、おい!どこに行くん…はぁぁぁ、全くもう!!」


先程から協調性の欠片も感じられない我々の調査だが、彼女が小走りで向かった先にいたのは……




???「あれれ?紅紀ちゃん?だいぶ久しぶりだね!」


橘「あぁ、また会えて嬉しいよ。」



「橘、そちらは?」


やけに親しげな二人に恐る恐る声をかければ、彼女は決して私には見せないだsろう笑顔でこういった。



橘「!あぁ、そっか。お前にはまだ言ってなかったな。こちらは目切雪めぎりゆき。この蒼龍班の最高指揮官だ。」




「!!はじめまして、玉響班所属、冬木紗奈です。」


目「ふふ、どうも。お話はかねがね伺っていたよ。目切です。同い年なんだし、タメ語で構わないよ?」



不思議なオーラを纏う彼女は、なんとここ蒼龍班の最高指揮官であるらしい。

それに、何故か橘とは知り合いだそうだ。



(偵察任務なのに、作戦開始から10分後にボスに会えるってどういう状況だよ…。)


仕事が早く終わりそうな気配に、嬉しくもあり、同時に焦りもあった。



(まぁ…あいつと二人きりになれる時間は歩いてる時間にでも取れるか。)


私らしくない。

いつもなら、会長から言われた任務を淡々とこなしているだけだったのに、この度の任務はどうも雑念が頭を過ぎる。



 とりあえず、目の前のことに集中させねば、そう思いたち、目の前にいる二人の会話に耳を集中させた。



橘「して、雪ちゃん。ここで話すのも何だ、執務室に入れてくれないかな?」


目「ふふ、そう言われると思って人払いしておきましたよ。どうぞこちらへ。」



怖いくらいに話がトントン拍子に進んでいく様に若干寒気がしながら横の橘に、前にいる目切さんに聞こえないくらいにボソリと質問する。




「どうするんだよ…。まさか、面と向かって聞く気じゃないだろうな?」


橘「馬鹿かお前は。んなことするわけないだろう。」


「馬鹿って…!じゃあどうするっていうんだよ。最高指揮官にいきなり会うなんて。」


橘「そこら辺の下っ端に聞いて回っても、知らないの一点張りに決まっているだろう。お前ならその辺も考慮出来ると思っていたが……まあ良い、ちょっと見てろ。」


「…。」


別にこれは競争でもなんでもないけれど、先に一手を打たれたような妙な悔しさが胸に残る。






やがて蒼龍班の執務室に入る。



目「…で、今日はどういった要件で?」


橘「これを見てくれ。」


目「?…あぁ、先月起きた失踪事件。」


恐らく二人は昔ながらの友人なのだろうだということは理解できる。

しかし二人の間で時折交わされる目線は、敵意以外の何物でもないこの矛盾に私は一人頭を抱えた。



(それに…。)


橘が今渡した資料は今までどの資料室にもなかったものだ。

どこから手に入れたのか…もしくは、自分で作ったのか。


どちらにせよ、私はただの付添人のようなものになってしまっている。




橘「これについて、知っている事を全て話してくれ。」


目「…ふむ。」


暫く目切さんは顎に手を当て、深く考え込んだ後、こう言った。




目「交換条件はどう?こちらが教える数だけ、そちらからも情報を渡して欲しい。」





「なっ…それはどういう意味だ!」



まさかの交換条件に思わず立ち上がってしまう。

私達はとっくにこの班のいかがわしさに目をつけている。つまり、黒に近いことは既に知っていることなのだ。



(ここに来て出し渋るとは…。)



己の目つきが若干鋭くなったことを自身で感じながら、気づかれないように落ち着くための息をつく。



目「取引には損得が付き物…。我々だけが損するのは、果たして如何なものか。」



「それは蒼龍班に何か如何わしい事が眠っているという暗示だと思うがどうなんだ?」



そう畳み掛けると、片手で橘が制止してきた。

なんで、そういいかけた時、彼女は気持ち悪いほどの無表情で目切さんに答えた。



橘「分かった。望み通り、そうさせてもらう。」


「おい、待て!一回戻って会長に確認しないと…」


目「はは、流石紅紀ちゃん、物分りが早くて助かるよ。では…まずはこの事件についてだね?」



自分の心配はゴミのように捨てられ、話が進む。

先程から嫌な汗は止まることを知らず、ギュッと握る両手は爪が食い込み若干血がでているようにも感じる。



目「単刀直入に言わせてもらうね。その事件は蒼龍班の事案だ。」


橘「…やはりか。」


目「その3人の一年生は今、蒼龍班の暁部屋にいるよ。殺してはいないから安心して。」


「一体そこで…何をしてるんだ…?」


サラッと容疑を認める目の前の彼女に震える声を抑えて問う。



目「おっと、もう一つ聞くということはそちらももう一つ情報を渡さないといけないよ?」


「っ…。」



顔は柔らかく優しい笑みを零しているのに、言葉には一切の温かみがないことに私は鳥肌が走る。

この人がトップに立つ蒼龍班…それだけで何かしらの闇があるのは事実だろう。



橘「良いだろう、もう一つならあげられる情報はある。」


「……はぁ。」



もういちいち焦るのも馬鹿らしくなってきてしまって、こんなんじゃ駄目だとはわかりつつも、全て隣の彼女に委ねていた。



目「…意外と、怖いもの知らずってことかな。」


橘「私が失うものは、もう無い。」


目「…そうだったね。」



橘の言葉で心做しか、どこか哀しげな表情になった目切さんはまた情報を渡してくれた。


そしてそれは…耳を疑うものだった。




目「…特異部隊計画だ。」



「!?何だ、その計画…。会長に言われたのか?」



目「いや、千里は関係ないよ。…これはお上からの勅令なの。」



橘「すなわち、陛下のご意向というわけか。…内容は?」



目「その名の通り、”特異な人間”を作ること……。そしてそれを実戦に投入するために我々蒼龍班は動いているの。」



「それは……何のために?」





橘「『勝利』のため……だろう。」



「…200年前の敗戦を、未だに根に持っているというのか。」



目「そうなるのも無理はないよ。だって…元々私達紫苑国はこんなに小さな国ではなかったのだから…。」



「それで?その計画のために、その…暁部屋で実験してるってことか。」



目「そう。薬の開発を進めてる。まだ理性の確保に厳しくて、実戦投入は出来ない…けど。」



まさか自分たちの同胞とも言える学生をターゲットにして実験するとは…。

でも、この情報で、恐らく会長も蒼龍の対応を考えるだろう。



「…そうか。」



目「で?こちらは話したよ、そちらから2つ分欲しいな。」



橘「分かった。」



(……っ、一体何を言い出すんだ…。)



正直、玉響班に一点の曇りも見ていなかった私からすると、隠すような者はなにもないのだ。



橘「紫苑国は今年7月に隣国リビアングラスと開戦する。そしてそこに我々暁学園学徒隊も派遣される予定だ。」


目「!へぇ、なるほど…どうりで騒がしいと思ったわけ、か。」



(…!そんな情報でいいのか?)


急いで橘に目配せをすると、少しだけこちらを見て微笑んだ。




橘「もう一つは、あいつが……夜堅よがたきが今回の海外遠征から帰国した。」


目「おお!それは良かった!何か情報は?シャンディガフの内情についてとか。」


橘「いや…申し訳ないが、まだ実はあいつに会っていなくて。情報はまた今度機会があれば共有しよう。」


目「そっか…残念だな。シャンディガフには結核を治す薬学技術があると聞いていたのだけれど……。今度お話を聞かせてね?」


橘「ああ勿論だ。我が国の結核は不治の病という認識を是非変えて欲しい。」


目「お任せあれ!我が蒼龍班にぜひとも期待してて!」




 そんなこんなで会談は終わり、目切さんにお見送りされて帰路についた。

私は未だに、この1時間に起きた怒涛の出来事に目を回していた。




「…今回はお前の手柄だよ、橘。本当に凄かった。」


これは本心だった。

蒼龍班のトップと知り合いなら、そりゃあ任務に買って出るだろう。彼女も、玉響班を大事に想う一人なのだから。



(何か私について心情の変化があったと思ったけれど…杞憂だったみたいだな。)


なんて少しガッカリしていると、不意に彼女が足を止めた。



「ん?橘、どうした。」


橘「……っ。」


「お、おい顔が…​青ざめてるぞ。体調悪いのか?早く寮に…」



明らかに突然体調が悪くなった風をしている橘に手を伸ばした時。




橘「来んな!!」



そう大声で怒鳴られ、手をパシン、と強く振り払われた。



「橘…?」


橘「…はぁっ………くっ…。」



やはり気持ち悪そうにその場に蹲る彼女に何も思わないはずがなく、慌てて駆け寄ろうとするが、来るなという一点張りだった。



橘「お前は……早く…帰って事を………報告しろ…っ…。」


「で、でも」


橘「行け!!!!」


「ちょっ……。」



フラフラとした足取りで、何故か彼女は先程帰ってきた道を逆戻りしていった。

ちょっと待て、と制止する前に行ってしまい、心配しながらも今までの事が積み重なり少々苛立ちを覚えた。



(人が心配してるってのに何だあの態度は…。私のことは嫌いで構わないけど、善意には感謝で応えるべきだろ!!………って、あれ…は…?)



そうやって自分一人で憤慨していると、先程あいつが蹲っていたところに血痕が残されていた。



(血……?橘、怪我していたのか?)


それにしては今まではピンピンしてたし、私とずっと一緒にいたから怪我する場面にも遭遇はしていない。


…となると、



(まさか………………!)


吐血、ということだろうか。

っ、もし、もしだ。アイツが…………。




「早く………早く美花に会わないと…!!!」


自分が何かを考えるより先に、足が前へと動いていた。

全ては、大切な幼馴染のために。




          ー現時点で公開可能な情報ー


目切めぎり ゆき


蒼龍班最高指揮官。医療・研究全ての事案に携わり、国と直接繋がっている情報屋でもある。損得感情を大切にするのは彼女の家が商人の家だからだろうか。玉響班リーダーの藤堂と橘とは面識がある。

普段は温厚な性格だが、ふとした時に冷酷な対応を見せることがある。


・橘 紅紀【新情報】


何かしらの身体的異常を抱えている模様。吐血をする。


あかつき部屋


蒼龍班が国から下された勅令だとする”特異部隊計画”の実験場所。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る