トグサと光る物体

トグサの敏感な反応にルイーズ=カンデラは首を傾げる。


「どうかしまして?」


しかしルイーズ=カンデラには分からない。

トグサは視界を向けたまま、ルイーズ=カンデラの肩を抱き寄せて。


「頭を下げろ…ックソ」


仄かな光が漏れている。

この世界では、光と言う存在は嫌われている。

集落の近くで、そんな光を漏らす様な生物がいるとすれば。

それは、まず間違いなく、彼が討伐すべき迷光だった。


「トグサ、何が…きゃっ!眩しいですわッ!!」


目の機能を潰す程に、発光する生物。

トグサは両目を瞑り、腕で光を遮りながら目を開く。


「迷光ッ」


トグサは、その生物の姿を視認した。

黄色と白色の閃光を放つ物体は、この暗闇の中では殺傷力を生み出す程に眩しい。

トグサは彼女の頭に手を添えて頭を下げさせると、自らは立ち上がり光る物体に立ち向かう。


「ルイーズ離れていろ…此処で出会った以上は、戦う他無い」


逃げろとトグサは言う。

トグサの戦闘は範囲攻撃が多い、ルイーズ=カンデラも巻き込んでしまう可能性がある。

だから、トグサはルイーズ=カンデラに離れる様に告げるが、彼女は涙を流して瞳を瞑ったまま動けない。


「だ、大丈夫ですの?!、ま、前が全然見えませんわ!!」


「(目が眩んだか…動くのは難しい、…此処で戦闘を開始する他無い)」


トグサは即座に判断すると、自らの胸元に手を置く。

其処は心臓があり、同時に人造肉体の磁界生成能力の元となる核が内蔵されていた。

しかしそれだけではない。トグサは、自らの魂が何処にあるかと問われれば、心臓付近に手を置くだろう。

トグサは心臓でも、核に触れているワケでもない。彼は自らの魂に触れている。

魂に刻まれた霊子分解された物質を構築させる為に、追憶の旅路から拾い上げる。


「『封庫アーセナル』―――『剣職バヨネット』」


魂に刻まれた武器を多量展開する。

赤き熱を宿す剣、冷たき冬を宿す剣、風を巻き起こす嵐の剣、絶望を通わせる恐慌の剣、常に振動を続ける剣、獣に対する特攻能力を持つ剣、様々な剣が、トグサを取り囲む様に、刀剣類が出現する。

人造肉体の磁界生成能力により、特殊な能力を宿す武器の金属部分を操作。

地面に突き刺さる刀剣類は彼の磁力によって浮遊し、見えない騎士団が武器を構えているかの様に見える。

磁力のS極とN極を交互に設置して線路を作る。

剣の尻から磁力で押し出す様なイメージを築き、複数設置した剣を光の物体に向ける。


「『磁・刺レイルロード』ッ!!」


叫ぶと同時、刀剣類が一斉に射出される。

磁力の影響により加速していく剣が光る物体に突き刺さろうとした。

だが、それは刺さる事無く、光が触手の様なものを伸ばすと、刀剣類が弾かれる。

攻撃の不可。強く燃える様に光る触手の先端を避ける様に、刀剣類は周囲の背景に飲まれていった。


軌道をズラされた。

トグサは内心、舌打ちをしながら魂に語り掛ける。

遠距離からの攻撃が効かないのであれば、接近戦で戦う事にする。

先ずは、接近戦に有効な武器を追憶から引き摺り出そうとして、其処で止まった。

何故ならば、光る物体から声が聞こえて来たからだ。


『休戦を求む、休戦を求む、私に敵意は無い、休戦を求む、繰り返す、休戦を求む』


二つの光る触手を、トグサの方に向けて来る。

トグサはその触手と声を聞いて、会話が可能な生物だと驚いた。


「…あ?!」


翻訳機能は生物に有効だ。

だが知恵を持つ生物でなければ、何を言っているのか分からない様になっている。

異国の人間が知恵と意志を以て喋るのであれば、其処から言語を取得出来るが、動物や昆虫と言った言語能力を介さない生物であるのならば、言語は翻訳されない様になっている。

少なくとも、其処に立つ光る物体は言語能力を宿している、と言う事になるだろう。

だが、トグサは光る物体に対して、何か違和感を覚えていた。いや、郷愁を感じている、のかも知れない。


「(この声…って、まさか)」


トグサは追憶から武器を出そうとするのを止める。

光る物体の方に目を向けて、目を細めながら声で光る物体に聞く。


「もしかして…レインさん、ですか?」


レイン。

その名前は、トグサの中では世話になった人間として記憶されている。

同時に、境遇は特殊である為に、よく覚えていた、と言うのもあった。

光る物体は自らの名前を当てられた事に驚いたのか、発光する力を抑える。


『なん、なんだ、私を知っている?…と言う事は、帰還者の誰か、かね?』


レイン。

その生物は、トグサと同じ、帰還者であった。

トグサは、同じ帰還者としての名前と、その生物の驚愕具合から、まず間違いないと確信した。


「俺です…トグサです、レインさん。歴史研究ですか?」


豆電球程の光にまで落ちると、光る生物の姿が確認できる。

その生物は、海月だった。茸の様な笠に、何本も伸びる触手。

透き通った体は、仄かに明るく光っている。

ルイーズ=カンデラは目を擦りながら、顔を上げる。


「な、なんですの?お知り合い、ですの?」


感光した両目の疼きが収まって来て、ルイーズ=カンデラが恐る恐ると目を開くと、ルイーズ=カンデラに気が付いた海月が再び光り出した。


『ん?そちらの女性は一体誰だね?』


「きゃあッ!ま、眩しいですわッ!!」


再び目晦ましを受けたルイーズ=カンデラは両目を瞑ってその上に手を置いて暗闇を作り出す。


「すいません、レインさん。少し、光を落とせますか?」


『あぁ、すまない。この体だと、何かと発光してしまってね』


光の明度を落としながら、レインと呼ばれる魂は光を落とす。

トグサは、海月の姿をしているレインを見ながらつぶやく。


「それは…海月ですか?」


聞くと、レインは得意げに頷く。


『いかにも。『無法海獣全域』の報酬で得た『満月海月ムーンゼリーフィッシュ』でね、肉体が感情によって発光する様になっている』


と軽く説明を加える。

基本的に、帰還者が報酬で手に入れた肉体は、魂が入る器として機能していれば、際限は無く肉体に憑依する事が出来る。

魂を持たない帰還者であるが、その器は、人間でなくても良いのだ。


「…トグサ、知り合いですの?」


ルイーズ=カンデラは涙を流しながら、そのレインとの関係性を聞く。


「あぁ、レインさんだ…この人は異世界の歴史研究者でありながら、異世界人の帰還者なんだ」


と、そうトグサは驚愕の事実を簡単に説明するのだった。


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