「玉響」


 そんな事を考えながら私は窓の外を眺め、時間を潰していた。

目を閉じれば雨音が耳を突くが、それ以上にうつ伏せになっているからか、腕時計の針の音が忙しなく私を追い立てる。


「遅いなぁ、皆。」


暦では今は夏だと言うのに、実際は中秋のように肌寒い。

生徒会室にはつい10分ほど前に来たが、暖房は全く働く気がない模様。


(………それにしても皆遅いな。)


とりあえず、いつも会合や訓練に遅刻してくる『例の3人』は置いといて、会長まで来ないとは何事だろうか。


ちなみに開始時刻からは既に3分が経過している。


(だけどまぁ…こういう事を言うとアイツにはせっかちだなんだって言われるし…面と向かっては言わないけど。)


そんな事を心のなかでブーブーと言っていると、横から扉の擦れる音がする。



「おっ?陽だけ?珍しいねぇ。ま、いつもなら部屋の外に聞こえるくらいアイツと騒いでるもんな。どうりで聞こえないわけだ。」


「別に喧嘩してねえから!アイツと騒ぐ義理も無いだけだ。」



 この目の前の飄々としている奴は、冬木紗奈ふゆきさな

玉響班の中ではポスト会長の立ち位置で、藤堂会長の右腕である。


…とは言っても、正直彼女自身の方は、てんで好きになれない。

素直過ぎるし、恐らくこの学園に向いてない方の人間だ。


戦争では何が起きるかわからない。こういうやつがたまに無駄死にをする。

…と、こないだアイツに言ったら、



「お前も大概だぞ。」



と言われ、その日はしょんぼりした顔で佐戸ちゃんに慰めて貰ったっけ。



 そんな事を考えていれば、また扉が開かれる。

それに、今度は数人分の足音さえ聞こえる。



「……遅刻。」


「…すまないとは思ってる。」


そう、”アイツ”を筆頭とした遅刻三人組だ。



「ふぁぁ…ねっむ……暖房、暖房…。」


「だめ。」



目端で、生徒会室に入るなり早速暖房の上で毛布にくるまり寝ようとする四水しすいの首根っこを掴んで無理矢理椅子に座らせる橘を流し見しながら、目の前の彼女と話す。



「ごめんで済んだら警察要らないって何回も言ってるじゃん。」


「いやっ、それがですねぇ朔間さくまさぁん……。係の仕事が大量に、」


「はい言い訳駄目ですー、校庭5周ね〜。」



そう言うと、彼女は分かりやすいように顔を青ざめた後、どうにかして逃れようと冬木の方に目をやるが、肝心の本人は何か打ち込み作業をしていて気づくことはなかった。


というか、ちゃっかり左横の席に座られてるし。



「ってことで!」


「……会長に言うわ。パワハラがいますって。」


 そうやってブツブツ言いながら右横の席に座ってきたコイツは、蔭井三菜かげいみな

普段は班内の戦闘成績は最下位、ということで全く役に立たないと思われがちなのだが、肝心な時にはしっかりとやってくれる、所謂”万能効率型女子”だ。




橘「で、会長は?遅くない?あと佐戸ちゃんとかゆかりちゃんとか。」


冬「流石に遅すぎるな。探しに行くか。」



蔭井といつも通りの茶番劇…ならざるものをやっている間に既に15分は経っていた。



(確かに遅すぎる……。)


普段、藤堂会長は10分前にスタンバイしていて、早めに行きがちな私が入っても絶対にそこに座っている。

だからこそ、何かあったんじゃないかと、恐らく口にしないだけでここの部屋にいる全員が感じているだろう。


我々暁学園生徒は、この国の少なき軍事学校の生徒。

…故に、いつ不覚の出来事が起こるかわからないということである。



 昔はこの紫苑国にある軍事学校はここ、暁学園しかなかったそうで、200年前の大戦争では人手が足りず、一般学校の生徒まで招集する”学徒隊”制度があったらしいが……。



(そんなの、酷だよなあ本当。)



私達ですら、この状態で戦場に向かえるのか怪しい状態だ。

何せ、200年間も何も起きていないのだから。


それなのに、何の対策もしていない一般人が戦場に放り出されるなど…言語道断だ。



(一体皇室はなにをしていたんだ。)



この国の政治は実質、皇室が握っていた。

周辺諸国はこの200年間で相次いで革命が起こり共和制へと変化していったが、我が国のみ皇室が残っている。


故に政は皇室が担っているのだが……。



(何だか、気に食わないんだよね。)



はっきりとした理由はない…けど。

私は昔から皇室に対して、煮え切らない嫌悪感にも似た感情を抱いている。



「…とりあえず探してくるよ。」


そう言って冬木が立ち上がると、丁度タイミング良く、扉が開かれた。




藤「皆、遅くなってごめんね。」


橘「あぁ、別にいいけど理由は説明してくれよな。」


藤「勿論だ。さぁ、皆席について。」



私がこの部屋にやってきて35分後、藤堂千里、そしてそれに続いて雷堂縁、佐戸ゆりの3人がやってきて、ようやく全員が揃った。


この藤堂千里という生徒会長は、なんと座学戦闘双方で5の成績を取ったらしい。…並大抵の人間ではない。


だからこそ、同い年だけれど少し尊敬の念も持ってしまっているのだ。


会長がようやく現れたということで、今までは散り散りになって座っていた玉響班メンバーはいつもの席に座り、千里ちゃんの話を待つ。


緊迫した空気の中、にわかに信じ難い言葉が静寂の空間に発せられる。




藤「…戦が始まる。」


「戦…?な、何だよ〜突然!」



出来る限り明るく振る舞おうとするが、横の蔭井に手で静止される。

顔を見れば、今はやめておけ、と口パクで伝えてきた。


(そんな事言われたって…この空気感に耐えられないのはあなただってそうでしょうに。)


しかし、やはり千里ちゃんの顔に曇りが無いことを確認し、渋々口を縛った。



冬「詳しく聞かせてくれ。」


藤「詳細は佐戸ちゃんから。」


佐「了解。実は…隣国のリビアングラスからの外交使節がうちの外交団の一人を殺害したという噂が出ているの。」



佐戸ちゃんの言葉に、全員わかりやすく挙動をカチコチにさせる。



四「は?何だ…それ。」


橘「その外交使節、外交じゃなくて断交しにきてるのね。」


「でも何で突然そんな!?」



リビアングラス。我が国のすぐ隣に位置し、常に睨み合いが続いている…つまり最大の敵国だ。

200年前に我が国を攻めてきたのも、この国だった。



佐「最近揉めていたことは皆も知ってるだろうけど。うちの国で取れる瑠璃石がどうしても欲しいらしいね。」


雷「まぁ…リビアングラスは農業大国。工業にも力を入れたいからこそ、素となる資源が不足するのも無理はない。」


蔭「…さすれば会長。俺らはどうすれば。」



そう蔭井が問うと、息をゆっくり吸って強い眼差しを私達に向けた。



「本日より対リビアングラスの戦争が始まる。我々玉響班は勿論前線に出向く。」



私達はお互いの顔を見合わせた。

不安、焦燥、怒り、疑問…あらゆる感情が乗っている7人分の瞳を、私は己の目に焼き付けた。


とうとう、私がここにいる意義が証明される日が来るのだということなのだから。






           ー現時点で公開可能な情報ー


朔間さくま よう


生徒会の一員。少しせっかちな部分があるが、裏を返せば根は真面目で安定的な実力を持つ。

蔭井と共に行動することが多く、藤堂会長に若干の憧れを抱く。

皇室への嫌悪感を常に抱く。


冬木ふゆき 紗奈さな


生徒会メンバー。藤堂会長の右腕、ポスト会長の立ち位置で、事務処理なども彼女が行うことが多い。

基本一人行動ではあるが、作戦班で橘、四水の行動と共にすることもある。


蔭井かげい 三菜みな


生徒会メンバー。橘、四水とともに遅刻三人組の一人。玉響班には成績最下位のギリギリラインで加入。

しかし、最下位にしては有事の際の行動が機敏すぎる…?

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