ナントカエフェクト

292ki

それをかつて「人間」は

百年ぶりに雨が降った。

そんな物語のはじまりの様な出来事を誰も喜ばなかった。

いや、確かに誰かは喜んだんだろうけど、少なくとも私の周りは誰も喜ばなかった。

それもそのはず。百年ぶりに雨が降ったというその土地は私たちが生まれるよりずっと以前に祖先が放棄した土地だったからだ。

何でも、昔の戦争の影響でとても生活に適していない環境になってしまったそうな。雨が降らなかったのもその関係らしい。

かつてその土地にいた生き物も軒並み絶滅してしまったので、観測地にするのも無駄だったという。

今はたまーに物好きな研究者が訪れることがあるだけの滅びた土地だ。

そんなところに雨が降ったかどうかなんて事実があったところで私たちの暮らしには一切の影響がない。

だから、誰もそのことを喜ばなかった。さりとて、悲しむこともなかった。ふーん、そうなの?なんか奇跡的で素敵だね。で、明日の予定なんだけどさ。みたいな反応で終わりである。

私も別に特に思うところはなく。

ただ、考えるにそのニュースを我がもの顔で広めた人は余程の目立ちたがり屋なんだな、と思った程度である。


百年ぶりに雨が降った。

それが世界を揺るがすような大事態になったのは雨が降ってから約一ヶ月後のこと。

その土地で生きている生物が保護された。その土地を訪れた物好きな研究者によって発見されたのである。

雨が降ったことはどうでもいいが、その影響でその土地にかつて棲息していたとされる「人間」が生きたまま保護されたのは世界を揺るがす大事件だった。

どうやら件の「人間」はその時代には珍しい冷凍睡眠で戦火を逃れたらしい。

「人間」は最近までずっと冷凍睡眠用の機械の中にいた。しかし、百年ぶりに降った雨が機械の電気系統を破壊してしまったため、「人間」は眠りから覚めたらしい。

雨様様である。おかげで私たちが先人の残した歴史書でしか知れなかった「人間」について、くまなく詳しく知ることが出来るのだから。それはとてもいいことなのだと、研究が進めば私たちの暮らしもよりよくなるのだと色々な人が言うし、私の周りの人もそう言うのできっとそうなのだろう。

全く関係のないように見える事象がとてつもない影響をもたらす遠因となる。

そういうのをかつて「人間」の言葉でナントカエフェクトと言ったらしい。または風吹けばナニが儲かるやらなんとやら。

それにあやかってこの事件にもナントカエフェクトっぽい名前をつけようという話だ。もしくは雨が降ると世界が潤うという新しい言葉を広めようとか。まあ、よくわからん話がどんどん進んでいる。平和的でいいことだ。


全世界に向けて発信された映像に映る「人間」は私たちと違って手足に当たる部位が2本ずつしかなくて身長も低くて色々な部分が私たちと全く違う。こんな生物が昔はそこらかしこにいたなんて想像も出来ない。

映像の中の「人間」の目らしき部分は黒黒と濁っていて、何だか屠殺される前のバルバッタの成体に似ていた。なんか、食べられるのを待つ前の様な。それが妙に印象的だった。「人間」っていうのは皆そんな感じなのだろう。詳しくは知らないけど。

まあこれから「人間」は頭のいい人たちが有用になるようにあれこれしてくれるらしいので、私達はそれを享受するだけだ。

それで生きていけるから。


あの雨は恵の雨だなぁと誰かが言った。

私もそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナントカエフェクト 292ki @292ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ