だから、あそこにだけは入っちゃいけないってあれほど……


「ドライアド! アイツの動きを止めろ!!」


 アリアの指示に従って、ドライアドが魔力のフィールドを広げる。


 木の精霊であるドライアド。

 そのスキルに操られた草木が影にまとわりつく。


「やああああぁぁぁぁ!!!!!!」


 アリアは腰から短刀を抜いて、草に足を捕らえられた影に斬りかかった。


 影に短刀が突き刺さる。

 てのひらにダイレクトに伝わる、肉を斬る感覚。

 噴き出した血が腕にかかる。熱い。


 さらに後ろでガサガサと音がする。

 さらには横からも。


「ドライアド! 全部つかまえて!!」


 草はウネウネと背を伸ばし、

 木の枝がズズッと伸びてなにかを捕まえる。


 いま斬った一匹。

 さらに捕まえたものが三匹。


「たああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 声を張り上げて気勢を上げ、

 手にした短刀で、捕らえた影に刃を立てる。


 最後の一匹を斬り伏せたとき、松明の灯りがアリアを照らした。


「ほぉ。大猟たいりょうだな」


 松明はアリアも見慣れたゴブリンのもの。

 決して消えない不思議な松明。


 傍らにはもちろんラキスが立っていた。


 大猟、そうだ、大猟なのだ。

 アリアはひとりで四匹もたおした。


「ああ、ボクだってやるときはやるんだ」

「そうだな。驚いた」


 ついに、ラキスが褒めてくれた。


 アリアは喜びで飛び跳ねそうになるのを、グッと堪えて平静を装う。


「これだけあれば、二日は持つな」


 ん? ふつか? もつ?


「さっさと血抜きをするぞ」


 ちぬき?


 そこで初めて、自分が斬り伏せた影を見た。

 ゴブリンが持つ松明に照らされたそれは、小さなウリ坊だった。


 アリアがドライアドを召喚してまで、必死で斬り殺したのはイノシシ。


 しかもまだ小さな子どもというオチ。

 アリアは恥ずかしくて、顔を上げられない。


「どうした?」


 ラキスが怪訝な顔でアリアを見る。

 やがて得心がいったとばかりに手を打った。


「そうか。血抜きを知らないのか」


 なにやら見当違いの方向で納得している。


 いや、あながち見当違いというわけでもない。

 アリアに血抜きの経験が無いのはその通りだ。


「俺が教えてやる。こっちに――」


 隣にいたゴブリンの斥候スカウトが鼻をひくつかせる。

 ラキスの表情も険しくなった。


「待て、そこにいろ。俺が行く」


 そのときはじめて、アリアは斥候が敵の匂いを察知したことに気づいた。


 ラキスが静かに立ち上がり、アリアの方へずりずりとり足でにじり寄る。


「サモン」


 ラキスは大楯兵シールダー弓兵アーチャー、さらに密偵スパイも召喚した。

 見えない敵を前に、臨戦態勢を取る。


「囲まれたな」


 ラキスがアリアの隣にたどりつく。


「昼に襲ってきたヤツらとはレベルが違う。

 こいつらは、訓練されたチームだ」


 訓練されたチーム――ロゴールが裏切った?


 いや、あのときの彼の言葉に嘘はなかった。

 ……か、どうかは分からないが多分違う。


 なぜなら軍はロゴールの手駒ではないからだ。


 もちろん、正規の手続きを取れば、軍を動かすことは出来るだろう。


 だけど、アリアが見つかって困るのは彼の方だ。

 などと考えていたら、突然ラキスに襟首を引っ張られた。


「ちょっ! えっ⁉ いだっ!」


 強引に引っ張るものだから、アリアはそのまま後ろの大木に後頭部をぶつけた。


 頭をさすり、さすり、顔を上げると、

 先ほどまでアリアが立っていた地面に手斧が突き刺さっていた。


 アリアはサァーーーっと、顔から血の気が引いていくのを感じた。


 ラキスもアリアのいる場所まで下がってくる。

 大木を背に、前方は大楯兵が壁となっていた。


 だが、頼りの大楯もいつまで持つか。


 丈夫そうに見えて、あの大楯は木製だ。

 矢ならまだしも、手斧ともなると耐えられるかどうか。不安だ。


 なにか、一発逆転の打開策を捻り出さなくては。


「ラキス! 爆弾は⁉

 敵がいそうなところに適当に投げてみるとか」

「あれは召喚一回につき一発っきりの切り札だ」

「えーっと、じゃあ、じゃあ、火だ!

 火で、この森を燃やすんだ!!」

「その発想は嫌いじゃないな。

 俺たちも逃げ場がなくなるが、構わんか?」

「それは困る……」


 アリアにはもう、次善の策が思いつかない。

 頭を抱えるアリアの隣で、ラキスはゴブリンの密偵と何やら話をしている。


「◆●☆■◇☆☆□▼◆☆」

「ほお、なるほどな」


 え? 話をしている?


 指示を出す、なら分かる。

 モンスターは召喚契約によって召喚士の言葉を理解できるようになるからだ。


 アリアもドライアドに指示を出して戦った。

 ……ウリ坊とだけど。


 だけど『話す』ためには、モンスターの言葉を理解できなくてはならない。


 そんなことが出来るなんて聞いたことがないし、もちろんアリアには出来ない。


「待って待って、まさかとは思うけど……。

 もしかして、いまゴブリンと話してる?」

「ああ、そうだ」

「なんで⁉ どうやって?」

「ん? 覚えた」


 モンスターの言葉を覚えた⁉

 にわかでなくとも信じられない話だ。


 しかし言われてみれば、ロゴールとの戦いでも思い当たる節がある。


 デスプラントの場所。

 密偵がラキスに伝え、ラキスが爆弾魔に指示を出していた。


 密偵が草原の一点を指で差している様子はアリアも見た。

 

 だが、指差しだけで伝えたにしてはピタリとハマり過ぎだ。


 アリアは気付かなかったが、あのときも会話していたのかもしれない。


「コイツは耳がいい。スパイだからな」

「うん、知ってる」

「だから敵の声が聞こえたそうだ。『侵入者』と」

「侵入者? ……あっ!!」


 アリアはようやく気づいた。

 この場所がどこなのか。


「どうやら、そういうことらしい」


 当然、ラキスも気づいている。

 

 それはそうだ。

 元々、この場所が近いからという理由で、森での野宿を選んだのだから。


 この場所には人が近づかない。

 なぜならここは禁足地。


 平民も、貴族も、王家でさえも等しく。


 


「ごめんなさい。ボクのせいだ」

「いい」

「ボクがこんなところに迷いこんだから……ッ」

「反省はあとにしろ」

「ぅぐっ」


 ラキスに睨まれ、アリアは言葉を飲み込む。


 彼の言う通りだ。いま謝るのは違う。

 いまは『場所が分かった』というアドバンテージを活かすのが先だ。


 ここは禁足地、アリアたちは侵入者。

 ならば敵は誰か。

 ……おそらく、禁足地の守護者だ。


 アリアは小さい頃、プレシアから聞いた話を思い出した。


「彼の地に踏み入った者は二度と帰れない。

 鬼に喰われるか、鬼になるか、ふたつにひとつ」


 本当に鬼がいるのでなければ、この地を護っている人間がいるはずだ。


 それが彼らなのであれば――。


「なるほど。それならやりようはあるな」


 アリアから話を聞いたラキスはニヤリと笑った。


「おい! 聞こえるか⁉

 こちらには対話の意思がある!!」


 ラキスの声が、森の暗闇に吸い込まれていく。


「貴様らが対話に応じる知性を持つ人ならば、返事をしろ!」

「……………………」


 ビュン、ビュン、ビュン。


 残念ながら返事は戻ってこない。

 代わりに手斧が飛んできた。


 手斧は大楯に突き刺さり、ミシッと嫌な音を立てた。


 ラキスは想定どおり、という顔をして、さらに声を張り上げる。


「これが答えか⁉

 貴様らが知性なき獣だというならば!

 ……この森を焼く!」 


 ラキスの宣言に合わせて、ゴブリンの弓兵が火矢をつがえる。


 暗闇の中、煌々こうこうと燃え盛る炎。


 森がざわめきはじめた。

 いや、これは人のざわめきだ。


 森を焼く、という脅しが効いている。

 困惑、動揺、反発、明らかに場の空気が乱れた。


 ラキスは機を逃さず、さらに追い打ちをかける。


「これは脅しではない!

 このまま手斧で殺されるならイチかバチかだ!」


 ラキスが弓兵に耳打ちをする。

 弓兵はコクリと頷くと、手斧が飛んできた方角に火矢を放った。


 暗闇の向こうで人の騒ぎ声がする。

 おそらく、火矢が落ちた場所を消火しているのだろう。


「さあ! もう一本!! 次は右にいくぞ!!」


 消火訓練をしているわけではないのだ。

 わざわざ宣言をする時点で、本気で森を燃やす気が無いのは明白。


 しかし、その都度、消火に右往左往しなくてはならない方はたまらない。


「待ってください! 話を!

 君の望み通り、まずは話をしましょう!!」


 暗闇の向こうから、ついに手斧以外のまともな返答が戻ってきた。


 でも、なんだろう。

 なんか想像してたのと違う、と思ったのはアリアだけではないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る