200年の幻想


「とうとう実戦かぁ…!ちょいと楽しみだ!」


「死に急ぐなよ。」


「ふん。私が死ぬと思ってんの?」


「…いんや?」



 先程生徒会会合で、藤堂会長から隣国のリビアングラスとの開戦が伝えられた。

約200年間、悪く言えば形式的になっていた我々軍事学校の生徒たちの出番が訪れたのである。


会長から聞いたところによると、玉響班は基本前線任務に徹し、必要があれば飛龍班と共に奇襲を行ったり、神功班とともに偵察任務を行ったりする予定らしい。


今まで日々の鍛錬を見せられる舞台がないからこそ、私は若干の高揚感を覚える。



(勿論、平和が保たれるのは第一だけれども……。)



軍人である以上、私はやはり、戦場で飛び回りたいというのが本音である。

……が、横のコイツはずっと苦虫を噛み潰した顔をしている。



「会長の決定に何か文句でもあるわけ?」



二人で古びた廊下を歩く。

もう放課後でほぼ全員が寮に帰っているからか、人っ子一人いない。



「…俺は、これは今に始まった話ではないと思うんだ。」


急に立ち止まり、彼女はそんな事を言った。



「おかしいと思わないか?突然外交官が殺害されて、今になって国が暁に指令を下すなど……。俺は200年の安寧は、ただの幻想だったんだと思ってる。」



「それって、200年間ずっと水面下では戦っていた、ってこと?」



「ずっとかはわからない。もしかしたら…真の平和の期間があったのかもしれないけれど。」



「我々は頼りにされていないのか…。」



「そういうことじゃない。きっとお上も玉響の成績を高く評価しているはず…」



「…どうでもいいんだよ。そういうの。」



そう私が明らかに声色を低くして放つと、しまったという表情をしながら蔭井は謝る。



「…お前の前で皇室の話はタブーだったな…。すまん。」



「別にタブーとか言うほどでもない。…だけど、」



「いや、お前はそう思ってしまうのも、無理は…ないだろう。」



「へ?」



「……いや、なんでもない。」



 何やら深い意味を持った言葉を私の耳がキャッチしたのだが、当の本人は知らん顔で私の手を引きどんどん歩みを進める。



(…私がそう思うのも無理はないって……どういうことだよ。)


私自身でさえ、この嫌悪感の原因がわかっていないのに。

他者である蔭井にそう言い切られると、疑問とともに少々腹が立つ。



 ……だけど、この人は意外と色々考えてしまう性。ここは敢えて、聞かないというのも、人生において最善の選択かもしれない。



「私は…君を信じるよ。」


「っ…あぁ、助かる。」


何だか握られている手に少し圧力が加わった気がするが、見て見ぬ振りをして寮へと戻った。






冬木side



「で?私に偵察捜査をしろってか。」


藤「あぁ。こういうのは紗奈が向いてるだろうと思って。」


「嘘だあ、こんなでっけぇやつが敵陣に乗り込んだら一発即バレに決まってるじゃん。ほら、この四水とかどう?」


四「おいお前……遠回しにチビって言ってるだろ!!」



今、先程終わった生徒会会合のあと、私と四水と橘の3人が会長に残されていた。



藤「まぁまぁ。最後まで聞いてよ。誰が敵陣に乗り込めって言った?」



四「いやでも、偵察って、乗り込む以外に何があるんだ?」



藤「内部の調査だよ。」



橘「…?」



会長がそういった途端、全員の顔が強ばる。



「玉響内の話…ということか?」


考えたくもない言葉が口をつく。



藤「…。」


無言の間、たらりと冷や汗が額から顎に流れる。

別にやましいことをしているというわけではない。…だが、何年も一緒にやってきた仲間を疑うこと何ぞ、私には出来ない。

こう見えても、やはり仲間を大事に思う心の強さは誰にも負けないだろう。


しかし、予想に反して会長は笑顔でこう言った。



藤「玉響じゃない。蒼龍班のことだ。」



橘「ふは、なるほどねぇ…。」



四「どういうことだよ橘!私だけ置いてけぼりにされてる感満載なんだけど。」



橘「蒼龍班といえば医療系のチーム…しかし、研究担当でもあるこの機関は我々玉響班でさえ内情が掴めない。」



藤「その通り。紅紀こうきが今言ったように、蒼龍班には色々と不可解な点が存在する。この間の1年の生徒が3人行方不明になった事件も、この人たちとなんらかの関係があると推測している。」



(なるほどな……。)


確かに、我が学園内の組織で最もベールが隠されているのはトップにいる我々玉響班ではなく、その傘下である”蒼龍そうりゅう班”であろう。


彼女たちは戦闘時の医療を担当するのは勿論だが、やはり『研究』という言葉にどうも引っかかるのは私だけではないようだ。


そしてつまり、玉響のメンバーを探るわけではない……ということみたいだ。


「それで私に依頼を?」



藤「そう。紗奈は機転が利くし、情報整理も佐戸ちゃんの次に早い。そして顔も広いだろうからバレにくいと思う。変に私が動いて警戒させてしまっては、元も子もないからね。」


会長の意見はご最もだ。

確かに色々な意図を完全に理解できている会長が動いたほうが早いのだろうが、それでは生徒会……玉響の面目を潰しかねない。


なら側近ポジションである私に……ということか。



「…わかった、任せてくれ。その代わり期限付きで頼む。あまりこういうのは慣れていなくてな。」



藤「あぁ勿論だ。期間は1週間のみでいい。」



「!それだけでいいのか?」



藤「…十分だ。こういう中の膿を出さないと、いざ戦争に出向く時に内部崩壊する。」



四「その点、うちの玉響班ってば、潔白すぎるよなあ皆。別にそれは悪いことじゃねえけど……。」



橘「…まぁ、そうとは限らないと思うけどね。」



「それはどういう意味だ、橘。玉響を疑ってるのか?」



思わずカッとなり、彼女に食いつく。

どうしてそんなに疑うように仕向けるような言葉を発するんだ。


私はただ、皆との信頼を、壊したくないだけなのに。



橘「疑ってるわけじゃない。人は…諸行無常。今は白い布でも、いつかは荒波に飲まれ黒く染まる日が来る。」



「……。」



そう、橘紅紀は私の幼馴染だ。

もう一人、雷堂縁という生徒会メンバーも、私達の幼馴染だ。


…橘は神社の家系の生まれで、幼い頃から強い霊視能力を持っている。

いつも私の後ろにお爺さんが付いてる、だなんて言ってたっけ。


でも…彼女の両親は既にこの世を去っている。

それは、紫苑国の政策、神道滅却法案によるもの。


この国では宗教が2つ存在した。

八百万の神がいると言われる古からの宗教、神道。

そしてもう一つは、1柱の雷神のみが崇拝対象である、朱頂蘭教。


だが、上は国の統一を図るために約10年ほど前に崇拝宗教を朱頂蘭教に絞った。

その関係で、松龍州で最も大きな藤宮ふじみや神社の宮司であった橘の両親は見せしめとして処刑されている。


私も藤宮神社についてはあまり知ってはおらず何があったのか、詳細に語ることは出来ない。



……けれど、滅多に泣かない彼女が空を見ながら涙を零していた姿だけは鮮明に残っている。


 しかし、考えてみれば私達の関係が悪くなったのはそれからだった。

縁ちゃんも私と同じく頭に?を浮かべながら、彼女の私に対する態度に疑問を感じていた。



(もうあれから10年経ったのか。)



彼女も私も、もう色々なものが変わったはずだ。

そして何より…同じ玉響班のメンバーとして、私は大切に接したい。



藤「というわけで、頼んだよ紗奈。君の調査結果によっては今後の戦略も変わってくる。」



「あんまりにも腐ってたら使えないってことか。」



藤「その通り。話が早くていつも助かるよ、紗奈。」



そして、会長のためにも。




 すると、橘が声をあげた。


橘「千里ちゃん、それ私も加わっていい?」


藤「ん?どうして?」



流石の会長も、これには拍子抜けした顔をした。



橘「私も偵察関連のものを経験したい。」


藤「ふむ…。」



冗談ではないと橘の目を見れば分かる。

会長も、真剣に唸り始めた。



「内部とは言え、それなりの危険が伴うことだ。私は反対。」


橘「お前には聞いてない、会長に尋ねている。」


「っ…。」


四「ははは!また振られてるねぇ〜。ま、元気だしなよ紗奈!いつものことじゃん!」


いいや、いつものことではないんだ四水さんよ。

普通ならあいつは私を避け続ける。こんな同じ任務に自ら立候補する訳がない。



(それに…もう慣れきってはいるけど…。)


仮にも幼馴染の彼女にこうも冷遇をされ続けると、流石の冬木。悲しくもなる。




橘「役に立てると思う。私は雪ちゃんとも知り合いだし。何かしら情報は得られる。」


藤「…うん、まぁ、人が多くて困ることはないだろう。分かった、じゃあ紅紀と紗奈でお願いね。この事は内密に。」


橘「ありがとう会長。」


「…了解。」



何が何だかわからないまま、ただ内容と時間だけが過ぎ去っていく急流の川に私の体はついていけない。


(けど待てよ…?ようやく二人きりになれる機会が来たなら、ようやくわかるかもしれない。)


あいつが私に何かを思っていることはひしひしと伝わる。

今こそ、それを知る権利が私にあるはずだ。



「宜しくな、橘。」


橘「あぁ。宜しくね、ポスト会長さん。」



お互い意味ありげな握手を交わし、お互いの帰路についた。





藤「……。」


四「ねぇ会長?そろそろ教えてやっても良いんじゃないの?”ゆず”さんにさ。」


藤「いや………。私は、そんな簡単な任務ではないことは承知の上でここに来たんだ。」


四「まぁ、アイツ…蔭井がいる限りは言えないよねえ。ずっと一緒にいるから、こんな大事なこと言ったら大変よ。」


藤「…然るべき時が来たら、言わねばならないね。」


四「…私は面倒事に頭を突っ込んじゃって、尻まで入りたくないからここで失礼するよ。…寝ろよ、ちゃんと。」


藤「はは、ご心配ありがとう。」



会長は、ウキウキと文字が飛ぶように去っていった静香を見る。



藤「…ごめんね、静香。」



ガチャ



藤「ん?静香?何か忘れ物でも……っ!?」



???「やっほー!久しぶり!」







ー現在公開可能な情報ー


たちばな 紅紀こうき


生徒会の中で座学は二番目に悪い成績で加入したメンバー。しかし実技においては会長を上回るほどの実力者。冬木、雷堂と幼馴染で、松龍州の藤宮神社の一人娘。霊視能力を持つ。

約10年前に国の政策、「神道滅却法案」により両親を亡くしている。


藤堂とうどう 千里ちさと


生徒会会長、及び玉響班リーダー。実技も座学も5の成績で玉響入りを果たした超絶エリート。実力だけでなく、優れた統率力で玉響、以下3つの班を従える。しかし権力とは裏腹に、上に立つからこそ知ってしまった秘密を多く抱えている。

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