第2話 舞台に立てない理由
演じるのは好きだった。
いつからだったのか、好きになった理由は思うようには言えない。
ただ一つだけ。
演じて、みんなに褒めてもらえたことがとても嬉しくて、それからのめり込んだのは覚えている。
私にとって演技は大切なもので。
だからこそ私は演技というものに手を抜きたくなくて。
だからよく演劇部では衝突していた。
俗に言う『真面目なやつ』と『楽しみたいだけのやつ』との差が生んだ軋轢なのだろう。
けれど、良い演劇を作りたいという一心で。頑張って、頑張って、ただひたすらに頑張ってきた。
おそらく周りからは独りで勝手にやってるやつ、みたいにも見えたんだろう。
だからこそあの日の結果なのだと思う。
中学時代の最後の公演日。
あの日、私は演劇というものが嫌いになってしまった。
なんて事ない。私以外の誰も部員がこなかった。
ただそれだけだ。
正直な話、何かをしてくるのはわかっていた。
けれどまさか誰1人来ないのは悲しいを通り越して笑ってしまい、
更には楽観視もしていた。
私1人でもどうにかなる、と。
だからといってその状況が変わる訳じゃなくて。
演じない訳にはいかなくて。
全校生徒の前で、1人で演じてやった。
幸いなのは演劇部がタイムテーブルでは最後だった事くらい。
舞台に出て、私1人で何から何まで演じ始める。
途中からは明らかに観客の皆のどよめきが伝わってきていた。
少し遠目には彼が見えて、演技中だというのによく見えた。
彼は焦燥の顔で教師たちの抑制を振り切り何かを探しに行っていた。
流石に、1人で何役も、十何役も、常に大きな声というのは、とてつもない負担が声帯にかかって。
頭の中にはバックれた人達へ目にもの見せてやりたいという考えのみがあって、その一心で演じ続けていた。
だけれどそんなのが長く続くわけもなく。
意図も容易く、私の意思なんて御構い無しにその時はきた。
次の言葉を紡ごうとした瞬間に、声が出なくなった。セリフの全ては頭に叩き込んであるのに声が出ない。
しかも一番大事なところで。
会場のみんなは更にどよめきが広がっていた。
立て直そうと呼吸を少し整え、声を出そうとしてみる。
けれど、喉から出るのはカヒューカヒューと掠れる息の音だけ。
ゲホッと痰が少し出てしまって、それには血が混じっていたのをよく覚えてる。
何度も演じ直そうとした。
けれど無理で。
そんな時だ。会場の出入り口が勢いよく開いて、そこから演劇部の人たちが入ってきた。
全員がこっちをみて、罪悪感を感じているのか顔が下を向いた。
それを見て私は、ふざけるな、と思った。
何を今更来て申し訳ないみたいな顔を。
コレをお前たちは望んだのでしょう?
なら堂々と胸を張ってろよ。
私が、馬鹿みたいじゃないか。
その人たちを見た瞬間、途端に体の力が抜けた。
もう立ち上がる事すら無理なほど足がガクガクと震えていた。
最初こそふざけるなと思いはしたが、次第に何も感じなくなった。
ただ一つだけあるとすれば。
どうせなら最後まで来ないで欲しかった。
それだけだった。
全身の力が抜けて、もう、何もしたくなかった。
教師に舞台裏へ連れて行かれ、その後に倒れた。
目を覚ました後、明らかに声が出なくて。
彼を筆頭に担任の教師や両親も来ていた。
みんなが私が目を覚ましたことにとても安堵していたのがわかった。
ここまで連れてきてくれたのは担任の教師で、お礼を言おうとしたけど声が掠れてうまく出なかった。
ひとまず病院へ、ということでかかりつけの病院へ両親に付き添ってもらい向かった。
結論から言うと、『声帯結節』『声帯ポリープ』という病気とのこと。
前者は簡単に言えば長期間の声帯の酷使による炎症。
つまりは突発的なものじゃないから、ずっとごまかしごまかしでやってきたツケ。
後者は短期間の声帯の酷使による出血及びその他諸々。
要は1人で全部やろうとしたツケだ。
かなり炎症が酷く、完治するかは怪しいと言われたが、その全てがどうでもよかった。
もう、演劇をする気がなかったから、治ろうが、治るまいが、どっちでも良かった。
ただ日常生活を普通に送れるようになればいいな、程度に考えていた。
医者からはその後、入院して様子を見ると言われたので大人しく入院することにした。
幸い、あの惨状をみて親も入院を勧めてくれた。
入院中、続々と演劇部のメンツが来ていたらしいが、両親や教師以外は面会拒絶にしていたので誰の顔も見ることはなかった。
窓から外を眺めると、明らかに落ち込んでいる奴らがみえた。
はは、ざまぁみろ。一生罪悪感に苛まれてればいい。
「……」
ふと目が覚めた。
時計を見ると土曜の朝5時半。
こんなにも早く目覚めたのは初めてだった。
何故か顔が濡れている。
気持ち悪い。
「何で今更去年のこと、こんな鮮明に」
頭の中には去年起こったことが鮮明に思い起こされていた。
未練なんてとうに断ち切った
そう思っていたのに。
「あらかかお。珍しいわねこんなに早起きなんて」
「うん。ちょっと目が覚めちゃって」
「そう」
冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぎ、勢いよく飲み干す。
「お母さん。コレ、何」
「ああそれね。昨日の夜レンくんがかかおにって。昨日ご飯食べたあとすぐ寝ちゃってたでしょ?」
「そうだけど……」
机の上には一冊の本が。
見間違えようもない、昨日返した脚本と同じものだった。
「レンくん凄いわねぇ。一年生で入ったばかりなのにもう脚本担当させてもらえるんだって」
「知ってる」
「あらそうなの?よかったわぁ」
「よかった?何が?」
「だってかかお、ずっとレンくんから距離取ってたじゃない。ずーっと一緒に登校していたのに、それすら無くなっちゃって」
「まあ、だって……」
「小さな頃はレンくんと結婚するのーとかって言ってたのにねぇ」
「ちょっ⁉︎」
「かかおが舞台に興味持ったのも確か、レンくんに褒めて貰ってから…」
「ストップ!ストップお母さん!」
急に爆弾発言を落とされて焦ってしまうが、お母さんはどこ吹く風でニコニコしていた。
もう……。
「かかお、舞台に、また立つの?」
急にお母さんの声のトーンが落ちた。
ふと見上げて顔を見ると、ニコニコしてたのは変わらなかったけど、どこか、哀しげな顔をしていた。
お母さんはきっと、晴れ舞台をもう一度、演劇を純粋に楽しんでいる私を見たいと思っているんだと思う。
でも去年何が起こったのか知ってるから、言い出せない。
きっとそんなところなんだろう。
「……んーん。立たないよ。そもそも、前みたいに大きな声出せないからね。……ごめんね」
〜数日後〜
「……何してんの」
「かかおを待ってたに決まってんだろ」
「迷惑極まりないんだけど。いつからそこにいたの」
「30分くらい前から」
「アンタ、暇なの?」
「失敬な。台本をずっと読み込んでた」
「あのさあ、ただの不審者だって自覚ある?」
学校へ行くために玄関を開けると、レンが居た。
そして何を言ってくるかはなんとなく察しがつく。
「で、かかお。演劇の話は考えてくれたか?」
そらきた。
「出ないって言ってんでしょ。悪いけど考えは変わらないよ」
そこからは何も聞かず、話さず、無視して学校へ向かった。
できる限り会わないようにしてたから、学校では流石に話しかけられることはほぼなかった。
「はぁはぁ……しっつこ」
何故こうも私にこだわるの。
意味がわからない。
「あらお帰りかかお」
「ただいまー」
「あ、そうそう。中学校の先生から電話来てたわよ。担任だった先生から」
「へぇ。なんて?」
「かかおが今どうなってるのか気になってるみたいよ。今は元気ですって伝えておいたわ。で、近いうちに顔出してね、って」
「わかった。明日の放課後にでも行くね」
中学の恩師の頼みなら、聞かないわけにはいかなかった。
なんせ、散々お世話になったのだから。
〜次の日〜
「よっ」
「……」
朝、玄関を開けようとして嫌な予感がした。
恐る恐る開けると、案の定、いた。
「何、ストーカーにでも目覚めたの?」
「ここなら確実に会えるだろ?」
「大迷惑だって気づかない?」
「じゃあ舞台に立ってくれ」
「断るって言ってんでしょ。あと、放課後は用事があるから絶対に付き纏わないでよ」
「あ、ちょっ!」
いくら何でもしつこすぎる。
「何がそんなに嫌なんだよ!」
「〜〜……!」
きっと悪気はないんだと思う。
でも思わずレンの方を向いて荒く叫んでしまう。
「当たり前でしょ!逆になんで『あんな事』があったのにまだ演劇を嫌いになってないって思えるわけ⁉︎
それとも何!レンからは私はそんなに図太い神経の持ち主にでも見えてんの⁉︎
確かに、レンからしたら取るに足らない出来事なのかもしれない!当事者が私じゃなくてレンなら普通に乗り越えられる事なのかもしれない!
でも……私には、無理だったの。
もう、舞台に立ちたくない。……もう、立てない」
「かかお、違う。そんなこと思っていない。
ただ俺は……」
「もういいから!ほっといてよ!」
喉の痛みも忘れ、半分八つ当たりに近い怒りをぶつけ、その場から去った。
「ハーッ、ハーッ。痛っ……」
せっかく治りかけていた喉が、日常生活を送る程度には回復していた喉が、その場の激情に身を任せてしまった結果がこれだ。
声を出そうとするたびに酷く痛む。
そもそもが、こんな状態で舞台には立てない。
立てるわけがない。
「(……いや、言い訳だ。
結局、怖いだけなんだ、私は)」
それからというもの、意外にも付き纏ってこなかった。
次の日も、その次の日も警戒してしまったけど居なかった。
だというのに、どこかモヤモヤした気持ちが離れなかった。
「……」
何の気まぐれか、それとも無意識なのかわからない。
でも、私は気づくと過去の舞台の映像を見ていた。
お母さん達が撮り溜めていたほんの一部。
そこには、多少アドリブをしていながらも、心の底から楽しそうに演じている私がいた。
「ほんっと、楽しそうに演じてるなぁ」
もちろん全てで主役がやれたわけじゃない。
けれど画面の中の私は、たとえどんな役だろうが全力で演じていたのがわかった。
「って、昔の自分な癖に何を他人事のように」
途中から明らかに動作やら台詞やらにアドリブが多くなったのがわかった。中学1年の後半あたりから。
もっと自分らしさを、自分の解釈を持て、みたいなことを言われたからだった気がする。
その結果が私なりに人物像を創ること。
最初こそウケが良かったと思う。
だが、次第に周りを振り回してるのがよくわかった。特にセリフを交わす相手が困っている姿が嫌でも目についた。
自画自賛をする訳ではないけれど、表現や感情移入は、同期や先輩達の中でもダントツで上手くできる自信があった。
だからこそ、もっと自分なりの解釈を、人物像を創り、表現をする。
そう教わったのだと思う。
私もそう解釈をした。
次第に脚本は参考程度に考えて、自分の中でどのような言い回しをするのか考えるのが癖になっていた。
その結果、アドリブが多くなって台本通りに演じることの方が少なくなった。
その時の私は周りの迷惑なんぞ露知らず、とにかく全力で、様々な表現に挑戦した。
自分の中での表現の幅が広がったのは紛れもない自信にも繋がったのも確か。
だけれど、そのお陰で周りに距離を置かれるようになったのもまた事実。
「(本当は、わかってる。あの時の私は、いい舞台を作りたいんじゃなくて、ただ自分がどう成長できるかだけを考えてた。それでいて周りに何も譲らないからこそ、衝突してただけ)」
あの時の同期達にも様々な言い分はあるだろうが大体は同じ。
『脚本通りに進めようとしない』の一点。
周りは主にそれが気に食わなかったのだろう。
そりゃあ台本通りに全然進めれないのだから嫌われて当たり前だ。
(何で演技も感情表現もセリフの言い方もめちゃくちゃ上手いのにアドリブ全開で演じるんだよ⁉︎)
今だからわかる。
きっとあの時のみんなも、レンと同じような気持ちだったんだろう。
自分勝手に、自分のことだけを考えて
そんな私がいまさら周りと歩幅を合わせて舞台に立つ?
できるわけがない。
誰も認めやしない。
私には、もう舞台に立つ資格なんてないのだから。
皆で一つの物語を演じるという、大前提すら忘れてしまっていた私が、なぜ舞台に立つという事を許される?
認めることができる?
傲慢にも程があるでしょう?
そんな私がアイツの脚本を演じるなんて、そんな真似、許されるわけがない。
そう、結局は……
私自身が私を許せないだけだ。
「だめだ。余計なことばかり考えちゃう。……寝よう」
ビデオを取り出し、丁寧に片付けてから布団に潜った。
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