舞台に立たない/立てない私
アテナ(紀野感無)
第1話 演劇なんて絶対に出ない
〜9月初旬〜
「……」
授業が終わり、ボーッとしているといつのまにかホームルームも終わっていた。その際に渡されたのは進路調査票。まだ高校一年なのだけれど学校側としてはもう将来を見据えてほしい、らしい。
「……(帰って考えよ。今は何にも思いつかないや)」
「おい、かかお。何帰ろうとしてんだ」
靴に履き替えようとしたところで誰かに話しかけられる。
声の主は見なくてもわかる。
いつも一緒にいた腐れ縁もとい幼馴染の新谷蓮也。いつもレンと呼んでる。
演劇部の、今は脚本担当なんだっけ?
「何と言われましても、用事がないから帰る所なんだけど」
「今日の放課後は用事あるから予定空けておいてくれって言ったろ」
「あーそういや朝に言ってたような。でもさ、レンの言う用事って十中八九、演劇のことでしょ」
「そうだよ」
「じゃあ尚更嫌ですぅー。帰らせていただきます。……今日は疲れたから帰ってゆっくり休むって決めてるの。演劇に関することだというのなら絶対に行きたくない」
「何度も言ってるだろ。かかおじゃなきゃダメだから頼んでるんだ」
「確かに言ってたような気がするけども。
てか私じゃなきゃダメな理由って何?」
「それも何回も説明しただろ⁉︎」
「忘れた。興味ないことは覚えてられないんで。で、どういう理由だっけ?」
呆れたように、けれど何処か悲しそうな感情を含んだ声でレンは言葉を発する。
「……今度やる劇の主役、お前に演じて欲しいんだよ。俺が書いた脚本の」
はぁ、また何を言い出すのやら。
「なら、尚更私じゃなくていいでしょ。てか私だとダメでしょ。演劇部用に書いた脚本でしょ?部外者の私が演じたら混乱必至だよ。
それに、私じゃなきゃダメな理由が、私に固執する理由がわからないんだけど。
ほら、いま学年話題の子でいいじゃん。例の学校一と噂の……なんとかさん。演技上手いらしいし、美人らしいし、モデル体型らしいし。
君と同様、演劇部期待の大型新入生なんだって?
実力は折り紙付き。話題性もある。
それでも私を使いたい理由って何?私を使うよりそっちを使ったほうが盛り上がるでしょ?」
「あーもうゴチャゴチャうるせぇ!とにかく!いくぞ!」
そのまま強引に引っ張られ演劇部の練習場へ連れていかれる。こう言う時のコイツの行動力は凄まじい。本当に尊敬する。
振り切ろうにもなかなか強く握られてたせいで振り切れなかった。私のことなんか微塵も考えていない引っ張り方だった。
……いや、もしかしたら振り切ろうとしなかったのかもしれない。
心の奥底に、根強く、未練があったのかも、しれない
辿り着いた場所は意外にも知っている顔が大勢いた。
それは元同じ中学の時の演劇部の人達で。
そしてその殆どが同じ表情をしている。
「今更お前が何しに来た」と
「(私だって来たくて来たわけじゃないんだっての)
……ほらね、私がここにくることは誰も望んじゃいない。帰らせ……てくれなさそうだね。何それ」
いつの間にか手に一冊の本を持っていた。
聞かなくてもなんとなく察しはつく。
「今回の脚本」
だろうね。コイツは人の話を聞かないの?
「いや、だからやらないって。何回言わせるの。てかここまで連れてきて私に何をさせたいわけ」
「この脚本のどこか1ページでいいから演じてくれ。きっとみんなお前の演技なら主役になれるって認めてくれる」
「別に認めてもらわなくてもいいんだっての!しかも……何故に恋愛もの。一番苦手な分野じゃんか」
帰りたい。今すぐに。
けどどう足掻いても一度演じるまでは帰らせてくれそうにない。
「……あーもう。いいよ演じればいいんでしょ?それで君が諦めてくれるなら喜んで演じさせてもらいますよ」
「だからと言って手を抜いたらぶん殴るぞ」
「女の子に間違ってもそれは言わない方がいいよ?……数分、時間頂戴。どこでも、いいんだよね?」
「おう」
「わかった」
台本を適当に開いてその中に書いてあることを速読し、頭の中にイメージを作る。
「……OK、いいよ」
……後は野となれ山となれ、だ。
別に失敗しても構わないのだから。
「どこのシーンだ?」
「これ」
「じゃあ相方を……」
「いらない。1人で全部
大きく深呼吸をして、言葉を紡ぐ。
『ねえ、なんで君は私に付き纏うの?嫌われ者の私に』
『付き纏うとは失礼な言い方だなぁ。理由……理由か。言わなきゃダメか?』
『うん。是非とも教えてほしい』
『そりゃあ……まぁ……その、お前の事が……。あーやっぱなし。忘れてくれ』
『どうして?やっぱり言えないほどの何かがあるの?それとも誰かに命令されてるから?』
『違う!俺がやりたいからやってるだけだ』
『じゃあ教えない、はダメだよ。教えてよ。でないと私もそろそろ自分の気持ちを抑えるのが限界なんだ』
『え?』
『ねぇ。私のこの気持ちは何なのだろうね。恋というわけじゃないのだろうとは思う。
けれど確実に言えるのが、私は君を、君の全てを心の底から欲しいと思ってしまっている』
『俺をか?物好きだな』
『うん。これまで私に偏見の目を持たず、ずっと寄り添って来てくれたのは君が初めてなの。……私は、この心地良い環境を手放したくない。
君が欲しい。欲しい欲しい欲しい。
そんな気持ちがずっと溢れ出てくる。
こんな感情は初めてでわたし自身もよくわからないの。
でも確実に言えるのは、君を独占してしまいたいという気持ちが溢れ出て止まらないということ。
でもそれだと君を困らせてしまう。きっと君を慕ってる人からもより敵対視されるでしょう。
そして君すら嫌われてしまうかもしれない。
私は別に構わない。慣れてるから。でも君が嫌われてしまうのはダメ。それはわかる。
だけれど、そんな事どうでも良いと思えてしまう。
それほど今の君は私にとって必要不可欠な存在なんだ。
ねえ……どうすれば、いいかな?わたしは……』
次のセリフを言おうとした瞬間に頭付近でスコーン!といい音が響き、同時に結構な痛みが走る。
後ろを見ると幼馴染が立っていた。手元を見るに、本を丸めたもので叩かれたらしい。
「痛いじゃん。何すんの」
「こっちのセリフだよ!何してんだ!」
「ご要望通り演じてたんだけど」
「お前の事だからアドリブするだろうなとは思ってたけどアドリブが大半じゃねえか!」
「そりゃ失礼しました。でもセリフのニュアンスとかはほぼ改変してないはずなんだけど?」
「せめて一回普通に演じてからやれ!」
「そりゃ失礼しました」
「……お前が演劇部の連中から嫌われてたのがなんとなく実感できたよ」
「嫌われてるとは失礼な。間違っちゃいないだろうけど」
「何で演技も感情表現もセリフの言い方もめちゃくちゃ上手いのにアドリブ全開で演じるんだよ⁉︎」
「さぁねー。気づいたら体が勝手に?いやこの場合は口かな?」
「その口を今すぐ縫ってやろうか」
「お断りするよ。てか、元から言ったでしょ。それそこずっと前から。私は演劇の舞台にはもう立たないって。
二度と、ね。
それに、君は私が演劇をやめた理由知ってるくせに」
「それでも俺はお前の演技を見たいんだよ。俺の脚本を演じるお前が。俺はお前の演技が好きなんだから。
この脚本だってな、お前に演じてほしくて……」
「そりゃどうも。しかしまた酔狂な事を。それでいて皆から認められる脚本を書き上げてるんだから流石だね。
……そろそろ私は帰るよ。|演劇部(ココ)の皆さんの大半は私が嫌いで嫌いでしょうがなくて、この場にいて欲しくない、練習の邪魔をするな、顔も見たくないって、表情が物語ってるからね」
わざとらしく周りの部員達を見ると、皆が目を逸らす。
「私の意志でココに来たわけじゃないけど、部外者は部外者らしく、この場から去るとしますよ。
脚本化の君のお眼鏡にもかなわなかったわけだし。
あ、そうそう。
次からはちゃんと演劇部の子から選ぶことだね。
みんな練習頑張ってるだろうし。練習もしてない私から選べばそれこそ君も嫌われてしまう。
後……私みたいなのと絡んでると君の印象まで悪くなってしまう。そうなると君まで演劇部を追い出されるハメになるよ?」
「知るかよ。俺が誰と付き合おうが勝手だろ。これこそ何回も言ってるだろ。俺はお前に演じて欲しいんだよ。だからこれから毎日ずっと勧誘に行くからな」
「ご自由に。けど私は絶対に演劇はもうやらない。けど、そうだね。無観客の一人芝居なら、やってあげても、いいかもね」
身に覚えがあるであろう、動きが挙動不審になった中学の元部員メンバーを嘲笑うように一瞥し、制止を振り切って練習場を後にした。
なんか妙にむしゃくしゃする。
いや、何が原因かは分かってる。
「私に演じて欲しい、ね。
そんなこと言う奴は世界広しといえど君だけだ。それに……分かってたよ。一目台本を見た時から。あの登場人物は私をモデルにして書いてることくらい。
相変わらず分かりやすすぎるっての……」
そんなことを考えてると、急に手首を掴まれた。
いきなりのことで止まれずガクンと手首が少し痛くなってしまった。
後ろを見ると、見覚えのある子がいた。……どこでみたっけ。
「何か用?えーと……ああ思い出した。ああ、思い出した。中学の時の同級の」
「忘れてたんですか。そーですかそーですか。結局あなたにとって私たちはその程度だったんですね」
「はい?」
「散々好き勝手していた貴女が今更戻ってくる?お願いですからやめてください。ハッキリ言って迷惑なんです。それとも、'まだ'懲りてないんですかぁ?」
君の悪い笑みでこっちをみてくる。
その表情を見てると余計にイライラが増していった。
「いやいや何見てた?戻らないっての。私は演劇はもうやらないって決めてるんだから。誰かサマのお陰でね」
「そうですか?あれだけ彼の隣でいい顔してたくせに」
「してないっての」
「しかもしかも、彼が丹精込めて書き上げた脚本を一度もその通りに読まずにいきなりアドリブ全開?侮辱してるんですか?」
ああ、そうだった。目の前の女は、アイツのことが……。
それはそうとして聞き逃せないことがあったから反論する。
「私がアイツの脚本を侮辱?ふざけんな。私はアイツのかいた脚本を侮辱したことなんて今までに一度だって無い。むしろ尊敬すらしてるよ。だからこそアイツの脚本はな、私なんかには……」
演じる資格はない。似合わないなど様々な言葉が浮かんだが、ギリギリのところで飲み込む。
そのような言葉こそ、私のために書いたという彼の侮辱になってしまうと感じてしまったから。
「……いや、なんでも無い。侮辱してると感じたなら謝るよ。
今も、これからも、演劇部には二度と自分から関わらない。だから安心して稽古をして、いい演劇をして。ああ、ついでにこれ返そびれてたから、返しといて」
「あ、ちょっ!」
まだ何か言ってこようとしてる彼女に、返そびれていた台本を押しつけ、強引に振り切る。
無意識のうちに走ってしまい、呼吸があらくなる。
「アイツの脚本が良いことなんて知ってるよ。そんなの、私が世界の誰よりも理解してるっての。でも、だからこそ私には……」
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