こっちの王女とあっちの王子の胸の内


 少しだけ時間は遡る。

 ソルピアニ王国の王宮。第一王女の私室。


 入口には使用人が常にひとりはいて、いつでも用事を受けられるようにしている。


 部屋の壁側中央には天蓋付きのベッド。

 プレシアが並んで寝ても、端が余る大きさだ。


 部屋の高いところにある採光用の窓は、少し大きめに作られている。 


 昼下がりの日差しがプレシアの金髪に反射して光の粒を生んだ。


 暖かな陽の光に包まれても、プレシアの心はどんよりとした暗い雲が晴れない。


 彼女は先ほどまで、婚約者であるルシガー王子と会っていた。


 五年前までは敵国だったスリムキヤ帝国。

 父王は帝国との戦争の中で命を落とした。


 その帝国の第三王子がルシガー・スリムキヤ。


 ルシガー王子に何か非があるわけでは無い。

 だが、父の仇である帝国の王子と結婚するのは、あまり気分は良いものではない。


 歳はたしか二十一歳。

 プレシアより三つ年上。


 喋り方がいちいち気障きざなところと、

 しきりに前髪をかき上げる鬱陶うっとうしい仕草と、

 たぶん自分を格好イイと思っているところと、

 明らかにこちらを舐めている態度が鼻につく。


 けれど、それ以外は、特に大きな不満はない。


 他国では、二十も年上の太ったオジサンと結婚している王女も珍しくないと聞く。


 王族の結婚相手としては、きっとかなり運が良い縁談なのだと思う。


「他と比べるものではないのでしょうけど」


 プレシアは肩に乗った小さな蛇のようなモンスターの角を撫でる。


 モンスターはクアァ、と口を開けてあくびした。


「アリアだったら、どうしていたのかしらね」


 一日に一度は、突然いなくなってしまったアリアのことを想う。


 プレシアの金髪に混じった青と緑のメッシュは、妹とお揃いで染めた。


 アリアは幼い頃からとても賢い子だった。

 知識や常識は身につければ良いが、考える力は才能によるところが大きいと思う。


 だから「妹の方が女王に相応しい」と考えている貴族も多かった。


 その気持ちはよく分かる。

 自分が同じ立場だったなら、やはりアリアを王女に推しただろう。


 アリアが王宮に戻ってきてくれるのなら、女王の椅子なんていつでも譲りたい。


 そんなこと、ロゴールが許しはしないのだけど。


 妹が十五歳の成人を迎えた日。

 彼女は神獣であるユニコーンと契約した。

 信心深い貴族からは「神の子」と呼ばれるようになった。


 私のときは、この小さな蛇。

 王宮に来てくれたモンスター商おじさんも苦笑していた。


 百種以上ものモンスターを連れてきたのに「よりによってソイツか」と。


 口に出さずとも彼の表情はとても雄弁だった。

 きっとウソがつけないタイプだ。


 あのまま商人を続けていて大丈夫なのか、と他人事だけど心配した。


 あの蛇は遠国の珍しいモンスターだそうだ。

 でも、珍しいだけでそれ以上の価値はない。


「第一王女というだけで、それ以外になんの価値のない私とそっくり」


 だからプレシアは、この蛇のようなモンスターを気に入っている。


 さしたるスキルを持たず、身体も小さいこの子は召喚維持コストが低い。


 プレシアの平々凡々な魔力でも、ほぼ一日中召喚し続けていられる。


 だから、寝るとき以外はいつも一緒だ。


 父上が戦死して、母上が病に倒れた。

 次は妹は行方不明になった。


 もうこの子以外、プレシアの家族はいない。



   §   §   §   §   §



 ルシガーは馬車に揺られ、スリムキヤ帝国への帰路についていた。


 王族専用の馬車とはいえ、ガタゴトと揺れる車体は乗り心地が良いものでは無い。


 陽はずいぶんと深く傾き、地平をオレンジ色に染め上げる。


 このまま進めば、帝国の首都に着くのは夜になるだろう。


 中継地となる街で一泊。

 城に着くのは恐らく明日だ。


 隣国とは言え、ソルピアニ王国の王宮と、帝国の首都の間はずいぶん距離がある。


 まさに遠路はるばる、といったところ。

 ルシガーが王国を訪れていたのは、婚約者であるプレシア王女に会うためだ。


 幾度か王宮で顔をあわせ、ついに、その滞在期間が終わった。


「なんとも退屈な女であった」


 プレシアに対する、ルシガーの正直な感想だ。

 それを聞いた側近のハイラが眉をひそめる。


「そう申されますな。ここは王国の土地ですぞ」


 どこで誰が聞いているか分かったものではない、と言外に諭される。


 ルシガーはフンと鼻を鳴らし、馬車の窓から外の景色を眺めながら反論する。


「なにを言う。これは誉め言葉だぞ。

 王の妻となる女は退屈なくらいがちょうど良い。

 政治に口を出したり夫に逆らうようではダメだ。

 その点、あの王女は心配なさそうで安心した」


 これは意地悪を言っているわけではない。

 ルシガーは心からそう思っている。


 国家は男の王が治めてこそ、繁栄が約束される。

 故に、女王は夫に従順であるに限る。


「例の第二王女、アリアといったか。

 あれが消えてくれたのも素晴らしい。

 親族の干渉は存外に厄介であるからな」


「殿下の仰るとおりでございます」


 ルシガーの言葉に、ハイラも頷く。

 今回のソルピアニ王国との婚姻は、ただ国家間の融和を求めたものではない。


 国力増強と支配地拡大を狙うスリムキヤ帝国。

 狙っているのはソルピアニ王国そのもの。


 婚姻はその足掛かりに過ぎない。


 ソルピアニ王国は、近い将来スリムキヤ帝国に併合される運命だ。


 これはルシガー個人の想いではない。

 スリムキヤ帝国の総意である。


「ふん。だが、やはり納得がいかん」


 しかし、ルシガーはこの婚姻が不満だった。

 ソルピアニ王国などという小国の王になったからなんだというのか。


 しかもあの国は女王制。

 制度上は王の方が位が低いというではないか。


 政略結婚ならば、ほかに候補はいくらでもいた。

 だが、現皇帝はルシガーにこの役目を負わせた。


「先の戦での失態が頂けませんでし……あだっ」


 無遠慮に傷口に塩を塗ってくるハイラの足を、思いっきり蹴とばした。


 ソルピアニ王国への侵略戦争。

 ほかの兄弟が次々と手柄を上げる中、ルシガーは敵の前線拠点を落とせなかった。


 スタート一歩目でつまづいた。


 ルシガーの失態が原因、というわけでは無いが侵略は失敗に終わった。


 戦後、ルシガーは責を問われるかたちで、この任を与えられたのである。


 この婿という屈辱的な任を。


 せめて女王を支配し、王国を自分の思い通りに。

 それくらいの役得がなくてはやってられない。

 

 宮廷召喚士長のロゴールとかいう男は、多少なりとも政治が出来そうではあった。


 だが、あの手の男は、金か女で飼い慣らせばどうとでもなるだろう。


 そうだ。ロゴールといえば、あの話。

 ルシガーはハイラの方へ身を乗り出し、この訪問における最大の成果を報告する。


「そちらはさておき、あっちは収穫があったぞ」


 先ほどとは打って変わって、ルシガーの胸は大きく高鳴っていた。


 気分は宝箱を見つけた少年のようだ。


「さようでございますか」

「うむ。やはりこの国に眠っている可能性が高い」

「それはそれは。大変よろしゅうございましたな」


 ルシガーは今から楽しみで仕方がなかった。


 ソルピアニ王国の歴史を調べる中で、ルシガーは興味深い資料を発見した。

 

 そこに記されていたのは、この王国に眠っているかもしれない大いなる力。


 婚姻に興味は無い。

 だが、大いなる力には興味がある。


 もしその力を手中に収めれば、世界を手にすることも出来るかもしれない。


 どう考えても怪しいのは例の禁足地。

 すぐにでも調査をしたいと考えている。


 正しい手順を考えれば。

 王女と結婚して、正式に王となり、国の重臣たちも説得したうえで調査をすべき。


 そんなことは百も承知であるが、悠長なことをしていては時間がもったいない。


 目の前に宝箱を置かれているのだ。

 すぐに中を知りたいと思うのは当然ではないか。


(どうせすぐに私のものになるのだ。早いか遅いかの違いでしかない)


 まずはバレないように調査隊を送りこもう。


 そういえば、ロゴールがなにやら剣呑なことを言っていた気がする。


 はて、なんだったか……。

 いや、気にすることはない。


 人を立ち入らせたくない場所には、わざと怪しいウワサを立てるものだ。


 ガタゴト、ガタゴト、馬車が荒地を進む中。

 ルシガーは、どうしたら正しい手順を無視して調査できるかを考えている。

 

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