武藤大海(むとうひろみ)

 「私、鈴木君と付き合うことにした」


 幼馴染の首藤汐里しゅとうしおりが発したその言葉に、俺は密かに失恋した。




 小さな頃から何をするにも一緒だった汐里。

 表情豊かでお転婆。転んでも泥だらけで笑う彼女は、男の子に間違えられるほど元気一杯な幼馴染だった。

 そのくせ、可愛いものが好きだったり、妙に優しかったり、年上ぶったりと、女の子であることを意識することも多かったと思う。

 怒った時に頬を膨らませて「むー……」と唸る姿は、今思うとすごく可愛かった。


 小学校でもそれは変わらない。

 男子女子の垣根無く一緒に駆け回り、友達と混ざって校庭でよく遊んだものだ。


 それでも高学年になると、少しずつ、自分の中で彼女が異性として特別であるということに意識が向き始めた。

 男子にからかわれる汐里を見ると腹が立ったし、追い払おうとしてケンカになることもあった。

 ケガをすると「大丈夫?」と心配してくれる汐里のその優しさが、無性に嬉しかった。


 中学生にもなると、幼馴染という関係は揶揄の対象になるらしい。

 2人で話した後には友達に付き合ってるのかとからかわれ、なぜか、自分の中で汐里と接することへの気まずさが育っていった。


 違うクラスだったこともあって、いつしか2人でいることも、話すことも減っていく。

 中学校1年の冬には、会うことすらも少なくなっていた。

 それでも廊下や借り勉の時にはついつい彼女を目で探してしまう。

 時折、汐里と目が合って笑ってくれることもあって、それだけで嫌いな1500m走も乗り切れる。


 きっと、世に言う、単純なやつなんだろう。


 同じ部活で親友らしい木稲加恋このみかれんという女子とよく話していた汐里。

 スタイルが良く、男子からの人気も高い女子。たまに聞こえてくる“ランキング”でも常に、トップにいるような生徒だった。

 驚いたのは、汐里も意外と人気があるらしいこと。

 嬉しく、誇らしい反面、何とも言えない気持ちが俺の中に積もっていた。


 だから。


 2年のクラス替えで一緒のクラスになったことをきっかけに、前みたいに気軽に話すことが出来る関係に戻りたいと思った。

 でも。なかなか勇気が出ない。

 自分でも格好悪いと思いながら、うじうじと悩むことしばらく。


 1学期最初の席替えでたまたま、汐里の親友の木稲このみと隣の席になった。


 彼女から、汐里との会話のきっかけを聞いてみよう。


 そう思って話しかけてみると、気さくな性格の彼女とは、驚くほど会話が弾んだ。

 そこにはきっと、首藤汐里という共通の話題があったからに違いない。


 『もし会話のネタがないなら、私の事、ネタとして使ってくれていいよ?』

 『え、良いのか?』

 『そしたらあれでしょ? しばらくは一緒に帰る理由、できるじゃん? 他の男子にからかわれても、私を好きだって言えば良いよ」

 『木稲このみ、天才かよ……』


 そんなアドバイスに背を押される形で、俺は久しぶりに汐里と帰ることにする。


 『今日、久しぶりに一緒に帰ろうぜ』


 自分でもわかるほど、緊張した声だった。




 そして、帰り道。

 最初は緊張したものの、話しているうちにほぐれてきた。

 ここでも共通の話題――木稲加恋の存在があったおかげで、会話は弾んだと思う。


 久しぶりに近くで見る汐里はどこか大人びて見える。

 話すときに肩口の髪を弄る昔からの子供っぽい癖も、今の彼女がすると魅力的に映るから不思議だ。


 終始緊張で、顔が熱い。

 話していると、気づけばもう家の前だった。


 まさにその時。


 「私、鈴木君と付き合うことにした」


 彼女は笑顔で言った。

 しかし、なぜだか、とても苦しそうな顔にも見える。


 「鈴木って、同じクラスの、あの、学年1位の……?」


 震えるような声で汐里に尋ねているのは誰だろう?


 「そう。まだみんなには、内緒だけど……」 


 内緒。秘密。

 自分の知らない汐里がそこにはいて、そして見たことのない顔で笑っている。


 この時になってようやく、俺は汐里を女子として好きだったのだと気が付いた。


 同時に、失恋したことも。


 この時情けなく倒れなかった自分を褒めたい。


 「そっか」

 「……うん」

 「じゃ、また明日な」

 「うん、また明日」


 努めて普段通りを装って、玄関をくぐる。

 ドアが閉まったその瞬間に、俺は膝から崩れ落ちた。


 失恋してもなお、汐里とは幼馴染でいたいと思うのは、間違っているだろうか。

 男女の友情は成立するのだろうか。

 どうして、鈴木なのか。

 どうして――。


 でも汐里の幸せを願うなら、この片思いは誰にも言うべきではない。

 自分の中で昇華しなければならないのだ。

 たとえ、どれだけ時間がかかっても。

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