カップラーメン三分間


お嬢様の瞳は、恋慕を重ねる薄幸の少女だった。

祈る様に両手を重ねて遥か後方の空へと視線を向ける。

演劇で舞台に上がり不幸自慢をするヒロインの様だ。


「ずっと夢に見てましたわ…あの部屋から、私を救ってくださる白馬の王子様が来る事を…」


待ち望んでいた。

彼女は口にしながら、視線をトグサに向ける。


「それがまあ…、なんと言うか、んん、及第点ということにしておきますか…」


理想は現実程にも及ばないと言った様子だ。

そんな彼女の視線を受けながら、トグサは心の中で『何が及第点だ』と思ったが口に出さないでおく。


「部屋から出して貰えなかったのか?王妃だろ?」


自分で口に出してみた。

王妃とはお転婆で、お忍びで城下へと足を運ぶ。

そんなイメージがあったが、それは漫画やアニメで得た知識だ。

同時に、現実では跡取りを産む存在として丁重に扱われている鳥籠の中に居る様なイメージもあった。


「私は、お父様の愛玩ですわ。母様に似ているから、誰にも渡したく無かったらしいですの」


愛玩。

聞こえ的には性的な濡れ場を思い浮かべる。

だが、カラっとした彼女の表情から見てそうではなく、溺愛されているから、そう言っているのかと思っていた。


「あの国王が、お前を独占したかった、つまりは極度の箱入り娘ってワケか」


彼女の境遇を簡単に説明するのならば、そうだろう。

その言葉に、お嬢様も共感して首肯した。


「そうですわ。あのお方は私を閉じ込めて、近いうちに私と結婚をしようとでも思っていたのですわ。私があまりにも母様に似ていたものですから」


そう聞いてトグサは身震いした。

ただでさえ考えるだけで怒りを覚えるのに、それに加えて嫌悪感も過る。

最悪な存在として、彼の脳内に刻み付けられる。

同時に、苦労をしているんだな、と彼女の方に顔を向ける。


そんなトグサの視線に気が付いたお嬢様は、腹から元気を出す様に声を上げた。


「けど、もう心配する事もありませんわ!貴方が私を連れ出してくれたのですから!そして、当然、私を連れ出したという事は、つまりはこの私と結婚する気があってのことでしょう?」


結婚。

そう言われてトグサは固まった。

話の流れからして何故そうなるのかと思った。


「いや全然」


結婚する気はない。

トグサは手を左右に振って、結婚を否定した。


「ま、そうですの?ふぅむ…え、じゃあなんで、私をあの城から連れ出したのでして?なんのつもりで?何も考えていませんの?馬鹿でして?」


先程の話を聞いていなかったのだろうか、とトグサは思った。

はあ、と。薄桜色の可愛らしい唇から溜息が漏れる。


「この様な計画性の無いお方が、これから私の旦那様になるなんて…まあ、いいですわ。支え甲斐があるのもまた一興。このルイーズ = カンデラ、あなた様のお側に居る事を誓いまして…さて、とりあえずはお洋服を着替えたいのですけど、従士はどこにいらっしゃいまして?」


勝手に話を進めて来るお嬢様。

もとい、ルイーズ=カンデラ。

トグサは、従士と言う言葉を聞いて、召使を連想すると。


「いねぇよ」


この空間に存在する生命は、ルイーズとトグサの二人だけだ。


「えぇっ!?あなた、どうやって生きていますの!?」


「だから死んでるんだよ」


元から、彼は死者として扱われている帰還者だった。



「ま…まあ、召使いが居ないのは…妥協致しますわ」


王国育ちであるお姫様のルイーズにとっては衝撃的な事である。

身の回りの世話を他の人間に任せているから、彼女にとっては、自分の手足がもがれた様な気分だろう。


「でしたら、わたくし、少しお腹が空きましてよ?シェフを呼んで下さる?」


人差し指と中指で空を摘まみ、左右に手を振るルイーズ。

その仕草はどうやら、シェフを呼ぶ為のベルを模したジェスチャーだった。


「シェフ?…あぁ、食事か」


トグサは居間から台所の方へと向かう。

台所には二つ上下に重ねた段ボールが置かれていた。

その内の上の部分は、蓋が開けられていて観音開きとなっている。

其処から、トグサは段ボールの中から食材を取り出す。

カップラーメンだった。


「ほら」


「な…なんですの?この紙で出来た様な器は…」


奇怪そうな表情を浮かべて、カップラーメンを両手で掴むルイーズ。

インスタント食品の概念なんて知らない彼女にとっては、草食動物が餌にしそうな材質を、食事として渡された様なものだった。


「料理人ぐらい雇っているでしょう?!シェフ!、シェフを呼んでくださいましぃ!」


はしたなく大声を荒げて、ルイーズはシェフを呼ぶ。

だが、当然ながら、大声を上げても、彼女の声に応えるシェフはおろか、生物は存在しなかった。

叫んだ後になり出す残響。それすら消えて、ルイーズは蒼褪めて、机に突っ伏した。


「な、なんてことですの?召使いや料理人すらいない、料理は食べ物かどうかすら疑わしい…私、嫁ぐ先を間違えましたわ!」


嘆き、ルイーズは天を仰ぎ自身の境遇を呪った。


「結婚してないだろ」


トグサの冷静な突っ込みは、ルイーズの怒りに触れた。


「むきぃ!!こうなれば意地でも婚姻ですわ!!でなければ、私、行く宛なんてなくてよ!!」


まるで、猿の様な獰猛さを剥き出してくる。

猿の様に喧しく騒ぎ出すルイーズにトクサは無視する。

台所に向かいやかんに水を淹れて湯を沸かす。

三分経ってから、カップラーメンの蓋を開けてお湯を注ぎ出す。


「むきーッ!い…ん、ん?」


「とりあえず、食ってみろ」


カップラーメンを彼女の前に置く。

まだ湯を入れて数十秒程だが、お嬢様は落ち着きを取り戻していた。


「まあ…なんだか、おいしそうな匂いがしますわね…もう食べても良いんですの?」


「三分待て」


口では嫌がっていた様子だが、部屋中に広がる香りから旨味を感じたらしい。

醤油と油の匂いが鼻をくすぐると、流石に不味い物とは思わないだろう。

ルイーズは興味津々にカップラーメンをかぶりついて見ている。


「あー…っと」


トグサはカップラーメンに使用する箸を取り出そうとしたが、異世界人であるルイーズには使い勝手が悪いだろうと思い、代わりにフォークを持っていく事にする。


「(取りに行くのも面倒だな…)」


トグサは人差し指を立てると台所に伸ばす。

フォークやナイフ、スプーンを収納した棚の金属製の取っ手を磁力で操作。

誰も居ないのに開くと、其処からフォークを識別して磁力で持ち上げる。


「まあ!フォークが浮いてますわ!貴方がしたんですの、これ?」


驚きの声を漏らすルイーズ。

彼女の目の前にフォークを持っていくと、それを受け取ると同時に能力を切った。


報酬で手に入れたこの肉体は、体内で磁界生成を行う。

磁界から発生する微弱な磁力の弦を束ねる事で、金属製であれば磁力の力で操作する事が出来る。


「磁力操作だ」


簡単に説明をするトグサ。

しかし、彼女は首を傾げていた。


「じりょく…?じりょくとは何ですの?」


彼女の居た世界には、磁力と言う現象はまだ解明していないらしい。

金属に付加する力が存在する事を簡単に説明をするトグサ。

うんうんと頷いていたルイーズは目が点となっていて、段々と瞳が虚ろになる。

理解するのを諦めた様子だった。


「九割がた理解しましたわ」


その表情は一割も理解出来ていない様子だった。


「取り合えず、金属を動かせる。それが俺の能力だよ」


カップラーメンの蓋を開ける。


「完成したぞ。食ってみろよ」


ルイーズは、興味津々だった。

カップラーメンの器を持って、フォークで麺をあげる。

其処で彼女は、このカップラーメンが麺類である事を知ったらしい。


「なるほど…スープパスタみたいなものですわね」


そう言いながら、カップラーメンをぐるぐると巻いた。

髪が垂れない様に、指で髪を耳に掛けながら、一口大にして自らの口の中に含めた。


「…!」


彼女は黙々とラーメンを巻いては口に運んでいく。

そして麺がなくなると彼女は器の中身を見て、汁を飲み干した。


額に汗が滲み出す。

口元に濡れる拉麺の汁。

それを自らが所持していたハンカチで拭い、身嗜みを整える。

そして彼女はトグサに向けて手招きをする。


「シェフを呼んでくださいまし」


「だからシェフなんていねぇって」


すると彼女は机を両手で思い切り叩いた。

かなり興奮している様子だった。


「そんなの嘘ですわ!こんな美味しいもの、一流のシェフが作ったに決まってましてよ!!私を騙している気ですの!?」


「騙してねぇよ…」


トグサは、彼女が食べた代物はインスタント食品である説明をした。

すると彼女は信じられないと言った具合に驚いている。


「これが…手軽に…そんな、美味くて早いこの料理が、う、嘘ですわ!これ程手の込んだ代物が、簡単に出来る筈がありませんわ!!」


作っていたところを見せた筈だが、彼女の目には入っていなかったらしい。


「で、でしたら…こんなにも美味しいものが、早く出来上がるのも考慮してもかなりのお値段が張る筈ですわ…。きっと、高級食品に違いありません事よ」


「それ一個でお前の国だと庶民が大量に帰る子供安い値段だぞ」


一つ百円くらいで購入出来る代物だ。

あちらの世界では硬貨が流通している。

銅貨一枚で黒パンが三つ買える値段だ。


「嘘仰い!!こんなに安くて早くてうまいものだ存在するわけありませんわ!!」


それでも、信じられないらしい。

このまま放置すれば、何れはカップラーメンを崇拝しそうだ。

そう思いながら、トグサは喉を鳴らした。


「…あー」


どうやら彼女が食事をする姿を見て、食欲が湧いたらしい。

まだ沸騰したお湯は残ってる。トグサも食べる事にした。

段ボールの中からカップラーメンを取り出してお湯を入れる。

すると、猫が猫じゃらしに反応するかの様に、ルイーズが目を輝かせた。


「もう一品、た、食べるので食べさせてくれるのですね!?」


「太るぞ」


その言葉一つで、ルイーズは静止した。


三分経過。

カップラーメンの蓋を開けて飯を食う事にする。

トグサは箸を使ってラーメンを引き上げるとラーメンを啜る。


「うん、うん…うまい」


「うわぁ…」


彼女は目を開き、眉をしかめながら嫌そうな表情を浮かべていた。


「なんだよ…その顔は」


トグサはラーメンを食べながら、何故そんな汚いものを見るかの様な表情をしているのか聞いた。


「な…なんて汚い食べ方ですの…恥ずかしいと思いませんの?」


トグサは異国の文化を思い出す。

海外の人間は麺類を啜って食事をする行為に嫌悪感を抱く事に近いのだろう。


「残念だが、ラーメンの喰い方はこうやって啜るんだぞ?」


トグサは彼女に事実を突きつける。


「こんな至高の食品を、そんなお下品な食べ方をする筈がありませんわ!」


どうやら、既に崇拝が始まっている様子だった。



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