プロローグ・フロイライン



死者は別の世界へ転生する事が義務付けられている。

それは、この世界に存在する管理者が、他の世界に存在する管理者の間で建てた法則である。

極めて文明が発達しているこの世界は、その知識を共有する為に、他の異世界へと死者の魂を渡して、転生させる。


転生者は生前の知識と、異世界の管理者から与えられる能力を手に、異世界へと生きなければならないのだ。

それが『流霊の掟』である。

だが稀に人間の魂は、世界の管理者と契約する事がある。


『無限世界』には、法則が存在する。

その内の一つ、この世界の管理者は、他の異世界の援助をする義務が存在した。

義務を解消する為に、世界の管理者は死後、魂となった人間の魂と契約して、帰還者として働かせる事にした。

異世界に生存する命あるものによる救済依頼。


専属官は用意された依頼クエストから選択して、仕事を達成しなければならない。

対価として、異世界の人間が提示した報酬を受け取る事が出来る。

肉体の無い存在である、彼らに取って、報酬とは自己を現す代物でもあった。


「(最悪だ…あのクソ爺…)」


トグサ。

そう呼ばれる青年が存在する。

見た目は若いが、享年二十六歳、元フリーターだ。

彼は、地元のピザ屋で働いていた。

雨の中バイクを走行していた矢先にスリップ。

体が翻り、中へと飛び出す。

首からガードレールに突っ込み、首の骨が折れた末に死亡した。


その後、彼の魂は異世界へと流れる前に、管理者に捕まった。

そして契約をした後に、トグサは、異世界の住人を助ける帰還者となった。


帰還者の仕事は簡単だ。

異世界から受注される依頼を選択し、現場へと移動。

その後、依頼を達成した後に、現実世界へと帰還する。

この異世界と現実世界を行き来する事から、帰還者と命名されていた。


最初はトグサは右も左も分からず、同じ契約をした帰還者に助けられた。

その帰還者は、現在ではトグサの上司に当たる人間だが、多少ズレた感性を持つ為に、トグサは苦手意識を持っていた。

しかし、上司のアドバイスは適格だった。


『帰還者になったのならば、先ず優先すべきは肉体だ』


上司の言葉は納得出来るものだった。

管理者と契約した帰還者は、最初は魂だけの存在だ。

だから、異世界へと転送される場合、その転送先に用意された媒介物に憑依しなければならない。

無論、この媒介物は、任務依頼の内容によって、人間や、動物になる事もある。

そうなれば、まだ仕事は可能だ。だが、必ずしも、媒介物を用意しているとは限らない。

元々、媒介物を用意している異世界の住人は極めて少ない。

そうなると、仕事を選択する両が限られてしまう。


多くの依頼を熟すのならば、先ずは自分の肉体となるものを見つけるべし。

結果的に、トグサはそのアドバイスを聞き入れた。


世界:『完全機律社会』

依頼:『暴走AIの鎮圧』

報酬:『人造人間の肉体』


この依頼を受理し、仕事を達成したトグサは肉体を手に入れたのだ。

これにより、トグサは様々な仕事を熟せる様になり、帰還者としてそれなりの活躍を築いて来た。


「(二度とあの世界には行かない…絶対にだ)」


トグサはそう思いながら立ち上がる。

彼は電車に乗車していた。

この電車は、異世界へと続く。

次元の壁を超える唯一の代物だ。

過去の遺物であり、人間と異世界の鍛冶師が作った代物だ。

電車から降りると、其処は駅だった。

既に終電であり、明かりは点灯したままだ。


トグサは現実世界へと戻って来た。

だが、別に嬉々とした感情を浮かべる事は無い。

歩き、帰路に就く。

誰も居ない夜の道は、人にとっては恐怖でしかないだろう。

しかしトグサにとっては心地良い場所だ。

夜は幽霊を連想させるだろう。

しかし、トグサには関係ない。

何故ならば、トグサはこの世界では、幽霊と言う存在だからだ。


管理者と契約した帰還者は基本的に現界で生きる事になっている。

だが、既に死んだ存在を再び復活させる事はせず、幽霊として扱う様になっている。

だから、現在のトグサは透明人間で、誰にもその姿を認識する事は無い。


少し寂しい気もするが、それが法則ならば、とトグサは受け入れた。

歩いて十分ほど、トグサは家に到着する。

其処は墓園だった。数々の墓石が立ち並ぶ、人気のない場所が、彼の住処だ。

鉄格子で出来た扉を開くと、景色が変わる、そして、トグサの目の前には、遥か遠くまで広がる空間と、その中心にある、木造建築の建物が聳えていた。


これが、トグサの家である。

管理者と契約する事で得られる特典でもあり、帰還者が現界で成仏しない為に用意した保管庫でもあった。


木造建築の屋敷。

これもまた、異世界で手に入れた報酬だ。

本来は、何もない空間しか存在しない。

だから、仕事を受ける時以外は、この空間は退屈でしかない。

その退屈を埋める為に、クエスト報酬を求める帰還者も存在した。


家に入る。

ギシギシと音を鳴らす廊下を歩き、トグサは居間へと向かった。

腰を降ろして息を吐く、彼の内心は怒りで煮え滾っている。


「…あぁ」


彼が向かった異世界の依頼主である王様の事を考えて怒りを覚えたトグサ。

それと同時に、依頼によって彼が強制的に選択したお姫様を保管している事を想い出して、彼は指を振るう。


「開封、しておくか」


忘れない内に、お姫様を保管から取り出した。


虚無空間と呼ばれる世界の狭間。

幽霊として存在する帰還者の為に管理者が用意した憩いの場である。

基本的に、帰還者は仕事で得た報酬品は虚無空間へと解放出来る。

彼ら帰還者は報酬品を自らの魂の内部へと保管が出来るが、報酬品を忘れてしまえば、それを取り出す事は出来なくなってしまう。

だから、報酬品を獲得したと言う記憶を忘却の彼方へと置き去りにする前に、魂から報酬品を出さなければならない。


トグサの魂には、前回のクエストで入手した報酬品が沈んでいる。

自らの魂は知覚している。元々、彼の肉体は魂だけの存在だ。

だから、自己の中にある魂以外の不純物を取り出す様に念じれば良い。


銀色の光が、トグサの体から別けて現れる。

その光は人型の輪郭を保ち、次第に女性らしいフォルムに変貌する。

銀髪に、赤いドレス。

白い肌に、柔らかな肉付き。

縦巻きロールの髪型をした、典型的なお嬢様が現れる。


浮遊する体が、ゆっくりと、居間に敷かれた座布団の上に着地した。

目を開く少女。そして彼女は周囲を見回して、近くに居たトグサを見掛けると恐れながら聞いた。


「此処は、一体、何処、ですの?」


困惑するのも無理はない事だ。

想定外のクエスト報酬で入手したお嬢様。

事前に伝えられたワケでも無く、強制的に連れて来られたに等しい。

誘拐犯だと思われても仕方が無いだろう。


「…もし?」


だから、トグサは彼女に説明をする義務があった。

心配そうな表情を浮かべている彼女に、トグサは口を開き説明をする。


「俺は、トグサだ。悪いけど、俺の言う事は、全て本当だから…信じて欲しい」


トグサは自らの境遇を話す。

自分は死者であり、世界の管理者と契約した存在。

彼女は異世界に在住しており、彼の父親である国王が国の危機の為にトグサを召喚した。

ドラゴンの討伐をしたトグサは報酬を貰おうとしたが、国王はそれを拒否した。

そして、私情で国王を困らせようと思い、トグサはお姫様を報酬の対象として選んだ、と。

包み隠さず、トグサは全てを彼女に話した。


「個人的に、あの王様は嫌いだ。出来る事なら、あの王様が住む世界にすら行きたくない…だから、事実上、あんたは元の世界には帰れない」


と。

トグサは衝撃の事実を彼女に伝える。

二度と戻れない。

それを聞いたお姫様は口を開いたまま、無を貫いた。


「…悪いな」


非難されるだろうか。

十中八九、いや、絶対的に、罵倒なりされるだろう。

私情を挟んでいると、トグサは言ったのだ。

感情が絡んでいれば、個人を攻撃したくなる。

トグサならそうする。


「や…」


顔を俯ける少女。

故郷を思い出しているのだろうか。

悲哀の感情が募り、それが涙となって流れているかも知れない。

トグサにとって、彼女の感情がどの様に複雑なものか、考えてしまう。


「やりましたわ…」


しかし。

か細く漏れる、その言葉で、トグサは耳を疑う。

この状況で、何をどう思えば、やった、やりました、なんて台詞が浮かぶのか。


「うふふ」


顔を上げるお姫様。

その表情は、嬉々としていた。

口元は三日月の様になっていて、目を細めると共に、手を口元に軽く添える。


「おーほっほっほ!これで、あの親から逃れる事が出来ましたわぁ~!!」


高笑いをするお嬢様。

それを見たトグサは一体どういう事なのか、と。

今度は自分が困惑する様になった。

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