真意


ルイーズ=カンデラは、トグサの説明に対して首を傾げる。


「異世界の…帰還者?」


月を宿す海月は触手を伸ばして自らの頭の笠を撫でる。


『如何にも。帰還者には三つの終わりが存在する事はご存じかね?』


レインの説明に、トグサは眉間の皺を寄せて首を斜めに傾ける。


「三つの…?」


完全に分かっていない様子だった。

それだけは分かるので、トグサはレインに言う。


「レインさん。まだ新人なんで、分かってないと思います」


トグサの所持品となって日が浅い彼女は、まだ帰還者と言う存在に置いて完全に理解はしていない様子だった。

だから、レインは納得した様に、触手を二つ伸ばして、一方を下に向けて手を叩く様なジェスチャーを交える。


『あぁ、そうなのか。帰還者は、現界と契約した者が、異世界から送られる任務の遂行を行う、異世界と現界を往復する事からその名が付けられたとの一説がある、其処までは分かるかね?』


レインは簡単な説明をした。

銀髪を揺らして、手を組むルイーズ=カンデラは、顎下に親指を添えて、人差し指の腹で下唇をなぞる。


「きかん…しゃ?」


そして帰還者と言う存在自体が彼女の中では不明なものとなっていた。


「おい教えただろ、一週間も前の事だぞ」


トグサが教えた事を、ルイーズ=カンデラは忘れていた、その事実を隠す様に、慌てながらルイーズ=カンデラは声を荒げる。


「わ、分かってますわ!九割理解してますもの」


目が右往左往と動いている。

冷や汗が滲んでいて、焦りの表情が伺えた。


「その顔は一割しか理解出来てない顔だぞ…」


トグサは、またいちから教えなければならないのかと、落胆する。

レインは、ルイーズ=カンデラが知っている体で、話を進めた。


『帰還者には、『異界迷子』『魂魄消滅』『生命転生』この三つが、帰還者の終わりとされている…まあ、詳しくはトグサくんにでも聞いてくれたまえ』


レインは三つの終わり、その名称のみを口にした。

その終わり方は、ルイーズ=カンデラには告げない。

話の重点は其処ではないからだ。


「トグサ、なんですのそれは」


「…後で良いだろ?」


トグサも面倒臭いのか、その説明は省く事にする。

それよりも話を始めているレインに耳を傾けるべきだろう。


『帰還者が終わる際、契約が一つ消えてしまう。すると、帰還者としての席が一つ空いてしまう。この場合、帰還者の穴埋めとして管理者がスカウトするか、帰還者が後継者を決めるかの二択である』


帰還者としての役目は、管理者との契約によって成り立つ。

その契約が何らかの理由で消失すると、帰還者の役目も終わりになるのだ。

そして、空席が一つ生まれてしまうから、事前に帰還者が用意した代理人を管理者と契約させるか、管理者が直接適性を持つ魂を見つけて帰還者になるかどうか勧誘する。

トグサは、管理者から勧誘されているので、後者となっている。


『私は後者、元々は帰還者の所有物であったが、『生命転生』によって後釜として後押しされたのだ』


その結果、異世界人でありながら現界の専属帰還者としての役目を担う事になった。

此処までの説明を受けて、ルイーズ=カンデラは必死になって説明を整理している。


「…えぇと、つまりは、帰還者の所有物があなた様で、帰還者が次の後継者に選んだのが…あなた様、そして、後継者として帰還者になったのが、あなた様、と言う事でして?」


「ややこしい言い方が好きだな、お前は…」


ルイーズ=カンデラにとっては自分は簡単に説明をしていると思っているのだろうが、傍から聞いているトグサにとってはまどろっこしい説明だと認識されていた。


『その通りである。そして私は、異世界人でありながら、帰還者として契約する事になったのだ』



『しかし、トグサくん。キミも様やく終わりを迎え様としていたのだね』


レインの唐突な話の切り替わりに普遍的な態度をとっていたトグサは冷静さを欠いて狼狽した。


「あぁ…すいません、レイルさん、その話は」


ルイーズ=カンデラが聞こえてしまうかもしれないので彼女の前に立ちレインから遠ざかろうとする。しかしトグサの事ならばどんな情報でも知りたいルイーズ=カンデラ。トグサを押し退けてルイーズ=カンデラはレインの方へと視線を向けた。


「なんですの?トグサ。何を言い淀んでいまして?」


通常ならばトグサが渋々と答えてくれるだろうが、今回ばかりはトグサはルイーズ=カンデラの前から外して顔を背けた。その行動がまるで悪事に手を染めていて純粋な瞳から逃れて、罪悪感を覚えている悪人の様な表情にも見えた。


彼女の瞳は、トグサの表情を確認するが、トグサ自身は目を逸らす。

話をしたがらないので、ルイーズ=カンデラは事情を知るレインの方に説明を求める。

より多くの知識を宿すレインは、自分の知識をさらけ出す事に頓着はなかった。

むしろ愚者に教えを説く賢者の様にルイーズ=カンデラに嬉々として語り出す。

トグサは止めようと思った、だが同じ帰還者という立場上、危害を加えるワケには行かず、レインはルイーズ=カンデラに説明する。


『彼も時期にリワードが溜まる。リワードが設定額に届けば、管理者との交渉が出来る様になっている。私の前任は、交渉により異世界の永住権を手にし、そして帰還者の権利を手放した』


帰還者が仕事を受けて任務を達成した時、異世界の住人が指定した報酬をもらえる様になっているが、実はそれだけではない。


仕事の重要度と難易度に応じて管理者からの特別な報酬が出る様になっている。

トグサは数々の仕事を受けてそして戦ってきたのは世界の管理者からの報酬を貰う為だった。



「トグサ。リワードってなんですの?私を受け取って、何をしようと思っていまして?全部、全部答えて下さいましッ」


トグサの代わりにレインが答える。


『異世界人である彼女を報酬として受け取ったと言う事は、つまりは、後継にするつもりだったのでは無いのかね? か弱そうなお嬢様だが、経験でも積ませる為に連れて来たのでは?』


「経験…報酬、トグサ、もしかして…私は…」


レインからその内容を聞いた時ルイーズ=カンデラはある思想にたどり着いた。

海月の姿をする帰還者の言葉から察するに、異世界の人間でも帰還者になれるという事。

そしてトグサが国宝の剣以外の報酬を選ぶ際に、何故自分を選んだのか。

それはつまり、トグサの後釜はルイーズ=カンデラにする為に選んだのではないのか?ルイーズ=カンデラの表情は嶮しくなっていく。

自分を大切にしてくれていた存在がずっと騙していたのかと思うほどの裏切り。

自分を大切にしているのは、ルイーズ=カンデラが後継者である為に死んでしまうと困るから。

決して好意的に思っていたワケでは無い、とルイーズ=カンデラは思った。


「…私は、貴方の身代りとして、用意された、と言う事、なのですね?」


「待て…少しだけ待ってくれ、…その情報は伏せていたわけじゃない…何れ言おうとしていたんだ…ただ、タイミングが」


決して彼女に伝えなかったわけではない。

彼の言う通り、何事もタイミングというものが重要だ。

だからトグサは時期を見てその事を彼女に伝えようとした。

だがそれこそ、タイミングが悪かった。


挽回のチャンスはあった。

まだトグサを信じていたいという気持ちを持つ彼女に説明をすれば分かって貰えるかも知れなかった。


「けど…、それよりも…」


だけどトグサは彼女に説明するよりも自らの胸に手を添える。

先ほどからただならぬ気配を感じていた。

小動物とは違う殺意に溢れた気配だった。

それは、この世界に棲む、闇の一族の住人だった。

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