天使さん。



 うわぁ、嫌だ。目を開けたくない。


 地獄だし、目を開けたらゴッツいガチムチが居たりするんだろうか。ああ、それできっと、手に持った鈍器で地面を叩いたんだ。

 

 ……うわ、自分の妄想なのにちょっと信憑性出て来て、目を開けたくない率が高まった。最悪だ。寝たフリしてたらガチムチさん諦めてどっか行かないかな。

 

 良いじゃないか。死にたての新入りなんだし、もう少しくらい、夢の中で天使さんと、シリアスと遊ぶ妄想くらい、許して欲しい。


「……シリアスと、砂漠でお金貯めて、外に行くんだ。傭兵になって、輸送依頼とか熟しちゃって、盗賊とかやっつけたり、戦場行ったり、野生のバイオマシンと戦ったりして」


 もっと、もっと遊ぶんだ。

 

 シリアスのコックピットに乗って、もっと一緒に、もっと戦って、もっとお金稼いで、一緒に色んな景色を見て、色んな人と関わって、孤児じゃ出来なかった経験を沢山して、それでもっと、もっと……。


「ああ、だめだ」


 ごめんね天使さん。あと地獄のガチムチさんも。

 

 納得して死んだのに。幸せに死んだのに。死んだ後にも納得して、幸せな妄想で楽しいのに。

 

 でも、無理だ。だって知っちゃったから。


「もっと、生きたかったなぁ……。天使さんと、シリアスともっと、仲良くなりたかったなぁ…………」


 涙が溢れて、止まらない。

 

 オカシイなぁ。納得して死んだのになぁ。


 -……ゴンゴンッ!


 ゴミみたいな人生で、華々しい経験をして、報われて、幸せになって、最高の最後を迎えたはずなのになぁ。

 

 天使さんを知っちゃっから。シリアスと出会っちゃったから。

 

 その背に乗って、正確には頭だけど、コックピットでレバー握って、ペダル蹴って、敵に突っ込んで、押し返して、自分の思い通りに戦い抜く。あの気持ち良さ。幸せな一体感。

 

 あの瞬間、シリアスと僕は一つだった。シリアスは僕に全部を任せてくれた。だから僕もシリアスに命を預けた。

 

 あの時、二つで一つの生き物だった。全てが噛み合って、全部が動いて、ほんの数十秒しか経験出来なかった至高の興奮と、幸福。

 

 めっちゃ気持ち良かった。やっぱりちんちんおっきしてた。僕はたぶん、そう言う変態なんだろう。

 

 ああ、知りたく無かった。流石はクソ親父の息子だ。血筋だよコレ絶対。

 

 そりゃぁね、母と別れて引き取ったはずの子供を置いて戦場に行っちゃう筈だよ。きっとクソ親父も弩級の変態だったんだ。アイツも戦場で多分ちんちんおっきしてたんだ。マジかよクソが。

 

 僕は別に自分が変態でも良いんだけど、クソ親父と同じタイプの変態って言う事実だけが無限に僕を傷付ける。

 

 あー、ダメだ。涙がじゃぶじゃぶ出て来る。


 --…………ゴンゴンッッ! ゴンッ!


 良い死に様だったのに。最高に幸せな死に様だったのに。

 

 無いはずの後悔が胸の奥から溢れてくる。

 

 分かってる。何が一番悲しいかって、やっぱり天使さんなんだよ。シリアスなんだよ。

 

 だって、僕--


「天使さんが、シリアスが大好きになっちゃった……」


 古代語風に言うと、ライクじゃなくてラヴの方って奴だ。

 

 あんなに楽しくて、優しくて、幸せだったあの時。幸せを分かち合った気がした天使さんに、僕は多分恋したんだ。


 -……ゴンゴンゴンゴンッッ! ゴンゴンゴンッ!


 はぁ、自分でも頭おかしいんじゃ無いかって思う。相手はバイオマシンなのに。

 

 性別とか種族の前に、生物ナマモノですら無いんだけど。


「……ぁぁあ、マジかぁ。僕の初恋、天使さんかぁ」


 -ゴゴゴゴゴンッッ! ゴンゴン!


 砂漠の町へ置き去りにされた孤児ラディアくん、十歳。バイオマシンに初恋しました。

 

 はぁーマジか。僕は女の子じゃ無くてバイオマシンに恋したのか。マジかー。

 

 いや、でも仕方なく無い? このクソみたいな、て言うか間違い無くクソだった人生で、間違い無く一番幸せだった瞬間だし、最強にときめいた時間だよ。

 

 もう本当にドッキドキしたよ。命の危険でドキドキしたんじゃなくて、もっとずっとシリアスと一緒に居たいって思ってドキドキしてた。


 いやもう、冷静になって考えれば考えるほど、勘違いとかじゃなくて本気でバイオマシンに恋したって自覚する。


「……はぁ、天使さんしゅき。シリアスって名前、喜んでくれるかなぁ。嫌がられたら二年くらい引き込もれる。いや孤児にそんな蓄え無いんだけどさ」


 -ゴゴゴゴゴゴゴゴゴコンッッ! ゴンゴンゴンッッ!


 …………うるさいなぁ。


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