ハプニングスケベ
『どうもトグサくん』
その声だけでもわかる軽薄そうな声色。
トグサは帰還者として契約した時代に世話になった人物を思い出しながら挨拶を交わす。
「どうもカズサさん、この間は疲れ様でした」
トグサの声色はどこか申し訳そうな様子だった。
『いやいや、仕事だったからね…仕方がないよ、まあ、残機が一つ減っちゃったけどね、結構お気に入りだったのにな』
気にしていない様子でありながら、人の罪悪感を彷彿させる言い方だ。
「…こちらからそういう事を聞くのは失礼ですが、用件はそれだけですか?」
『いやそれだけじゃないよ』
これから本題に差し迫った時だった。
トグサはルイーズ=カンデラに視線を向ける。
ルイーズ=カンデラは何やらトグサの所有物であるノートパソコンに夢中だった。
トグサの見様見まねなのかマウスを弄っている。
言葉も文字もわからないのに、仕事の受領の音が響いた。
「何をしているんだ、バカッ」
気性の荒い言葉でルイーズ=カンデラを叱りつけるトグサ。
その声に驚いたルイーズ=カンデラは猫がしっぽを踏まれたかの様な驚愕の表情を浮かべてマウスから手を離した。
「わ、わたくし、何もしていませんわ!!」
「そのセリフは何かしたやつが言うセリフだ!」
トグサは彼女の体を押しのける。
その際にルイーズ=カンデラから嬌声が漏れ出した。
ノートパソコンの画面を確認する。
仕事の依頼が内容を確認したトグサは愕然とした。
世界:『暗黒深淵庭園』
内容:『迷光の討伐』
報酬:『闇衣』
まさか今回の仕事では武器でも食糧でもない、謎の衣類が報酬だった。
訳も分からず選択をしたルイーズ=カンデラにトグサは頭痛の様な響きを頭に漢字ながら、彼女のほうに顔を向ける。
怒りの形相を浮かばせたが、彼女の表情を見てトグサは困惑する。
ルイーズ=カンデラは胸元を押さえていて恥ずかしそうに表情を赤らめていた。
ルイーズ=カンデラは歯を食いしばり涙目を浮かべながらトグサを睨んでいた。
「こ、こんな所で、まるで、猿ですわ」
ルイーズ=カンデラはトグサに怒っている。
緊張もしているせいか息が荒くなっていた。
「私が欲しいのならばちゃんとした手順を踏んでくださいまし」
「お前は一体何を言っているんだ?」
「と、とぼけないでくださし!。私のお胸を触っておいて、言い逃れが出来ませんわよ!!」
胸、胸と言われてもトグサに心当たりはなかった。
自らの掌を開く。
彼女を押し退けた際に、確か柔らかい感触があった。
まさかとトグサが思った。
「…いや、それは違う、そういう意味合いでお前の胸に触れたワケじゃない、不可抗力だ…そもそもお前は俺の所有物だろ…だったらお前の体を弄っても」
そこまで言いかけてトグサは言い訳にしては最低だと自ら恥じた。
彼女の肌に触れて驚きで涙を流そうとしている彼女に、どんな言い訳も意味はないだろう。
「…悪かった…流石に配慮が欠けていた…けど、お前も反省すべき所は、反省して欲しい」
トグサは謝った。
最後の抵抗として彼女にも責任がある事を付け足しておく。
「…勝手に、弄った事は、私も反省しますわ…ですが淑女の胸を触った借りは、今返させて貰いますわ」
借りを返す。
そう言われたトグサは暴力にでも訴えるのか、それとも触ったことに対する対価を支払えばいいのか、どちらかだろうと思った。
彼女の手がゆっくりとトグサの方へと向かってくる。
トグサにビンタでもするのかと思い歯を食い縛る。
しかし、彼女の指先は彼の頬にではなく胸元へと向けられる。
そして彼のシャツのボタンに手をかけると丁寧に片手で外していく。
ボタンが外れるとルイーズ=カンデラの指先がトグサの胸と滑り込んでいった。
彼女の細い指先がトグサの胸板を鷲掴みにして強く揉みしだく。
「っ」
トグサは一瞬で困惑する。
彼女は一体何をしているのだろうかとトグサはルイーズ=カンデラの方に視線を向ける。
涙を浮かべて耐えていた彼女の表情は、次第に蕩けて紅潮している様に見えた。
無我夢中で揉んでいるからか、彼女の口元からは唾液が線を引いて流れている。
「…ルイーズ、もう十分だろ」
トグサはそう言って後ろへと後退。
ルイーズ=カンデラの手から逃れる。
未だに自らの五本指を毛虫の行軍の様に動かしているルイーズ=カンデラは我に返る。
「あ…申し訳ありません。男性の体に触れるのは初めてなもので」
トグサを触った自らの掌を筋の通った鼻に近づけて犬の様にクンクンと匂い出した。
さすがにその行動に対してトグサは声を荒げる。
「やめろ」
「え…あぁ、申し訳ありませんついどんな匂いかと思って」
無意識での行動だったらしい。
「そういう性癖でもあるのかお前は…」
彼女の癖に、トグサは引いていた。
事務所に設置されたアルコール消毒液を、トグサは持って来た。
トグサはコピー機の方へと向かう。
すでに仕事の内容が受理されたのであれば、コピー機から仕事の内容と行き先の書かれた異世界通行用機関車の通勤切符が出てくる仕組みになっている。
トグサはコピー機からその二つを手にすると無造作に自らのポケットに突っ込んだ。
「それじゃあ行くぞ」
トグサはルイーズ=カンデラに声をかける。
先ほどトグサが彼女の手を無理やり殺菌消毒したが彼女はまだトグサの胸板を触った手を見ていた。
「…ほら、早く行くぞ」
このまま彼女の行動を見ていたら殺菌消毒した掌を臭い出しそうだった。
すでに臭いは取れたと思うが、それでも恥ずかしさがこみ上げてくる。
なので彼女が臭わない様にその手を掴んで半ば引っ張る様に連れて行く。
「きゃっ!だ、大胆ですわ、トグサ…」
「手を握ったくらいで大袈裟だろ」
オフィスから出て行き、トグサは駅を目指す。
駅前は人が混んでいる、しかし、トグサとルイーズ=カンデラが駅に入ると、人込みは、彼らを避ける様に広がっていく。
人々は無意識に、死人に近づいてはいけないと言う直感が働いていた。
この駅には、必ず端の改札機が壊れているので、先程コピー機から取り出した切符を通すと、改札機が動き出す。
通り、電車が来る停留所へと向かう。
トグサが向かう場所は、霧が込められており、人込みが嘘であったかのように、少ない。
電車が迫る。いや、それは現代の電車とは違い、烏帽子の様な煙突から蒸気が噴き溢れる。
蒸気機関車の様な見た目をしている。
「帰還者が機関車に乗り込んで異世界召喚ってか…考えた奴は洒落が古臭いな」
そう言いながら、停車する電車に乗り込む。
「座席が硬いですわね…この馬車は」
「馬車じゃないって」
トグサは、ルーデス=カンデラの台詞にそう付け加えた。
あたり一面は闇に覆われていた。
大地も生い茂る木々も全てが黒色である。
しかし何故だろうか。
これほどまでに闇が咲いているというのに、闇に染まり切る事を願い追求し研鑽を重ね力を得たものが居た。
自らが完全な闇となり神様と同化することだけを追い求めて。
それがこの暗闇の世界に生まれた住民たちの行動方針であり願い。
「貢物に闇兎の肉、燃料に我ら一族の血。対価は我ら一族の願い。帰還者の名を冠する者たちよ、此処に誘われり」
洞窟の中。
角ばった地面は均等に削られ、磨いた大理石の上に魔法陣が刻まれている。
掘り上げた魔法陣の溝に闇の一族の血が流されており、その魔法陣の中心には薄めた墨汁で描いたかの様な、赤身が黒色、脂の部分が炭の様な色をした肉が置かれていた。
彼が行う儀式は、異世界からの使者を呼び寄せる呪文だ。
詠唱を行い、それと同時にまばゆい光が黒色の血液から発生しだして遠目に見れば魔法陣が光りだしたかの様に見えた。
光から帰還者を送るための扉が形成。
自動的に両開きに開いてトグサたちを召喚させる。
「…汝の願いの元、此処に至る、異世界の還り人、此処に在り」
召喚されたときの常套句は、周囲の絶叫によってかき消される。
「ぎゃぁあ!目がぁ!」
その声は、トグサを召喚した依頼主の声だった。
彼ら闇の末裔は、極端に光を嫌う。
召喚される際の演出による光によって、目を潰されていた。
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